悪魔になった少女
「――お前はもう死んでいる」
「え?」
デクスの口から告げられた言葉に、恋詠は言葉を失う。
自分が死んでいるなどという信じ難い事実を述べられ、半信半疑のまま動揺して立ち尽くす恋詠にデクスはさらに説明を続ける。
「死んでいるというのは語弊があるが、ようは人間としてのお前は死んでいるということだ」
「どういうこと?」
元々聡明というほど優秀ではないが、理解を超えた現実と単語の数々に恋詠の頭はうまく情報を処理しきれずに混乱していた。
「最後の時のことを覚えているか?」
「――っ」
そんな恋詠の状態を見透かしたらしいデクスの言葉に、恋詠は自身の記憶の中にある最後の光景を思い返す。
(あの時、私は身体がなくなってて……)
目が覚めた時同様、自分の身体が失われてしまった記憶を思い返した恋詠に、デクスがさらに言葉を重ねる。
「あの時、俺はいわゆる『奥の手』を使った。――だが、俺はその力をまだ完全に制御しきれていない。咄嗟に発動した俺の力は一瞬制御を失い、近くにいたお前を殺してしまった」
「……!」
順を追って告げられたその言葉に、恋詠はその意味を理解して息を呑む。
最後の瞬間――自分の身体が失われる前に、確かに何かが生じたのを恋詠は見ている。
それがデクスの言う「奥の手」。自分自身ですら制御できない力によるものだったのならば、合点がいく。
「でも、私……」
しかし、それでも今自分の身体があることに疑問を重ねる恋詠に対し、デクスはその表情をわずかに曇らせつつも、まっすぐに目を見つめながら口を開く。
「俺はお前を殺してしまった。だが、俺はお前を死なせなくなかった。だから俺は、力を使ってお前を悪魔に変えたんだ」
「……え?」
デクスの口から告げられた言葉に、恋詠は言葉を失う。
「今のお前は人間じゃない。俺の眷属となった悪魔だ」
突き付けられた言葉に混乱しているところに、さらに同じ言葉を重ねられた恋詠は、混乱を隠せない様子で視線を彷徨わせる。
「そ、そんなことあるわけ……身体だって今までと同じだし、何も変わってないのに」
突然悪魔になったと言われても到底信じることなどできない。動揺に声を震わせながら、恋詠は改めて自分の身体を見回すように視線を巡らせる。
姿は自身の記憶にある人間の天原恋詠のまま。自分では何かが変わったなど――まして、人間でなくなったなど信じることはできなかった。
「だが事実だ。意識を集中させてみろ。自分の身体に流れる悪魔の力――『魔力』を感じることができるはずだ」
「そんなこと言われても……っ!」
デクスに言われるまま、目を閉じて意識を集中させた恋詠は、自分の目に見えない世界を感じ取って息を呑む。
(何、これ……?)
自分の身体の中心から生まれ、循環している力の流れを意識が捉えている。こんな感覚はこれまでなかったというのに、まるでごく自然に、これまでこの感覚と共にあったような当然のものとして感じられた。
「これが、魔力……? デクスとリーゼさんと……みんな少しずつ違ってて、私とデクスの力はすごく似てる」
目でも耳でも鼻でも肌でもない自分の感覚が捉える世界に困惑しつつ、恋詠は感じるままにそれを口にしていく。
デクスが魔力と呼んだ力の流れは一人一人に質が違っている。
そしてデクスと自分の魔力があまりにも酷似していることに気づいた恋詠は、動揺に揺れる瞳で目の前にいる銀髪の悪魔を見据える。
「分かったか? 通常人を悪魔にすることはできない。だが、俺の奥の手だけは、人間を悪魔にすることができる。――正確には、お前を俺の一部にしたって言う方が正しいがな」
自分が感じた感覚の答えを求めるようなその視線に、デクスは端的に答える。
「あなたの、一部……?」
「そうだ。説明すると長くなるが、お前の存在を俺の魔力と同化させることで命を繋いだとでも思っておけばいい」
デクスの説明を戸惑いながらも聞いていた恋詠は、ふと何かを思い出したような表情を浮かべると、小さく首を横に振って口を開く。
「あなたの言うことはよく分からないけど……とりあえず私のことはどうでもいいの。麻衣はどうなったの!?」
「……ベルザードに連れ去られた」
語気を強めた恋詠の言葉に目を伏せたデクスは、数秒ほどの間を置いてその疑問に答える。
「そんな……」
愕然とした表情を浮かべる恋詠に対し、デクスは淡泊な声で告げる。
「あいつの目的はお前の友人の女だったみたいだな」
「なんで!? あなた達が悪魔っていうなら、なんで麻衣を狙ったの?」
その言葉に感情を昂らせる恋詠の質問に、デクスは真剣な面持ちで口を開く。
「あいつの狙いは『0‐AXIA』だ。もちろん俺達もな」
「ぜろ……あくしあ?」
「0‐AXIAは、次期魔王の証。七十二に分かたれた全ての欠片を手に入れた者が次の魔王になることができる」
聞き慣れない単語に怪訝な表情を浮かべた恋詠に対し、デクスは0‐AXIAの正体を告げる。
「つまり、次の魔王になるためにあなた達は争ってるってこと?」
「そうだ。そして奴はそのために人間を利用としている。俺は奴を殺して止めようとしたが、失敗したってわけだ」
説明を聞いた恋詠の推測に対し、デクスは鷹揚に頷いて肯定する。
「奴は王になるために0‐AXIAを求めている。そしてその0‐AXIAを手に入れる手段として人を攫ってるんだ」
「攫われた人は生きてるの?」
ベルザードの目的を知り、恋詠は麻衣の身を案じて尋ねる。
「ああ。大切な〝材料〟だからな」
「材料?」
デクスから語られた言葉に疑念を覚えた恋詠は、怪訝な様子で問い返す。
《そっちの人間もついでに持っていくか。何しろ、貴重な〝資源〟だからな》
その脳裏によぎるのは、自分のことを指して「資源」と呼んだベルザードの言葉だった。
「捕まえた人間達は、お前たちを襲ってきた黒い人型の奴を覚えてるか? あれは人間の魂の器を模倣して作られる『人間もどき』。あれを作るために素体となる人間を集めてるのさ」
「……!」
デクスに自分達が見た黒い人型の正体を教えられた恋詠は、息を呑んで小さく目を瞠る。
「あいつとの話を聞いてたなら、少しは分かるかもしれないが、ベルザードは昔俺の部下だった。だが、あいつは俺を裏切った。
そのせいであいつには決定的に戦力が足りてないんだ。あれは奴にとって、これからの魔王戦を戦い抜くのに使う駒なんだ。だから、その素体となる人間は少なくともまだ殺されない」
そんな恋詠に対し、デクスは抑制の効いた声で更に言葉を重ねていく。
「……まだってことは、いつかは殺されるってこと?」
「…………」
デクスの説明を聞いた恋詠は、その内容よりも黒い人型の素体とするために攫われた麻衣を案じて尋ねる。
胸を締め付けられるような緊迫感でデクスを見据える恋詠は、その沈黙こそが答えであると理解して唇を強く引き結ぶ。
「麻衣を、助けられるの?」
「助けたいか?」
しばらくの沈黙の後、震える唇を開いて言葉を発した恋詠に、その言葉を待っていたとばかりにデクスが不敵な笑みを浮かべる。
「当たり前じゃない!」
しかし、そんなデクスの思惑など意にも介さず、恋詠は自分の想いを心のままに吐露する。
そんな恋詠の態度と言葉が気に入ったのか、小さく笑みを浮かべたデクスは、その問いかけに対して答える。
「お前は悪魔になった。なら、悪魔と戦う力もある。だが、そのためには一つ、お前に決めてもらわなければならない」
「なに?」
そう言って恋詠に告げたデクスは、一拍の間を置いてから口を開く。
「恋詠。――俺の下につけ」




