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ブラッディ・トリガー  作者: ホッシー@VTuber
第一章 ~紅の幻影~
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第31話

(やっちゃったぁ……)

 コンビニの駐車場に車を停め、私はティッシュで目を押さえる。なかなか止まらなかった涙も数分もすれば落ち着いたのだが、生徒に慰められた挙句、号泣して事故を起こしかけるというやらかしのせいで平常心に戻ることができずにいた。鶴来君が買い物をするために席を外していなければどうなっていたことだろう。いや、彼のことだから気を使って車を降りたのかもしれない。

「……はぁ」

 後部座席から微かに聞こえる影野さんの寝息を聞いていると少しずつ頭が冷えてきた。涙でボロボロになって原型を留めていないティッシュを車に備え付けておいたゴミ箱に捨て、大きく深呼吸。とにかく今は影野さんと鶴来君を家に送ることに集中しよう。

 そう自分に言い聞かせながら顔を上げ、バックミラーで眠っている影野さんの様子をうかがう。後方が車道側になっており、赤色灯を点灯したパトカーが通り過ぎて彼女の顔を赤く染める。しかし、よく眠っているようで特に反応しなかった。

「戻りました」

「ひぅっ!?」

 その時、助手席の扉が開いて鶴来君が車に乗り込んだ。突然のことだったのでまた情けない悲鳴を上げてしまった。

「これ、よかったらどうぞ」

 だが、私の反応に慣れてしまったのか、彼は気にすることもなく、手に持っていたペットボトルをこちらに差し出す。それは温かいお茶だった。

「え、いえいえ!? そんな貰えませんよ!」

 まさかコンビニに買い物しに行ったのはこれのためだったのだろうか。だが、お茶とはいえさすがに生徒から奢られるのはあまりに情けなさすぎる。そもそもモラル的にアウトだ。

「自分の分は買っちゃったんで貰ってくれないと困るんですが」

「で、でも」

「……」

「……いただきます」

 ジッと鶴来君に睨まれ――見つめられて耐えきれなくなった私はお茶を受け取った。情けない先生ですみません。せっかく止まった涙が零れそうになりながらキャップを開けてお茶を飲む。飲みやすい温度だったからか、それとも彼の優しさのおかげだろうか。ホッと一息吐いた。そんな私の様子を見た鶴来君はミネラルウォーターを一口だけ飲んだ後、準備ができたと言わんばかりにシートベルトを締める。

「……それじゃ、行きましょうか」

「はい」

 色々あったが私はエンジンをかけてシフトノブに手を伸ばす。目指すは南町。その道なりはまだそれなりに長かった。








「……あれ?」

 私がコンビニで泣いている間に帰宅ラッシュも落ち着いたようで予想よりも早く南町に着いた。しかし、慌てて出発したせいで影野さんたちの住所を確認するのを忘れていたため、路上駐車して名簿を取り出した時、鞄に見慣れない本が入っていることに気づく。

「どうしました?」

「あ、えっと……入れた覚えのない本が鞄にあって……」

 そう言って鞄からその本を取り出した。医学書、だろうか。私には親しみのないジャンルの本なので詳しくないがタイトルからして血液(・・)に関するものだと思う。

「なんでこんなものが……」

 本を開いてみるが特に名前が書いているわけでもなく、図書館で借りたものでもないようだ。専門的すぎるのでよほど興味がなければ買おうとすらしない代物なので余計に不思議だった。

「……」

「あ、ごめんなさい。すぐに調べますね」

 首を傾げていると鶴来君の視線に気づき、その本を鞄に入れて気を取り直して名簿を開く。鶴来君たちは毎朝、一緒に登校しているらしいので何となくわかっていたが二人の家はそれなりに近かった。

「じゃあ、最初に影野さんの家に行きますね」

「……わかりました」

 鞄に名簿をしまい、ハンドルを握り直す。その間、鶴来君はジッと鞄を見つめていたがすぐに視線を前に戻した。彼もあの医学書のことが気になるのだろうか。

 それから南町の住宅街を移動し、目的地に到着した。到着したのだが、駐車スペースに車を停め、降りた私と鶴来君は影野さんの家――高級マンションを見上げて呆然としてしまう。高そうなマンションだが、家賃は一体、どれほどなのだろうか。

(影野さんは一人暮らしって話だったけど……ご両親が立派な方なのかな)

「り、立派な……マンション、ですね」

「……とりあえず、影野を起こします」

 震えた声で感想を漏らすが、私よりも正気に戻るのが早かった鶴来君が後部座席の扉を開き、影野さんに話しかけようと彼女に近づく。

「……鶴来君?」

「……いえ、何でもありません。影野、起きろ」

 その直後、何故か体の硬直させた彼に声をかける。しかし、鶴来君はすぐに影野さんの肩を揺すった。

「……ん」

 そこまで深い眠りではなかったようで影野さんはすぐに目を覚ます。寝ぼけているのか、トロンとした目で車内を見渡し、最後に鶴来君を見た。数秒ほど見つめ合った二人だったが、次第に状況を理解し始めたようで影野さんの目が大きく見開かれる。

「ぇ、あ、鶴来、君!? 私、どうして……え、漣先生?」

「説明してやるから落ち着け」

 慌てた様子で鶴来君から目を離し、車の外に私がいることに気づいた彼女は更に混乱してしまったようでさすがに見かねた彼は事情を説明した。

「すみませんでした……私が無理したせいで鶴来君にも漣先生にも迷惑をかけちゃって」

「別にいい。気にするな」

「……うん。先生もありがとうございました」

「い、いえいえ! 影野さんが無事でよかったです!」

 状況を理解した影野さんは落ち込んでしまい、私たちは気にしていないと伝えたのだが彼女の表情は晴れない。私も影野さんの立場なら気にしてしまうだろう。

「あ、じゃあ、私はここで……っと」

 そのせいだろうか、これ以上迷惑をかけられないと思った彼女は急いで車から降りようとしてバランスを崩してしまう。しかし、地面と激突する前に鶴来君が影野さんの体を支えた。

「無理するな」

「ご、ごめん……本当にありがとう」

 短いながらも体調を気遣った彼の言葉に影野さんは素直に謝り、すぐに座席に置いていた鞄を手に取る。そして、もう一度、お礼を言った後、マンションへと歩き始めた。

「部屋まで付き添います!」

「す、すみません」

 さすがに放ってはおけないので急いで影野さんを追いかける。転びかけたこともあって彼女は断らずに素直に受け入れてくれた。

「あ、鶴来君は――」

「――ここで車、見てます」

 私の言葉を遮るように答えた彼は興味がないと言わんばかりに車に乗り込んでしまう。そんな彼の姿に私と影野さんは思わず顔を見合わせた。

(これも彼なりの優しさ、なのかな?)

 例えば、男である自分が部屋番号を知ることを影野さんが気にする、とか。たった数時間だけ一緒に行動しただけだが、鶴来君ならあり得そうだと思えるほど私は彼の優しさに救われたのだから。

「……じゃあ、行きましょうか」

「……はい」

 気を取り直して影野さんに声をかけ、私たちはマンションへと向かった。

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