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ブラッディ・トリガー  作者: ホッシー@VTuber
第一章 ~紅の幻影~
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第19話

 鶴来君のことも心配だが、授業は続く。現在、3時間目なのだが教室内は鶴来君が自己紹介をした時と違った緊張感に包まれていた。

「ぁ、あ、えっと……こ、今後の、よ、ていですが……」

 3時間目の科目は国語。担当の教師は――新任の漣先生だった。彼女のことは入学式の時に見ているし、初めて顔を見る他の教科よりもやりやすそう、と思っていたのだが――。

「まずは……プリントを、見て……あ、ちが、最初にプリントを、配らないと……」

 ――漣先生は誰が見ても緊張しており、段取りをメモしたと思わしき用紙を見ながらわたわたしていた。正直、見ているこちらがドキドキしてしまい、彼女の話が耳に入ってこない。他のクラスメイトたちも『大丈夫だろうか』とざわざわしている。

「ぅ……えっと、このプリントを後ろの人に、きゃあっ!?」

 そんな私たちの様子を見て先生が顔を青ざめさせてフラフラとプリントを持って教壇を降りたのだが、バランスを崩してしまった。先ほどまでの先生の動きには似つかわしくない俊敏な動きで態勢を立て直し、転倒は免れたがプリントは床に散らばってしまう。

「あ、あぁ……すみません! あだっ!?」

 慌ててプリントを拾おうとした先生は周りが見えていないのか、勢いよく教壇に頭を強打してしまった。そのまま、その場で尻もちをついてしまい、教室が沈黙に包まれる。

(せ、先生……)

 おでこを赤くさせながら立ち上がった彼女はプリントを拾う。その目が潤んでいるのは痛みのせいか、それとも別の理由か。





 ――かわいそー。





 彼女の姿があの頃の私と重なる。私なんか(・・・)と重ねるのは先生に失礼だ。でも、今すぐに助けにいきたかった。

 しかし、そうするには席を立って黒板の方へ行かなければならない。そうすれば自然とクラスメイトたちからの視線が集まることになる。そう考えるだけで私は体が重くなり、動けなくなってしまう。本当に、いくじなしな私が嫌になる。

「……よし」

 そんな時、前の席からあやちゃんの小さな声が聞こえた。どうしたのだろう、と考える前に彼女は席を立って漣先生の方へ向かう。その姿はまさに私がさっきまで思い浮かべていたありもしない救世主() の姿。

「せんせ、手伝いますよ」

「ぇ? あ……西原、さん?」

「あ、名前、覚えてくれてるんですか? 自己紹介らしい自己紹介してないですけど」

「そ、その……私、D組の副担任も、してますので……皆さんのお名前と顔は覚えてきたんです」

「えー! ほんとですかー!? めっちゃすごいですねー!」

 プリントを拾いながらあやちゃんと漣先生は話をする。あやちゃんが話す度に先生の血色がよくなっていくのがここからでも見えた。

「てか、副担任なんですか? 榎本先生、そんなこと言ってなかったですけど」

「きょ、今日の……帰りのホームルームでお話しするそう、です」

「え? それって今、聞いちゃってもよかったやつです?」

「や、やつです」

「じゃあ、先生もD組の一員ですね!」

 そう言って先生に拾ったプリントを渡すあやちゃん。まさか『D組の一員』と言われるとは思っていなかったようで漣先生はキョトンとしていた。

「い、一員ですか?」

「もちでしょ! だから、そんな緊張しなくても大丈夫ですよ! ねー?」

 確認するように繰り返した先生に対し、あやちゃんはニコニコと笑ってクラスメイトたちに問いかけた。皆も異論はなかったようで手を振ったり、『そうだよー!』と声援を送り始める。私もコクコクと頷く。そうだよ、先生。一緒に頑張りましょう!

「み、皆さん……はい、頑張ります!」

 クラスメイトたちの反応に感激したのか、プリントを抱きしめながら頭を下げる先生。その後、『それじゃプリントくしゃくしゃになるよー!』とあやちゃんにツッコまれ、また悲鳴を上げて――クラスメイトたちから笑いが起こる。それを見た先生は照れくさそうに笑う。

 もう、先ほどまでの重い空気はどこにもなかった。









 漣先生の授業はたどたどしくも順調に進み、最後まで問題なく進んだ。終業のチャイムが鳴った時に彼女の安心した表情が印象に残っている。

(あやちゃんはすごいな……)

 漣先生が教室から出ていくのを見ながら私は改めて前の席に座る女の子のことを考える。あの状況で先生を助けにいけるのは純粋に尊敬できるし、私にできないことをさらっとやってしまえる勇気を羨ましくなってしまった。

「ひーちゃん」

「っ……なに?」

 その時、いきなりあやちゃんがこちらを振り返る。ビクッと肩を震わせながらなんとか返事をするが、何故か彼女の方が首を傾げた。

「次、体育だよ? 移動しないの?」

「あ、そっか」

「もー、ま、いっか。着替えにいこうよ」

「う、うん!」

 『仕方ないなー』と言いたげに笑顔で鞄を手に持ったあやちゃんに誘われ、教室を出る。いや、これ以上、考えるのはよそう。どう足掻いても私はあやちゃんにはなれないのだから。

 気を取り直して私はあやちゃんの隣に移動して更衣室に向かう。更衣室は体育館の傍にあるので急がなければ着替えている間に授業が始まってしまいそうだ。着替えにどれだけかかるかわからないので少し駆け足で移動し、更衣室に辿り着いた。

 北高の更衣室はロッカーがいくつも並んでいるだけの簡単な作りで、クラスメイトたちは適当な場所を使って着替え始めている。あやちゃんも奥の方にあるロッカーに手を伸ばしたのでその隣を使わせてもらうことにした。

「……」

「ん? どうしたの?」

「え、あ、ううん! 何でもない!」

 ロッカーを開けて鞄を置き、中からジャージを取り出したところで動きを止めた私を見てあやちゃんが不思議そうに首を傾げる。慌ててそう答えた後、着替えるために制服に手を伸ばした。

(な、なんか緊張しちゃう)

 今まで体育前の着替えを友達と――そもそも友達がいたことがないので同性の人と着替えという行為をしたことがない。なので、少しばかりドギマギしてしまった。

「……ねぇ、ひーちゃん」

「は、はい!」

 体を隠すようにこそこそと着替えていると不意にあやちゃんが声をかけてくる。悲鳴のような声を漏らしながら顔を上げると何故か彼女は私のことをジッと見ていた。

「えっと?」

「……めっちゃ肌、白くない?」

「ッ……」





 ――白すぎて不気味なんだけど。






「いいなー。それだけ肌が白かったら海とかめっちゃ注目されそう!」

 フラッシュバックする過去の言葉にビクリと体が跳ねる。しかし、そんな私の様子に気付いていないのか、あやちゃんはどこか羨ましそうに更に言葉を続けた。

「そう、かな」

「そうだよ! こんな美肌なかなか見ないわー。なにかスキンケアとかしてる?」

「うーん、してないよ?」

「えぇ、天然物? これは貴重だね」

 そう言いながらも彼女は私の肌を見続ける。さすがに食い入るように見られると恥ずかしくなったのでサッとジャージの上着を着た。

「あー、残念。また見せてね」

「……気持ち悪くないの?」

「え?」

 気づけばそんな言葉が口から零れ、ハッとしてあやちゃんの様子を窺うと不思議そうな顔で私を見つめている。いきなりこんなことを言われたって混乱させてしまうだけだ。急いで謝ろうとするが、その前に彼女が口を開けた。

「そんなことないけど? めっちゃ綺麗じゃん?」

「……綺麗?」

「うん、アタシだったらめっちゃ自慢する! やっぱ、何かやってるでしょ!」

「ほ、本当に何もやってないんだってば」

 『えー』と少し残念そうに言うあやちゃんは着替え終わったようで外で待っていると告げた後、更衣室を出ていく。彼女と話している間に他のクラスメイトも支度を終えていたようで更衣室には私しかいなかった。

(綺麗、か……)

 きっと、喜ぶべきなのだろう。人間、誰しも『気持ち悪い』と貶されるより、『綺麗だ』と褒められた方が喜ぶ。私だって同じだ。同じ、はずなのに。

「……はぁ」

 ジャージに着替え終えた私はパタン、とロッカーを閉じる。

 褒められて素直に喜ぶには何もかも遅すぎたのだろう。何かあるのではないかと勘繰ってしまう。もう、とっくの昔に手遅れだったのである。

「……よし」

 沈んでしまった気持ちに喝を入れた後、更衣室を出てあやちゃんと合流。そのまま急いで体育館へと入った。

 これ以上、悪目立ちしないように振る舞おう、そう決意しながら。











「位置について……よーい、ドン!」

 北高の体育は2クラス合同で行われる。D組はC組と一緒に受けるらしい。

 今日の体育の内容は体力測定。今は、グラウンドに移動し、C組の女子が50m走のタイムを計っている。それをD組の女子は話したり、追加の準備運動をしながら眺めていた。

「お、あの子、速いね」

「……」

「ひーちゃん?」

「え? な、何?」

「どうしたの? ボーっとしてるみたいだけど」

 C組の女子を眺めているとあやちゃんに話しかけられていたことに気付けなかった。心配そうに見つめる彼女に『大丈夫』と伝えた後、再び観察に戻る。

 正直な話、私は運動神経に優れている。比較したことはないのでどれぐらい優れているか把握していないものの、客観的に見て男子にすら(・・・・・)負けていないだろう(・・・・・・・・・)

 だが、それをここで発揮するつもりはない。下手にいい記録を残せば悪目立ちしそうだし、なにより私は普通に学校生活を送りたいのだ。部活には憧れるが、あくまで部員たちと一緒に汗を流したいだけ。エースになって大活躍するつもりはない。

 あやちゃんはとてもいい子なので更衣室のように素直に褒めてくれそうだが、他の人は違うかもしれない。それなりのタイムを出して誤魔化すのがベター。そのために皆のタイムを確認していたのだ。

(だいたい、速い子で9秒くらい? もうちょっと遅めにして10秒切る感じにしようかな)

「次、D組! 五十音順で呼ぶから呼ばれた人からレーンに入って!」

 C組のタイムを計り終えた先生が次々にクラスメイトの名前を呼んでいく。私は『か』なので最初の組に組み込まれてしまった。D組の様子も見てみたかったが仕方ない。さっきの方針通りに走ろう。

「位置について……よーい」

 先生の掛け声でスタンディングスタートの構えを取る。視界の端にあやちゃんが私を見ている姿が映った。その目はどこか心配そうである。昨日、知り合ったばかりだが情けない姿しか見せていないので私の身を案じるのも無理はない。

「ドン!」

「――」





(……え?)





 先生の声で動いた私はすぐに目を丸くしてしまう。力を抜いたはずなのにビュンと風の切る音が耳に届くほどの、そして、空気抵抗で思わず体が仰け反ってしまいそうになるほどのロケットスタートをしていたのである。

(な、なんで!?)

 左右にいたクラスメイトが一瞬で視界から消えるのを見ながら自身の脚力に驚愕していた。予定通り、私はいつもより力を抜いている。今だって全力で走っているわけではない。昨日、バスに乗り遅れそうになって通学路を走った時の方が本気だった。

 そのはずなのに何故か全力だった昨日以上に速度が出ている。

 私が私でなくなってしまったように体が前へと進もうとする。

 いや、違う。これは、まるで短期間で私の(・・・・・・)身体能力が飛躍的に(・・・・・・・・)向上された(・・・・・)ような感覚。

 驚いている間に私は一番にゴールへ辿り着き、急いで振り返った。私から遅れて数秒後に一緒に走った子たちがゴールする。つまり、それだけ私が早くゴールしたということとなり――。





「影野……記録、5秒74……」





 先生の口から出たタイムに私は愕然とした。

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