地獄
私は恋をしている。
この様な書き口で始まる読み物は腐るほどに存在しているが、これはそのどれよりも愚かしくて、滑稽で、それでいて美しいと、どうか私だけでも信じていたい。
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彼女と初めて出会ったのはまだ肌寒さの残る春だったことを覚えている。これを、頭で覚えているのか、私の体が忘れられなくなってしまっているのかさえ狂ってしまった私にはわからないのである。透き通る冬の雪空から落ちる結晶のように儚く、切なくて哀しい恋慕の念をこの時に抱きさえしなければ、私の人生も捨てたものではなかったのかもしれないが、彼女のことを知ってしまった今となってはそのような地獄は到底歩みたくもないものである。
休日に宗教家を名乗る者がやって来て「神を信じるか。」と、問われることがあるがそのような者たちが私の人生を覗き見れば答えは自ずとわかるであろう。悩むまでもなく存在しないことが分かるからだ。こんなにも胸を締め付けられ、身を焼き焦がすような悪魔を神が看過しようもないだろうに。
閑話休題。彼女には想い人がいるらしい(実際に彼女から聞いた訳では無いが私も馬鹿ではない)。その相手が私であれば私も神を信じていたかもな、なんてことを1人逡巡していると吸っていた煙草がその寿命を終えようとしており、ちょうど今からの私のようだと感じられて頬が緩む。良い人生だったとは思わない。そのような俗語で私のこの人生が、想いが、私の中の彼女が、片付けられてたまるものか!
どうか彼女と、その想い人が不幸になりますように。どうか2人が地獄に堕ちますように。そう呪いをかけてウイスキーを飲み干すと椅子を蹴飛ばした。私はそこで、いつまでもあなたを待っているから。