はだけた胸で誘惑するな!いいから俺の焼きそばパン返せ!
「優しくしなくてもいいよ」
彼女はそう言った。シャツの前をはだけさせた状態で……。
昼のパン争奪戦――が終わった閑散とした購買部で。
俺は購買委員であり、今日のレジ担当であり、人気の焼きそばパンをお取り置きしておいたものである。
狡いとかいうな。
彼女のはだけたその襟ぐりにはそれはそれはふっくらした膨らみがあり、その寄せてあげて作られた魅惑の褐色谷間は獅子が我が子を突き落とす五倍くらい深そうだった。その谷には得物である焼きそばパンがちょこんと顔を覗かせている。
こういうのネットのどこかで見たことあるぞ。
Oh,She is So Sexy
思わずそんな英単語が頭をよぎる。これが英単語かどうかは人それぞれの価値観だ。
まあそれはさておき。
要は、俺が取り置きしておいた焼きそばパンをくれ、そしたら身体で払ってやる……ということを言いたいらしい。
「そんなこと許されるわけないだろ、胸じゃなくて頭で考えろよ巨乳」
と、違約するとこんな意味になることをいつだったかのルパ○三世の二時間スペシャルで敵が不二子ちゃんに言っていたっけ。
それを思い出しながら台詞を意訳でトレースしてみた。
「え、なにそのセクハラ発言。キモ。マジ引くんですけど」
現実の女は不二子ちゃんみたいに気の利いた返事はしない。マジで気持ち悪そうに俺を見ている。見るな俺をそんな目で。
「いや、俺にそういう取り引き申し込んでくる時点で君がもうアウトだから。常識を持ち出すのならまず自分から。な?」
「うるさいしね」
「逆ギレかよ」
「だいたいアンタね、購買委員だからって焼きそばパン不当に買い占めてんじゃないわよ。その行動が草生える。頭から草が生えたと思ったら黄色いお花が咲いて綿毛となって青空に飛んでいきそうだわ」
タンポポかよ……!
「ふん、言うだけ言ってろ。こっちにはこれがあるんだからな。見ろ、この文明の利器を!」
俺は懐からボイスレコーダーを取り出した。
「今までの暴言はここに記録してある。早くその焼きそばパンを返せ。俺は腹が減って少々気が立っているんだ」
食べようと口を開けた所をいきなりかっ攫われたのでね。
「は? 普通、そこでばーんと出すのはスマホじゃないの? なんでわざわざボイレコ?」
「俺のスマホは容量不足。長時間の録音は不可能」
「あっそう。まあ容量不足で悩むのはよくあるわね。あるある」
「対してこいつは10テラバイト!」
「どこで買ったそのオーバースペック」
「ア○ゾン」
「さすがア○ゾン、何でもあるわね……」
「すみません見栄をはりました。ほんとは16ギガバイトです」
「しょうもない見栄をはるわね……いえ、これは見栄……なの……? てかなんでそんなもん持ってんのよ」
「リアルマネーを扱うここはある意味証券取引所だ。言った言わない、払った払ってないで泥沼係争になることもあるだろう。だからいつそうなってもいいようにこいつで自衛しているのさ。ちなみに俺の個人的な防衛術だから他の人はやってないぞ」
「でしょうね」
呆れたように言ってるが、自分が今まさにその係争を引き起こしている自覚あるのか、彼女は。
「あーもーめんどくさ。めんどくさいのに当たったわ。ほんとめんどくさ。ただ焼きそばパン買いに来ただけなのに」
「強奪だろ。人が食べようとしてたもんを横から、あぁっ」
俺が説教食らわそうとした途端。
彼女は胸に挟んだ焼きそばパンを、その先端を、パクリと食べやがった。
「やめっ、俺の昼メシ!!!」
「うるさいしね」
「お前暴言やめろよな!」
「おごりテンキュー」
「おごりじゃねーよ!金払え!」
「んー……」
胸元からもぐもぐ食べていた彼女だが、ふと焼きそばパンを引き抜いた。
そして齧っている側の反対のパンの先端をちぎった。公園の鳩にあげるレベルの大きさだ。
そのちぎったパンを、俺に差し出した。
「うるさいからあげる」
「は?」
「これで大人しくしな」
「は???」
「はんぶんこなら文句ないでしょ」
「コレのどこが半分だよ!」
だが俺の言葉など無視して彼女は焼きそばパンを食べ続ける。なんとなく目が死んでいる。
そんな彼女の様子を見て、俺もさすがに引き下がった。こりゃもう何言っても聞かないだろう。
そして俺は死んだ目で焼きそばパンを齧る彼女を見ながらパンの切れ端を口に入れた。
……ソースの味がちょっとだけするのが超悔しい。
が、飲み下してからハッとする。
今食べたのって、彼女の胸の最奥に挟まれた部分…………!?!?!?
「げふっ、げふっ!!!」
衝撃のあまり咳き込む俺。
彼女は未だ死んだ目のまま、飲みかけのパックのレモンティーを差し出した。
「ほら飲みな」
「のっ、飲まん! 飲めるか! 間接キッ、げほっ」
「そういうの気にする人なんだ、意外。そのまましね」
「暴言やめろよな! ボイレコとってんだぞ!」
「はぁ〜もーしんど……」
彼女は死んだ目のまま、ため息を放つのだった。
そして俺はいつまでもいつまでも咳き込んだとさ。
助けて。いろんな意味で。