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ブラッディ・トリガー  作者: ホッシー@VTuber
第一章 ~紅の幻影~
36/109

第35話

「……」

「……」

 北高の東棟屋上。そこで鶴来君と赤川君は無言のまま、すでに数分ほど睨み合っていた。それを私とあやちゃんが固唾を呑んで見守っている。

 昼休みも半分以上が過ぎた頃、お昼ご飯を食べ終わった私たちが教室に戻ると赤川君が鶴来君に話しかけているところに遭遇。喧嘩でも始めそうなただならぬ雰囲気に私たちは不安になり、2人に声をかけて同行する許可を貰ったのである。

(屋上って解放されてたんだ……)

 最初は赤川君がどんな風に話を切り出すのか注目していたが、いつまで経っても話し出さないので集中力が切れてしまった私はいつしか屋上を見渡していた。

 北高は屋上を開放しており、生徒たちはお昼休みなどに好きに使用していいことになっている。もちろん、落下事故防止のため、背の高いフェンスが屋上をぐるりと囲んでおり、フェンスを登るようなことをしなければ安全だろう。

 しかし、今は4月ということもあり、屋上は意外と肌寒く、利用している生徒たちはいない。だからこそ、ここを話し合いの場所に選んだのだ。

「……なぁ、帰っていいか?」

「ッ……いや、大丈夫。今から話すから」

 さすがに痺れを切らしたのか、鶴来君が特に表情を変えずに言葉を零した。それを聞いた赤川君は少しだけ肩を震わせた後、深呼吸してから再び、鶴来君へ視線を向ける。そして――。






「悪かった」





 ――しっかりと頭を下げながら謝罪の言葉を口にした。まさか謝るとは思わなかったため、私とあやちゃんは思わず顔を見合わせてしまう。

「……意味がわからん」

「あ、わりぃ。先走っちまった」

 謝られた鶴来君も赤川君の態度に困惑している様子だ。ため息交じりにそう問いかけるとさすがに説明不足だったことに気づいた赤川君が慌てて顔を上げた。

「いや、ほら……この前、影野が倒れた時のこと、あるだろ?」

「ああ、そうだな」

「その時、オレも手伝おうとしたけど全然だめで……」

「まぁ、あれはないわ」

「うっせ! 外野は黙ってろ!」

 茶々を入れたあやちゃんに赤川君が吠える。私が倒れた日――先週の木曜日のことだろう。私は意識が朦朧としていたのではっきりとは覚えていないが赤川君も私を運ぼうとしてくれたらしい。その点には感謝したいところだが、あやちゃんの呆れた様子を見るに上手くできなかったようだ。

「それがどうした?」

「いや、それでさ……影野を運ぶ姿を見てお前のこと、勘違いしてたんだって思って」

「勘違い?」

「……その」

 訝しげな表情を浮かべる鶴来君だが、もごもごと言い淀む。それだけ言いにくいことなのだろうか。

「……別に無理して聞くつもりはない。戻る」

「待て、言う! 言うから!」

 これ以上は待てないと思ったのか、鶴来君が教室に戻ろうと歩き始めたが赤川君はその前に割り込んで止める。

「勘違いってのは……最初、お前のこと、悪い奴だって思ってて」

「……それで?」

「でも、影野を助けるところを見て思ってるほど悪い奴……いや、いい奴なんだって思って、さ」

「ぇ……」

 赤川君の言葉に私は声を漏らしてしまう。先週の木曜日、私を家まで送ってくれた漣先生も鶴来君と話した後、彼に励ましてもらったと言っていた。確かに鶴来君は優しい人だが、少し接しただけで2人からの印象を変えてしまうとは思わなかったのである。

「ぶっちゃけ、今もさ。わかんねぇけど……すごく近寄りたくねぇって。なんでこんな奴の前の席なんだよって思っちまうんだ」

「まぁ、だろうな」

 やはり、自分は嫌われやすい体質だと自覚しているようで赤川君の発言に頷く鶴来君。そんな彼の姿を見て何故か胸が少しだけ締め付けられる。

 どうして、鶴来君は自ら進んで独りになろうとするのだろうか。

 自分の容姿が怖がられやすいから?

 人付き合いが面倒だから?

 他人が嫌いだから?

 ううん、多分違う。もっと違う何かがある。まだ出会って2週間も経っていないが、何となくそう思った。

「だろうなって……いや、いい。とにかく、影野さんを助けるお前を見てオレはすごい後悔した。図体とか、普段の態度とか、変な先入観でお前のことを悪い奴だと決めつけたことを謝りたくなった! だから、ごめん!」

 感情が抑えきれなくなった赤川君は大きな声で謝った後、勢いよく頭を下げる。当の本人は表情こそ変えなかったが困ったように私たちの方を一瞥してからため息を吐いた。

「誰だって反りが合わない相手がいるし、俺自身、この容姿のことは知ってる。そもそも俺が周りの人と仲良くしようとしなかった。だから、気にするな」

「鶴来、君……」

 そして、全て自分が悪いのだと赤川君を擁護した。勘違いされるのは当たり前。もう慣れていることなのだからどうでもいい。そう言っているようで私は無意識に彼の名前を呟いていた。

「っ……なんで、オレを庇うようなこと、言うんだよ。お前は何も悪くないのに」

「事実だろ。嫌われるような見た目だし、普段の態度も最悪なんだから」

「だからって……いや、オレが怒るのは違うよな。あーもう!!」

 赤川君も思うところがあったのだろう。目を吊り上げたものの、すぐに冷静になった。それからイライラを紛らわせるように頭を掻きむしる。

「……あえて嫌われようとしてるみたいだけど影野さんの話とか、先週の行動とか見てわかったんだよ。お前、めっちゃいい奴だろ」

「いや、違うけど」

「普段の態度に滲み出てんだよ! お前にとっちゃ当たり前のことをしてるだけかもしんねぇけど……それって誰にもできることじゃねぇんだって!」

 一度は抑えた赤川君だったが、我慢できなくなったようで叫んだ。その声量に少しだけ驚いてしまい、あやちゃんが『あいつ、中学校の頃、応援団の団長だったんだよ』とこそこそと教えてくれた。

「お前、影野さんを保健室に連れてった時、何を考えてた?」

「……別に何も。それにお前だって助けようとしてただろ」

「綾香に言われてからな! しかも、変に意識して全然役に立ってなかったし!」

 助けてもらった立場の私としては助けようとしてくれただけでも嬉しいのだが、赤川君は役に立てなかったと思っているのか、納得ができていないらしい。

「それに比べてお前は純粋に影野さんを助けただろ! 何の下心もなく、助けが必要そうだから自ら助けに行ったんだろ!」

「……それは」

「それってな、言葉にするのは簡単でも行動に移すのってめっちゃ勇気いることなんだぞ! それも皆が見てる中で女子に触ろうとするんだからな! 変な目で見られないか、とか。お節介かな、とか。何かしら思うことがあって一回、ブレーキがかかるもんなんだよ!」

「っ……」

 その言葉に私は息を呑んでしまう。そうだ、鶴来君は当たり前のように私が困っていたら手を差し伸べてくれた。それはなかなかできることではない。特に私のように周囲の目を(・・・・・)気にしてしまう人(・・・・・・・・)にとっては。

「なんで、嫌われようとしてるのかわかんねぇけど! オレは知ったんだよ、お前がいい奴だって! それでお前と話してみてぇなって思ったんだよ!」

「……」

「そしたら、はっきりとお前のことが嫌いだったって言っても屁でもなさそうにすました顔しやがって! 普通はそんなこと言われたら怒ったり、悲しんだりするのに当たり前のように受け入れるんじゃねぇよ!」

「……そう言われても」

「あああああ! そういうところは嫌いだわ! めっちゃ嫌い!」

 何を言われても澄ました態度の鶴来君にとうとう怒りが爆発した赤川君はダンダン、と何度も屋上の床を踏みつける。そして、ビシッと鶴来君を指さした。

「とにかく、全員がお前のことを嫌ってるわけじゃねぇんだよ! 舐めんな!」

「舐めてないが」

「うるせぇな、正論ぶつけんじゃねぇよ! オレだって自分で何言ってんか、わけわかんねぇんだから放っておけ!」

「……少し落ち着いたらどうだ?」

「わかってるよ! とにかく、お前がオレのことを何とも思ってねぇんならこれからよろしくな!」

 そう言い残して赤川君は逃げるように屋上を後にしてしまう。嵐のように去った彼を見て数秒ほど硬直してしまうが、赤川君と付き合いの長いあやちゃんが頭を抱えながら鶴来君に話しかけた。

「ごめんね、鶴来。あいつ、アホなの」

「それは、いいけど」

「多分、これから何かと絡まれると思うけど……ガンバ」

「……はぁ」

 先ほどの赤川君の様子を見てあやちゃんの言葉が嘘ではないと思ったようで鶴来君は憂鬱そうにため息を吐く。

(赤川君、すごかったな)

 でも、私は純粋に赤川君のことを尊敬していた。鶴来君に対し、自分の本心を告白しただけでなく、それを謝罪してこれから仲良くしたいと面と向かって宣言したのだ。鶴来君の優しさもそうだが、赤川君の誠実さも私として見習わなければならないところである。

 しかし、これでわかった。漣先生や赤川君のように少し接しただけで彼のいいところに気づいてくれる人もいる。だから、もっと鶴来君が他の人と関われるように努力すれば――。






「――よし!」






 少しだけ肌寒い屋上に私の声が響く。鶴来君からしてみれば余計なお世話なことかもしれないが、私は私なりに彼のためにできることを探そう。

 そう、改めて決意したのだ。

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