第一話 夢
目が覚めた。
時計の針は午前2時34分を指していた。
自然と出た咳払いに自分ののどが渇いていることに気づかされた。
冷蔵庫にはお茶が入っていたけど炭酸の気分だったので一口だけ飲んで外に出た。
夜道は言うまでもなく静かで、コンビニまでの道のり約十五分間誰ともすれ違わなかった。
店内もガラッとしていて店員ですら見当たらない。
店員も?
まあ裏にでもいて、そのうち出てくるんだろう。
ブドウの炭酸をもってカウンターに置いた。
「店員さん?」
しばらく待っても返事がない。
気が引けたが奥を覗いてみることにした。
誰もいなかった。
店内のどこにも人がいない。
「はあ…」
勝手に清算するわけにもいかなく、黙って持っていくなど言語道断。
深いため息をつき、あきらめて外に出ることにした。
わずかながらの抵抗として買う予定だった炭酸飲料はカウンターに置きっぱなしにしてきてやった。
近くの自販機でコーラを買い、自宅に戻る。途中、一人とすれ違った。
ここら辺じゃ珍しかった。
帰って時計を見た。
2時34分。
「電池、切れたのかな。」
入れ替えたあと、setと書かれたボタンを押してやると自動で針が動き始めた。
それを放置して携帯で時間を確認する。
2時34分
もう一度寝ることにした。
起きた時にはもう明るいだろうと思っていたのにまだ外は暗かった。
午前4時少し前。
のどが渇いていた。
机に置いておいたはずの飲みかけのペットボトルはどこにも見当たらなかった。
朝からずっと今日一日をどう潰そうかだけを考えていた。午後の3時以降はそんな問題にも苦労することはなかった。
近所の本屋。バイト先だ。本屋といってもゲームやCDなんかも置いている。個人的にとても優れた場所だと思う。
「佐藤さあ?今日も暇そうだねぇ?」
同じバイトの小林がニヤニヤしながら話しかけてくる。
「なんすか。悪いんすか。」
「別にぃ?」
ニコニコしながらそう返してくる。
「佐藤さ、佐藤さ、そういえば聞いた?ヒルマの新曲。」
「いんや、まだ聞いてない。」
「いや~、あれね。すっご、いらっしゃいませ。」
レジ対応までの流れの良さに少し笑いをこらえる。
済ませた小林がまた話を始める。
「それでね、すっごい良かったの。あの静かで切ない感じが胸に来るんだよね。心が浄化されてく!いやなこととか全部忘れていく!みたいなね。」
「へぇ」
小林とは音楽の趣味がよく合う。彼女の進めてくる曲はたいてい良い曲だった。それになんというか、しっかりしてる。何がとかは形容できないが感性?考え方?がすごくしっかりしてるのだ。
「帰ったら聞いてみようかな。」
「ぜひぜひ!佐藤も絶対ハマると思うんだよね~」
「品出しに戻るわ。」
僕は作業に戻った。
人と話しているときの僕と独りでいるときの僕は違う。自分でそう思っているだけかもしれないけど。
どちらが本当の自分かと聞かれると返答に困る。
人と話すことは好きだ。
とても楽しい。
だけど嫌いだ。
感情が暴れてわけがわからなくなる。
あとあと考え直すとなんであんなこと言ったんだろうって後悔する。その後悔が残り続けて僕を一生むしばみ続ける。
独りでいることも好きだ。
心の平穏を保てる。
でも嫌いだ。
寂しくなるし、て思う。やっぱ独りなんだっ
それに思考が止まらなくって頭の中をぐるぐる回る。やなことばっかり思い出す。
バイトが終わって帰宅する。小林が帰り際ジュースを奢ってくれた。
昨日自販機で買ったはずのコーラにしてもらった。
帰宅し、てきとうに晩飯を取り繕う。
時間を意識したとき時計の針は午後11時に差し掛かっていた。
明日はバイトもないし、ほかに予定もない。あるはずないか。
ふと昔を思い出した。好きな子にいたずらをしたこと。友達にひどいことを言ってしまったこと。それから連鎖的に自分の後悔の記憶が次々と蘇る。
こういったことがたまにある。トリガーはない。いつも唐突だ。
思い出したところでどうというわけでもなく、ただいやな気持になって溜息をつくだけ。
過去をなかったことにできないし、反省してもまた同じようなことを繰り返す。学んだと思っていても結局何も変わってなかった。
オナニーして寝ることにした。
自分のブツをいじりながら携帯でネタを探す。
イきそうになってもネタが満足しなかったら少し手を止めて我慢して、そうすること約1時間。すこしだけ小林を思い浮かべた。
達したあとの自分の中には一物の罪悪感だけが残った。
「寝よう」
何もなかった日から何もないであろう日移行するために眠りについた。
目覚めた時、時刻はまた2時34分。
冷蔵庫に置いてあったお茶を飲んでしばらくぼっとしていた。
すっかり目が冴えてしまった。
時計は相変わらず2時34分を示していた。
携帯でも時間を確認した。
2時34分。
「は?」
思わず声が出た。
携帯は普通に機能しているしネットにもつながっている。はずなのに1mmたりとも時間が進んでいない。
「何がどうなってんだ。」
しばらく考えてみた。体感でいうと5分くらい。
なにも思い浮かばなかったし、何もわからなかった。
もう1回寝ようにも目はすっかり冴えている。
とりあえずお茶を飲み一息ついた。
「暇だな。」
散歩にでも出かけることにした。
外は相変わらずもぬけの殻。こんな時間だから当然といえば当然だ。
目的もなくぶらついた。
なんとなく人を探してみることにした。
コンビニや24時間営業のスーパー。どこに行っても人はいなかった。
「夢かな。多分」
明晰夢という奴だろうか。
自由に動ける夢ってやつだ。
昨日もそうだったであろうからもう一度眠りにつけばいつも通りに戻るのだろう。
しかし…
「眠くないな。」
こんなこと久々なくらいにきっちりと目が覚めている。困った困った。
外を出て何の目的もなくふらふらと歩いた。
あれからどれくらいだろうか。結構歩いた。
マンションの屋上。
高いところが目に留まった。
そこの入り口も屋上の扉も当然のように開いていた。
屋上にたどり着く。
日頃の運動不足でやはり息は切れていた。
風が気持ちよかった。
息を整えてからふとあたりを見回す。
「あ。」
「あ。」
女の人がいた。
目が合い、びっくりして思わず声が出た。
恥ずかしさを隠すように「どうも」と会釈をする。
女の人もつられて会釈をした。
気まずい。
起きたのは午前の5時ごろ、今日の予定は何もなかった。あまり頭がすっきりしてなかったので二度寝した。
次に起きたときは昼を1時間も過ぎていた。
何のためにやってるかわからないアプリのログインを5分程度で済ます。その間に体が目覚め始め、おなかが減っていることを自覚する。
冷蔵庫の中には昨日帰る際に買っておいた食材がちらほら。
レタスを使ったチャーハンを作って食べることにした。
上手くできた。
食べ終わり、食器を洗ったあとゲームをした。
一回止めて時計を見ると17時を回るところだった。
考えることをやめ、後回しにしておいたことが巡り巡ってぶり返してきた。
キッチンの換気扇の前でたばこを吸う。
「まずいなぁ、やっぱ。」
好きでもないたばこを吸っていた。
二十歳になったので試してみようと思い買ってみたものの依存もしなかったし普通にまずい。500円もしたのに捨てるのももったいないしこうしてちょいちょい消費していっている。
深夜。
物語を書いていた。
パソコンのカーソルを最初に戻し読み直す。
少年が自らの願いを叶えるために星を目指して旅をする話。
彼には病に伏している家族がいるというわけでもなく、裕福とは言えないがお金にはさほど困ってもいなかった。
それでも旅に出た。
家族は不思議に思った。
命の危険を伴う旅に行くような子じゃないと思っていたからだ。
それでも彼の背中を押した。
「後悔の無いように。」
温かく見送ってくれた。
書き始めてから大体1時間くらいかな。
「あ~あ。」
ふと立ち止まり読み返す。
「あ~あ。」
ともう一度。
「つまんな。」
そういってファイルを消した。
あの主人公の最終的な願いは、この世から退屈を消すこと。
そんな感じで書いていた。
「こうじゃないんだよなぁ。」
こうでもない。ああでもない。じゃあ一体何なんだよ。
「…」
今日はこれ以上やめておこう。
わざわざ自分自身に失望なんてしたくない。
小林からURLが送られてきていた。
例の新曲だった。
前作は個人的には微妙だったけど今回の曲はすごくよかった。
激しめの曲を透き通る声で歌っていて。
この曲と歌唱の表現力を前にすると敵わないなって…
余韻には空白だけが残っていた。