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0‐AXIA  作者: 和和和和
恋詠カレンダー
2/30

少女と友人




 楽陽町の南側の町を貫く大通り。多くの車が往来し、人の行き来も激しく活気に満ち溢れる道路の肩脇に一台の大型バイクが止められていた。

 前輪の半分と後輪の下半分のみを見せ、全てが白を基調とした装甲で覆われた車体には、金色の塗料で光に照らされる十字架を乗せた船をもした紋様がプリントされている。


「情報だとこのあたりのはず」


 その大型バイクにもたれかかり、手にしたスマートフォンに視線を落とすのは、フードのついた薄手のパーカーを羽織った青年だった。

 両手の中指に銀色の指輪をしているその人物は前髪の下から覗くその蒼い眼で町を見回すと、不敵に口元をつり上げて独白する。

「さて、『悪魔』はどこにいるのかな?」



※※※



 恋詠の通う「楽陽高校」は、どこにでもあるような普通の公立高校で普通科と進学科があり、勉強はもちろん部活動にも力を入れており、全国大会に出場するような部活もいくつかある自由と自主性を校風とする高校だ。

 登校した恋詠は階段で二階に上がると自分のクラスである「一組」の教室へと入るとその姿を認めた一人の少女が恋詠に歩み寄ってくる。



「おはよう恋詠」


「…………」

 髪を短くしたボーイッシュな印象を持つ少女が恋詠に明るく声をかけるが、返ってくるのはどこか呆けたような反応だけだった。


「あれ? お~い」


 その反応に首を傾げた少女が目の前で手を振っていると、呼びかけによって我に返った恋詠が遅ればせながら気づいて挨拶を返す。


「おはよう麻衣」

「おう」

 ようやくいつも通りの挨拶をしてくれた恋詠に、麻衣と呼ばれたボーイッシュな少女は満足気な笑みを浮かべる。


 ボーイッシュな髪型の少女の名前は「篠ノ芽(しののめ)麻衣(まい)」。恋詠とは小学生の時からの親友である。

 麻衣は中学時代に陸上の短距離走で全国の学生選抜に選ばれたほどの優秀な選手で、高校で入った陸上部でも期待のホープとして活躍するほどの実力の持ち主だ。


「どうしたの? そんなにぼーっとして」

 日課ともいえる挨拶をしたところで、普段とは違う様子の恋詠に麻衣が尋ねる。

 心ここにあらずといった様子から、何か考え込んでいるのかもしれない、あるいは何か深刻な悩みでもあるのかもしれないと考えた麻衣の言葉に、恋詠は神妙な面持ちで応える。


「実は、登校中に黒須君に会ったの」


「黒須君? それって、確かゲームの……」

 一瞬何を言っているのか分からないといった反応を浮かべた麻衣だったが、よく恋詠から聞かされていたゲームの登場人物のことを思い出して呟く。


「そう。信じられないかもしれないけど、黒須君そのままの人がいたのよ」

「大丈夫? 頭打った?」

 それを聞いた恋詠が目を輝かせ、嬉々とした様子で語るのを聞いた麻衣は、先ほどとは違う理由で友人を心配する。


「違うよ! 本当なんだってば!」

「へぇ……」

 先に登校していたため、その姿を見ていなかった麻衣が恋詠の言葉を信じてくれたのは、それからしばらくしてクラスメイトの女子から同じことを言われてからだった。


 実際、そのゲームはそれなり――特に女子の間で人気であるため、恋詠と同じような感想を持った女子は多く、スマホで写真を撮っているものまでいたほどだった。


「そういえば、今日も部活?」


「ああ、もうすぐ大会も近いから頑張んなきゃ」

 雑談の合間に、ふと思い出したように恋詠が尋ねると、麻衣は明るい表情で応じる。

 普段は時間があれば、カラオケや食事などをしているため、今日の予定を確認する意味での質問だったが、麻衣の答えは恋詠が予想した通りのものだった。


「そっか。無理しないようにね」

「ああ」


 麻衣は高校の陸上でインターハイに出場することを目標にしている。一年生が上級生を差し置いて大会に出場できるかは素人の恋詠には分からないが、麻衣は結果を出すために毎日練習を欠かさない。

 そんな親友を誇らしく思していると、恋詠の脳裏に今朝もしきりに報道されていたニュースが思い起こされる。


「そういえば麻衣。気をつけてね。麻衣みたいに優秀な人ばっかりがいなくなっているんだから」

 恋詠が不安そうに言うと、当然同じニュースを知っている麻衣は、「ああ」と淡泊な声を発して思い出したように言う。

「集団失踪とか神隠しとか騒がれてる事件でしょ? まだ、一人も見つかってないらしいね」


 最初に事件が騒がれだしたのはもう三ヶ月ほど前になる。

 学業、芸術、運動それらの分野で優秀な成績を残す人ばかりが次々と理由も無く失踪し、二度と帰ってこないというものでそれもこの楽陽町を含む限られた地域に失踪が集中している。

 それらの人々はそれ以外に共通点は無く時間帯も勿論だが、少し前まで人と話していたという人までもが忽然と煙のように消えてしまうのだ。

 その様子から、世間では「神隠し」というこの科学万能の時代に不釣合いな呼称をする者まで現れているほどだった。


「いや、そんな大袈裟な」

「でも」

 まるで他人事のようにどこ吹く風という様子で応じる麻衣に恋詠は念をおして注意をしようとするのを麻衣が笑いながら遮る。

「まったく、恋詠は心配性だな。――まあ気をつけるよ」

「もう」

 自分の心配などどこ吹く風という様子の麻衣に、恋詠は不満そうに溜息を漏らす。


 しかし巷を騒がせる物騒な事件もやはりニュースの中の出来事でしかなく、どこか現実味を感じない空虚なものでしかない。

 親友を心配する恋詠もほとんどの人間がそうであるようにやはり他人事程度の認識でしかこの事件を捉えてはいなかった。


「それより恋詠、見てみなよ」

 麻衣の言葉に恋詠は麻衣が指し示した方向を見る。

 その視線の先にある教室の窓。その外には、日増しに発展が進む町の風景が広がっており、その中に一際目を引く建設中の大きな建造物が高々とそびえ立っていた。


「『タワー』ももうすぐ完成だってさ」


「そうだね」

 麻衣の言葉に応じて恋詠は小さく頷く。


 町の南側に立ち、町全体を見下ろし、町全体から見えるように建造されているその建設中の建物は「楽陽タワー」と呼ばれ、この町のシンボルとして開発されているもの。

 完成すれば、その中には飲食店をはじめ、ショッピングモールのようにあらゆる店舗を取り揃え展望台などを入れた楽陽の観光の目玉として観光客を呼び込む予定となっている。


「完成したら一緒に遊びに行こう」


「うん、楽しみにしてる」

 恋詠はそんなどこにでもいる平凡な高校生活を過ごしていた。

 平穏な日常。親しい友人。今日も、そしてこれからも変わらぬこの日常が続くと信じて疑うことも無く――



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