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ブラッディ・トリガー  作者: ホッシー@VTuber
第一章 ~紅の幻影~
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第34話

『――音峰市で先週、変死体が発見されました』

「え?」

 金曜日の不思議な高揚感も土日を挟めば落ち着き、現在は4月18日の月曜日の朝。お弁当を作りながら朝のニュースを見ていると音峰市がテレビに映り、思わず声を漏らしてしまう。作業の手を止め、リモコンでテレビの音量を上げた。

『4月8日の金曜日の未明、並びに4月9日の土曜日の未明。音峰市の路地で変死体が発見されました。しかし、死体の状態が悪く、身元特定に時間がかかってしまい、捜査は難航しているとのことです。変死体の状態から警察は同一人物の犯行とみて捜査を続けています』

 そう締めくくり、女性アナウンサーは次のニュースを読み始める。そういえば、最近、路上をパトカーがよく走っている。もしかしたら、犯人を捕まえるために巡回していたのかもしれない。

(変死体、か……)

 事件のニュースは普通なら『刃物で刺された』とか『殴られた』などそれなりの情報は出てくる。しかし、女性アナウンサーは言葉を濁していたため、それほど酷い状態だったのだろう。

「……」

 普段ならそこまで気にならない朝のニュースだが、私が住んでいる街で起きた事件だからだろうか。妙に印象に残り、少しだけ不安になってしまった。










「鶴来君、おはよ」

「ああ」

 いつもの時間、いつもの場所で合流した私たちは短く挨拶を交わした後、ほぼ同時に歩き出し、いつものバス停に向かう。

「……」

「……」

 さすがに一緒に登校するようになってそろそろ二週間が経つため、人付き合いに慣れていない私でも彼に話題を触れるようになっていた。話題といっても『あやちゃんとのやり取り』や『授業の話』なのでただの世間話なのだが。

 しかし、今朝のニュースが頭から離れず、上手く言葉が出てこない。鶴来君相手なら緊張せずに話しかけられたのにこれでは最初の頃に戻ってしまっている。テンションが高かった先週の私を呼び戻したい。

「……あれ」

 漏れそうになったため息を何とか飲み込んだところで微かに甘い匂いが鼻腔をくすぐる。街中なら色々なお店があるので嗅ぎ慣れない匂いがあってもおかしくないのだが、ここは住宅街だ。近くに甘い匂いがしそうなお店はない。

 だが、この甘い匂いには覚えがある。多分、クッキー。実家にいた頃、ご飯を食べる時間すらないほど仕事で忙しかったおじさんたちにすぐに食べられるように、とよくクッキーを作っていたので慣れ親しんだ匂いだ。

「……鶴来君、クッキー作った?」

「っ……」

 すんすんと匂いの元を探すと何故か鶴来君の制服から漂っているようだったので聞いてみると彼は驚いた様子で私の方を見る。本当に予想外だったのだろう、表情があまり変わらない鶴来君が目を大きく見開いていた。

「……なんでわかったんだ?」

「なんか甘い匂いがして。でも、本当に微かだったし、多分、クッキーを作った部屋に置いてあった制服に匂いが移ったのかな」

 そこまで話して私はふと我に返る。今の私の発言、ものすごく気持ち悪くないか、と。

 ただ一緒に登校していただけでクッキーを作ったことを言い当て、匂いが移った理由までわかってしまったのだ。当の本人からしてみればいい気分ではないだろう。

「ぁ、えっと! 私、昔から鼻が利いて! 実家にいた時とか晩ご飯とか言い当てられたんだよね!」

「……そうか」

 苦しい言い訳を聞いた彼は難しい顔をしたまま、視線を前に戻してしまう。あぁ、失敗した! 最近、あやちゃんのおかげで人との触れ合いに慣れてきたから油断していたのだろう。

(いや、まだ挽回できる!)

 今までの私なら更なる失敗を恐れ、黙り込んでしまったはずだ。だが、少しだけ経験値を積んだ私は違う。あやちゃんとのやり取りで培ったトーク力で取り戻してみせる!

「えーっと……あ、クッキー! 私もね、よく作ってたんだ! 一人暮らしを始めてからは材料費が、ちょっと高くて作れてないけどおじさんたちにも評判がよくて――」

 しかし、たった1週間で磨いた付け焼刃のトーク力は空回り、なんとも聞くに堪えない言葉しか出てこなかった。はい、完全にやらかしました。これなら今までと同じように黙っていた方がよかっただろう。

「……好きなのか?」

「へ? あ、はい」

 とにかく何か話さなければと反射的に言葉を発していると不意に鶴来君から質問が飛んできた。正直、何を話していたのか覚えていないが、彼に私が無類のクッキー好きだと思われたらしい。確かにクッキーは多めに焼いて自分のおやつにしていたので好きかと言われたら好きだ。だから、無意識に頷いていた。

「……明日、持ってくるか?」

 一瞬、彼の言葉を理解できなかった。鶴来君が焼いたクッキーを食べられる? 何度も迷惑をかけて、さっきみたいな気持ち悪い言動ばかり見せている私が?

「……はい、食べたいです」

「じゃあ、持ってくる」

「ッ~~~……うん!」

 気づけば絞り出すように声を漏らしていた。きっと、日中の街中ならその喧騒でかき消されていただろう。でも、今は静かな住宅街。鶴来君の耳はしっかり私の声を拾い上げてくれた。

 あー、早く明日にならないかなぁ!!










「ひーちゃん、それはどうかと思うよ」

 お昼休み。今朝のやり取りをあやちゃんに披露すると彼女はジト目で私を見つめた。おかしい、てっきり『鶴来、いい奴じゃん』となると思ったのだが。

「ど、うして?」

「……確かに鶴来がクッキーを焼いたっていうのは予想外だし、味も気になるけどさ」

 震える声で問いかけると小さくため息を吐いたあやちゃんは箸で持ち上げていたうどんをそっと器に落として水を口に含みながら話し始める。

「ひーちゃん、先週、鶴来に助けられたんでしょ? そのお礼は言ったの?」

「うん、金曜日の朝に言ったよ」

「まぁ、ひーちゃんはそういうところはしっかりしてそうだし、心配はしてないけどさ……その相手からクッキーを貰うのは、違くない? 普通、ひーちゃんがあげる側でしょ」

「ッ!?」

 あやちゃんの言葉に私は雷が落ちたような衝撃を受ける。確かに彼女の言う通り、私は言葉では表せないほど鶴来君に助けてもらった。それならお礼の品をプレゼントした方がいいに決まっている。

 それなのにそれすら頭からすっぽ抜けて彼にクッキーを強請ってしまった。あまりに失礼な女で自分でも引いてしまう。

「あ、ああああやちゃん! どうしよう!」

「……まぁ、交換って形ならまだいいんじゃない?」

 今更になって慌てだした私にあやちゃんは苦笑を浮かべ、アドバイスをくれた。

 確かにこのまま一方的に貰うよりもお礼だと言って私もクッキーを作って渡した方がいいだろう。材料費は高いがそれ以上の物を鶴来君からは貰っている。多少の出費はこの際、気にしない。

「よし、今日の帰りにクッキーの材料を買って作って渡す!」

「お、その意気だよ」

「あやちゃんにもあげるね。あやちゃんにもたくさんお世話になったから!」

「え、ほんとに? 楽しみだなー」

 そう言って二人で笑い合う。鶴来君だけじゃなく、あやちゃんにもあげるクッキーだ。これは気合いを入れて作らなければ!










「鶴来、少し話がある」

「……あ?」

 クッキーの材料が売ってそうなお店を調べながらあやちゃんと一緒に教室に戻ってくると丁度、赤川君が鶴来君に話しかけているところだった。ただならぬ雰囲気に私とあやちゃんは顔を見合わせる。クッキー作りの計画を立てるのはもう少し後になりそうだ。

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