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ブラッディ・トリガー  作者: ホッシー@VTuber
第二章 ~真夜中の仮面舞踏会~
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第99話

「逃げ、回るですって?」

 私の言葉に音峰先輩は茫然とした様子で聞き返した。しかし、すぐに目を吊り上げて私へと詰め寄ってくる。

「そんなのできるわけ――」

「――先輩、時間がありません」

 そんな怒りに満ちた先輩の言葉を遮った。そう、今は時間がない。すでにシノビちゃんの分身が消えて30秒が経過しようとしている。その間にもヤツラは隔離世(カクリヨ)を破壊しようと外周を目指しているだろう。

「ッ……でも!」

「お嬢様、ご決断を」

 長谷川さんが先輩に選択を迫った。それは彼女が私の案に賛成したことに他ならない。だからこそ、音峰先輩は顔を歪ませて唇を噛んだ。

「……小娘の案は最適解ではないかもしれぬが、理に適ってはいるでござる。少なくとも数秒で代案が出なければこのまま決行するしかないであろう」

 更にシノビちゃんも彼女を急がせた。焦らせても冷静な判断はできない。だから、急かすのは悪手だ。

 だが、今は本当に時間がない。こうやって数秒立ち止まっているだけでも致命的なのだ。

「くっ……」

 音峰先輩は悔しそうに拳を握りしめ、顔を俯かせる。この場で最終的な決定権を持つのは彼女だ。先輩がゴーサインを出さない限り、動けない。

「……策は?」

 そして、数秒経った後、今まで聞いたことのないような低い声で私にそう問いかけてきた。

「あります」

「……絶対に死なないで。シノビさん、行きましょう」

「御意」

 私の返事を聞いた音峰先輩は静かに言葉を残した後、振り返って駆け出す。そのまま3階の渡り廊下の屋根を伝って東棟の屋上へと移動し、その勢いでグラウンドに向かって跳躍。

装着(へんしん)

 そして、手に持っていたお面を付け、いつの間にか持っていた鬼が持っているような巨大な金棒を振り上げる。こちらからは彼女の背中しか見えないが、そのあまりの圧力に思わず息を吞んでしまった。

「―――――――!!」

 その束の間、先輩は大気を震わせるほどの雄たけびを上げながら校舎の向こうへと消え、轟音と共にヤツラの悲鳴が響き渡った。直後、凄まじい風圧が私たちを襲い、思わず顔を庇ってしまう。

「……作戦は上手くいってるようでござるな」

 グラウンドから音峰先輩がヤツラを金棒で吹き飛ばす音を聞きながらシノビちゃんがぼそりと呟く。彼女の方を見ると校舎の方を見ており、その視線を追えば戦闘音に引きつけられたのか、校舎や中庭にいたヤツラがグラウンドの方へと向かっているようだった。

「では、拙者も行ってくるでござる」

「うん、よろしくね」

「……あくまで姫がここに来るのは姫の依頼が終わった後の話」

 隔離世(カクリヨ)を破壊しようとするヤツラを排除しにシノビちゃんが西棟の屋上から飛び降りる直前、こちらを振り返らずに話し始めた。

「だから、必ず5分で来るとは限りません」

「……知ってるよ」

「そうであったか、それは失敬。では、ご武運を」

 そう言ってシノビちゃんは屋上から飛び降りる。そして、私と長谷川さんだけが西棟の屋上に残った。

「……長谷川さん、ごめんね。勝手に決めちゃって」

「いえ、たった数秒で解決案を提示してくださってありがとうございました。やはり、私の目に狂いはなかったようですね」

「でも、私は……」

 シノビちゃんの分身が消えて1分弱。幻影(ファントム)さんが駆け付けてくれるまで残り4分ちょっと。その時間、私たちはヤツラから生き延びなければならない。

 正直に言おう、私たちが生き残れる可能性は限りなくゼロに近い。

 音峰先輩が暴れているおかげで多少、校舎からヤツラは減っているが完全にはいなくなっていない。更に今もなお、増え続けている状態だ。そんな状況で私と長谷川さんが生き残れるとは思えない。

 数は暴力だ。どんなに強い像でも無数の獰猛な蟻に集られたら殺される。






 ――お前、ほんとキモいんだけど。






 そして、どんなに正しいことをしても、大多数から嫌われていたらこちらが悪となる。そんな数の恐ろしさを私はこの身を持って嫌というほど知っていた。

 ましてや、シノビちゃんの言った通り、幻影(ファントム)さんが残り4分で辿り着く保証はない。

 だからこそ、音峰先輩は止めたかったのだ。だって、こんな作戦、私と長谷川さんを見殺しにするのと何も変わらない。

「ごめん、ごめんなさい……」

 しかし、この状況をどうにかするにはこれしかなかった。これしか思いつけなかった。私と長谷川さんの命を捨てるしかなかった。

 だって、私たちが死ねば世界を守ることができるのだから。

 だが、それはあくまでも私だからだ。長谷川さんはただ巻き添えを受けただけ。

 今からでも長谷川さんには隠れてもらって――いや、駄目だ。私の策には長谷川さんの存在は不可欠。生存確率1%が0%になってしまうだけだ。

「影野様、私たちが生き残る方法を教えてください」

「長谷川、さん……」

 そんな私の手を取ったのは勝手に命を捨てられた長谷川さん本人だった。顔を上げればいつもの無表情のまま、私をジッと見つめている彼女がいる。

「お嬢様に生き残ると啖呵を切ったのです。必ずや二人揃って生き残りましょう」

「……」

 そうだ、弱気になってどうする。もう私が考えた作戦は始まっているのだ。なら、立案者として責任を持って彼女を生き残らせなければならない。

(そっか、幻影(ファントム)さんがこれをくれたのは……)

 彼女の顔から視線を落とせば左手手首に巻かれた黒いミサンガが目に入る。ほとんど戦うことのできない私が少しでも戦力となるようにこのミサンガをくれたのは事実だろう。

 でも、彼女がこれをくれた本当の目的は私の背中を押すためだ。実際、幻影(ファントム)さんから貰ったあの青白い3本の矢があったおかげで生き残るための作戦を立てられた。だから、こうやって成功率が限りなく低い作戦でも決行しようと思えた。

「……ありがとう、長谷川さん。手短に話すね」

「ええ、お願いします」

 それから十数秒ほどかけて私が考えた作戦を伝える。話を聞いていた長谷川さんは表情は変わらないものの、どこか感心したように頷いていた。

「なるほど……確かにそれならば勝算はあります」

「うん……長谷川さんには負担をかけちゃうけど大丈夫?」

「お任せください。このような時のために訓練をしておりましたから――ッ! 影野様、あれを」

 作戦会議が終わった直後、私たちがいる西棟の屋上に紫色の靄が発生した。あれはヤツラが出現する前兆。ここにいたらすぐに見つかって殺されてしまうだろう。

「じゃあ、行こう。絶対に生き残ろうね」

「はい、もちろんでございます」

 私たちは件のヤツラが出現する前に屋上の扉を開ける。






 最短で幻影(ファントム)さんが駆け付けるまで残り4分弱。私たちの生死をかけた鬼ごっこが始まった。


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