桜とピアノ
三題噺もどき―さんじゅうご。
お題:桜・ピアノ・月
花びらが舞う夜。
大きな1本の桜が小高い丘の上に凛と立っていた。
その様は、闇と2人きりで踊っているようだった。
その桜の下に、不釣り合いなことこの上ない、大きなピアノが1台。
なぜそこにあるのかは、誰も知らない。
ずっとあったかもしれないし、突然現れたものかもしれない。
そこからは、静かに音が響く。
いつからいたのか、1人の青年が月明かりに照らされて、そのピアノを弾いていた。
その音は、寂しく、儚げで―まるで、散っていく桜の命を嘆いているようだった。
しかし、その青年も、既にこの世の者ではない。
彼は、人であることを辞め、バケモノであることを選んだ。
:
昔、むかしの話だ。
満月の夜だった。
1人の青年が、丘の上にある桜の元にやってきた。
その桜は、昨日は無かった。
―今日、突然現れて、ピンクの可愛らしい花を散らしたのだ。
当然、噂は街中に広がる。
突然現れたそれを、人々は恐れ、絶対に近寄らなかった。
しかし、それでも怖いもの見たさに、桜に触れようとする者はいた。
彼もその1人である。
月明かりに照らされた、その桜を見上げる。
ほぅと息をのむその桜の美しさに、彼は見初められた。
突然、桜はざわめき枝を大きく揺らした―
あまりの風の強さに青年は目を閉じる。
目を開けると、目の前に1人の少女が立っていた。
陶器のように白く、滑らかな肌をしており、桜の花のように可愛らしいピンクの頬と唇をしていた。
―青年は、少女に惹かれ、少女もまた、青年に惹かれた。
しかし、その少女は桜の妖精の王であり、人との恋は許されない。
それでも惹かれあった彼らは、神からの追放を受けた。
青年は、美しい旋律を奏でる為だけに永遠に生き続ける、ヒトならざるものに。
少女は、人の姿を奪われ、美しい音色を響かせるピアノに。
それから、2人はその桜の木の下に縛られている。
:
永遠と生き続けている青年は、少女とどんな形であろうと2人きりでいられることを幸福に思っていた。
少女もまた、青年と共にあることを幸せに思っていた。
それが、彼らの終わった物語。