第21話
「それでは注文が決まりましたらボタンを押してお呼びください」
「はーい、ありがとーございまーす。ひーちゃん、どーぞー」
「あ、ありがと……うっ」
ファミレスに入店した私たちを店員さんは窓際の席へ案内し、一つお辞儀をした後、去っていった。それを見送った後、あやちゃんがメニューを開いてこちらへ見せてくれる。反射的に受け取って中身を見た瞬間、メニューに書かれた値段を見て顔が引きつった。件のドリンクバーの値段は単品で290円。セットで何かを頼めば安くなるが、少しでも出費を抑えたい現状、可能であれば500円以内で抑えたい。しかし、セットで頼めば余裕で予算オーバーだ。
(でも、ドリンクバーだけってケチくさいよね……)
一人ならまだしも目の前にニコニコ笑っているあやちゃんが座っている。あまり変な印象を与えたくない。
「どうしたの?」
「あ、えーっと……なに頼もうかなって」
「……ああ、そっか。晩ご飯もあるよね。軽いものにしよっか」
そう言ってあやちゃんは席を立ち、私の隣へ移動する。そして、メニューを覗き込もうとぐいっと顔を近づけてきた。
(ち、ちかっ……)
ふんわりと広がる女の子らしい甘い匂いに同姓であるにも関わらず、ドキッとしてしまう。これほど人と接近したのはいつ以来だろうか。思い出そうとして小学生に突入したところで悲しくなり、渋々と記憶の迷路から撤退する。
「あ、このポテトでいいんじゃね? 一緒に食べよ!」
「う、うん!」
『じゃあ、注文しちゃうねー』とボタンを押したあやちゃんはやってきた店員さんにドリンクバー2つとフライドポテトを注文する。多分、ポテトは割り勘なのでおそらくドリンクバーと合わせて500円くらいになるだろう。提案してくれたあやちゃんには感謝だ。
「注文もできたし、飲み物取りに行こっか」
あやちゃんに誘われた私はコクコクと頷き、ドリンクバーへと向かう。そして、あやちゃんはコーラを、私はウーロン茶をコップに注いでテーブルに戻ってきた。
「じゃあ、一日遅れたけど入学おめでとー! カンパーイ!」
「か、かんぱーい!」
プラスチックのコップを軽くぶつけて乾杯した私たちはお互いに持ってきた飲み物を口に含んだ。そして、ほぼ同時にテーブルにコップを置く。
「あ、そうだ。今日って何時まで大丈夫? 南町住みってことはそこまで長くいれないよね?」
「えっと……」
あやちゃんに問いかけられ、スマホにダウンロードしておいた時刻表アプリを起動する。バスに乗っている時間は40~50分。家に帰ってから晩ご飯の支度をしなければならないのであまり帰りが遅くなると寝る時間も短くなってしまう。最低でも18時前には家に着きたい。
「17時ぐらいまでなら」
時刻表を確認し、17時過ぎにファミレスを出発すれば南町往きのバスに乗れそうだ。そう結論付けてそう答えるとあやちゃんはスマホの画面を見て『じゃあ、2時間くらいかなー』とアラームをかけた。そこで店員さんがフライドポテトを持って来てテーブルに置く。
「それじゃ、ポテトも来たし、色々お話ししましょー」
そう言いながら彼女はポテトを手に取り、ポテトの先端をケチャップに沈め、口へ放り込む。私も同じようにポテトを食べ、その美味しさに少し驚いた。
「んー、何から話そっかなー」
「ぁ、えっと……」
「あー、ひーちゃん、あんまり自分から話するの苦手でしょ? 無理しなくていいよ」
「……ごめんね」
何か話そうとした私を見てカラカラと笑うあやちゃんに私は申し訳なくなって謝る。何度かお話しした鶴来君相手ならまだしも私はあやちゃんのことをほとんど知らない。話題を振るにしてももう少し彼女のことを知ってからだろう。まぁ、知ったところで私のコミュ力ではできないと思うが。
「あ、そうだ! ひーちゃん、めっちゃ運動できんだね! ビックリしたわー」
「……そう、みたい?」
「なんで疑問形? 中学の頃、部活動で大活躍だったんじゃない?」
「そんな、ことないよ?」
「えー、あれで? 部活動に入っていなくてもあれだけすごかったらスカウトとかやばかったでしょ」
あやちゃんが笑いながらコーラを一口。一瞬だけ会話が途切れ、彼女は私の目を見つめる。あやちゃんは少しだけ不思議な子だ。私が言葉に詰まらせると黙って待っていてくれる。漣先生を助けた時だっていの一番に助けに向かった。まるで、困っている人を助ける救世主のように。
「今日のあれは……たまたまだよ。中学の頃は、忙しくて部活動はしてなかったの」
「忙しい?」
「うん、実家の手伝い、みたいな?」
あやちゃんの質問に対し、私はそう誤魔化した。
中学生の頃、おじさんとおばさんの手伝いをしていたのは本当だ。手伝いと言っても開発された商品 を実際に使ってみて意見を出す、テスターのようなものだ。
二人からは貴重な意見だと感謝されたが、それがなくても私は部活動には参加していなかっただろう。
「へー、めっちゃ偉いねー……ひーちゃんの実家、自営業的な? パン屋とか八百屋とか」
「ううん、違うよ」
「うーん? え、もしかして会社関係? 社長令嬢だったり?」
「まぁ、そんなところ、かな」
おじさんたちの実子ではないが、一応、実家では後継者扱いをされていたので間違いではない。彼女の問いに頷くとあやちゃんは目を見開いて驚き、その拍子に手に持っていたポテトを落としてしまう。そのままポテトはテーブルの下へ消えていった。
「あ、やば……もったいなー」
それに気づいた彼女は紙ナプキンを手に取り、テーブルの下へポテトの回収に向かう。そして、すぐに戻ってきた。
「それにしてもあやちゃんが社長令嬢かー。確かに肌も綺麗だし、雰囲気も清楚感に溢れてるっていうか」
「そんなんじゃないよー」
「いいや、初めて会った時からアタシの美少女センサーがビビッと反応してるから間違いない! ひーちゃん、中学校の頃、めっちゃモテてたでしょ!」
「それはないかな」
友達一人いませんでしたが? 告白はおろか人と話をすることすら稀でしたが?
「あ、あー……あれ、実家が会社関係ってことは引っ越しするの大変だったんじゃ?」
暗い中学校時代を思い出し、遠い目をしているとあやちゃんにもそれが伝わったのか、慌てて話題を逸らす。
「うん、結構反対されたよ」
「反対? え、待って。まさか、ひーちゃんって一人暮らし?」
「そうだよ」
「え、マジ!? もしかしてお昼のお弁当、手作り?」
「えっと、変だった、かな?」
お昼ご飯を食べた時、あやちゃんは私のお弁当に対して特に反応しなかった。だから、変なところはなかったと思ってホッとしていたのだが、言うのを我慢していたのだろうか。
「違う違う! めっちゃ美味しそうなお弁当だったからひーちゃんのお母さん、めっちゃ料理上手なんだなって思ってたの! それが、まさかひーちゃんの手作りだったなんて……」
どうやら、あやちゃんにとってあのお弁当が私の手作りだという事実が衝撃的だったようで僅かに声を震わせていた。普通のお弁当なのだが、そこまで意外だっただろうか。
「めっちゃ可愛くて、運動神経もすごくて、料理もできちゃうって……ひーちゃん、高スペックすぎじゃね?」
どんなに運動や料理が出来てもコミュ力がマイナスなので低スペックです。もう少しコミュ力にステータスを振りたかった。神様、ステ振り適当すぎですよ。
「はぁ……ひーちゃん、めっちゃすごい子なんだねー」
「え、全然! 普通! いや、むしろ、マイナス!」
「いやいや、それはないってー。一人暮らしってことは他の家事もやってるんだよね?」
「うん、そうだよ」
「ひぇ……そりゃ、大変だぁ。あ、他にも――」
それから私たちの会話は途切れることなく、ポテトがすっかり冷めてしまうまで続いた。




