2話
戻ってきた時には会場内は騒然としていた。当然だ。澄んだ硝子の砕ける音はこのホールにも広く響き渡っただろう。
ましてや耳に入ってきた噂話を総合するに、このどさくさにまぎれ伯爵閣下の奥方が十年以上前より大切にしていた竜珠のネックレスが盗まれたという。
竜種は魔獣の一種だが、そのほとんどが山の奥地におり、彼らが魔力を編んで生成する竜珠は滅多に市場に出回らない。
この家でも家宝として扱われていたその輝きが奪われたのだと、この幸いなる時を祝う会場に盗人が現れたのだと、場内はひどくざわついていた。
「メッド!貴方どこにいたの!?」
駆け寄ってくる母親の顔が蒼白なのもそういう訳だ。
伯爵家の子息と仲良くなればという下心込みで訪れたというのに。一転、ここに来た限りは容疑者として扱われる羽目になる。
特に息子が該当の時間帯にどこに居たのかを母親が答えられない。疑われても仕方がない状況だ。
さすがに浅慮が過ぎたかと舌打ちをすれば、庇うように傍らにいた少年が前に出る。
「御母堂様、そう彼を責めないでやってください。俺が無理を言って彼に付き添ってもらったのです。」
およそ年端のいかない少年らしからぬ仕草で、うやうやしい一礼をすれば、溜め息をはきだしたのは今度は伯爵家のものだった。
「リュミエル……また貴様か。」
「まただなんて失礼な。俺はちょっとたまたま息抜きに中庭にいっていたのです。その前に意気投合をした彼を引っ張っていってしまったのは申し訳ありませんが。」
パーティーの主賓である子息の不機嫌そうな物言いもものともせず、あっけらかんと空言を口にしてのける。
けれどもそれに逆に機嫌を損ねたのだろう。鋭い眼を自らの従者へと向けて、少年は吐き捨てた。
「胡散くさいな……本当は貴様があの魔獣を操って母様の竜珠を盗んだのではないか?」
その言葉に当然ながら周囲にいた貴族たちはざわついた。まさかそんな幼い少年が、いや、聞けばどうやら男爵家の、それも然程裕福な家の子ではないらしい。ならもしかして、本当に。
「(そんな訳があるものか。そいつは魔獣をむしろ止める側だったんだ!)」
口さがない言葉たちに反論を使用と口を開きかけた時に、彼の片腕がこちらを制するように動く。とっさに顔を上げれば、翠の瞳は相変わらず穏やかに輝きを保っていた。
「そんなことをしていないと口にするのは簡単ですが……。そうですね。」
ひとつ手を叩いた少年は、芝居がかった仕草で一礼をする。これから何かの演目をはじめるかのように。
「よろしいでしょう。では疑り深い我が主のため、俺が今回の事件を解決してみせましょう。はたして魔獣を操り、此度の騒動を起こしたのは誰か。そして竜珠の居所とは。……どうぞ、ご期待ください。我が主」