狩人の肩に乗って
銘尾 友朗 様主催の『冬の煌めき企画』参加作品です。
――寝転がって、ただ無心で前を見る行動も、見上げるに含めて良いのなら、それは僕の好きな時間。
青い空、というのは産まれて此の方、見たことがない僕にとって、空は、ギュッと押しつけられるように白く煌めいているか――もしくはシュッと吸い込まれそうな深い黒い存在だ。
それに比べて地面、も見たことがないのだが、床よりは地面と表現したい場所はシルバー。
使い、使われ、使い古された表現なら、一面の銀世界。
どこからともなく、舞い降りる雪片が降り積もるその場所に足跡が一つも無いのが少し謎のはずなのだが、近づいてくる足音の主には気にならないようだ。
ぎゅむ、ぎゅむ、ぎゅむ、ぎゅむ。
純粋で、磨かれた存在を踏みしめてくる罪深い足音は、耳元で。
止まったりしなかった。
ぐむ。
フェイスシールドに転写された複雑な紋様は、僕の星の観測会、――又は単純にサボリとも表現される活動の終了時間が、すぐそこなのを、無言で告げた。
☆
二十一世紀が五分の一ぐらい過ぎた頃。
人類の文明は滅びかけたらしい。
らしい、というのは、もう遠い過去になってしまった出来事だから。
実際に体験した人がいなくなってしまった出来事は、実感として捉えるのが難しい。
しかし。
〈人類はこの脅威に一丸となって〉
〈不断の努力と献身が〉
〈皆が皆を思いやり〉
・・・耳触りの良い言葉の群れ。
おそらく後年、付け加えられてしまった額縁、もしくは上塗りを剥がせば真、には迫れなくとも、それなりの実は手に入るわけで。
どうやら各国は各々各個で対応し、終息後犯人探しに躍起になったらしい。
機能するべきだった国際機関はあまり役目を果たせなかったようだ。
らしい、と、ようだ。
ぼんやりとした調査結果が並ぶのは申し訳ないが、コレだけははっきりしている。
“次”に対応する準備は、できなかった。
「いやいやいや、まずいだろ! 運が良かっただけじゃないか!」とは、僕のフェイスシールドに足跡をつけたヤツの言葉だ。
全く同意。
というのは、サボリ野郎は踏んでもいいやとか考えている、ヤツのちょっと危ないモットーに対してではなく。
運が良かっただけの部分。
感染力が少しだけ強かったら?
ウィルスの毒性が少しだけ多かったら?
発症の症状が、手遅れになるまで出なかったら?
「文明が維持できる人数を、維持できたか疑問だね」
全く同意。
維持がダブっているがヤツは正しい。
「次は、感染の拡大を阻止する決まりを作るべきだろう?」
全く同意。
今度はストレートな表現もいい。
ウイルスの発生した国は、結局見つけられなかった。――事にしたようだ。
そして、最初に流行が確認されたとされ、他の事でも疑われた国は、自国に中と表現を入れていても、大国だった。
「わざと? 馬鹿いっちゃあいけませんよ?」
後ろ手に隠した諸々、―――例えば、お金とか、あるいは単純な拳骨とか―――がちらついたかどうかは不明だが、主張は通った。
あるいは一番強い後押し、――真実が主張の背を支えたのかも知れない。
謎の病原体の流行。
全人類の為に国境を封鎖すれば・・・。
その国だけが確実に一人負けになるだろうという推測が、彼の国のイメージを歪めていた可能性はある。
そして、結局。人類は感染症に対する方針を決められなかった。
〈流行性疾病の発生時は、速やかに情報を公開し、感染の封じ込めに努力する。他の国はこれを支援し、発生国の責任を問わない〉
文字にすればこの程度。
特に最後の七文字、もしくは支援の二文字は、その後の人類にとってとても重要になったはずだったが。
常任の国は、これを採択できなかった。
「そして、地球はその一部を永久に失えたり」
全く同意。
詩のように歌った、ヤツの言葉は事実だ。
☆
これ、ヤバイんじゃね?
・・・各国の首脳陣だから、もっと格式高く表現しただろうが、内容は一緒。
温暖化や環境汚染。
更なる疾病の発生。
とか言う前に核兵器。
見ないようにしているからといって、無くなったわけでは無い最終兵器は、世紀を跨いで、お互いの主要都市をつねに狙いあっていた。
ダメだこりゃ。
・・・各国の首脳陣だから以下略。
明日、明後日の危険ではないが、確実に破滅は近い。
なにしろどこかの主要都市の一つに隕石でも落ちて壊滅すれば、あれよあれよと言う間に、地球は作りかけのドミノが倒れるように、核の炎に包まれるのだ。
2XXX年、地球は核の炎に包まれた。(つい、うっかり)
笑えるけど、笑えない状況に対応する準備は、やっぱり笑える明後日の方向を向いていた。
播種船建造。
後の時代に生きている僕からすれば、なんでそうなった? と発案者の胸ぐらをガクガクさせながら問い詰めたいアイデアは、各国で採用された。
「貴方、疲れているのよ」
とは今にも残る誰かの名言だが、全くもって同意。
たまにナイスアイデアが浮かぶのは否定しないけど、普通、疲れている時のアイデアに録なものが無い事は僕にもわかる。
「どう考えても、規則作って時代遅れの兵器を片付けた方がいいだろうに」
全く同意。
なのは、僕らがその船の乗員だからだろうか。
人は、ひとごと。
変換すれば、まさに! と膝を打つ事柄に対して、たまにとんでもなく反応が鈍くなる。
ゴリゴリ、ガンガン、ドンドン。
斯くして、各々の国は自国の土地を削って、加工して、打ち上げた。
協同で? 馬鹿いっちゃあいけない。
上手く居住星にたどり着けば、丸々一個惑星が手に入るわけで。
いくら播種と名付けても揉め事の種は乗せちゃあいない。
「もう、見えなくなった船の事なんか忘れてるかもな」
全く同意。は、できない。事もない。
一方通行で帰る予定も、通信の手段も無い。
僕が向こうに無関心なぐらいに、向こうのこちらへの感心が、薄くても良い。
☆
「お、そろそろ始まるな」
ごろんとヤツが隣に寝転んだ。
船の建造当時、光の速度は超える手段はほとんど無かった。
そもそも、長年使えるエンジンさえも作れなかった。
なら、この船の動力は。
過去にならって、その前に採用されていた。
“帆” である。
そして、水資源貯蔵庫の節約。
嵩は増えるが、凍らせとけば壁を作んなくてよくね?
とか考えたらしい設計者の意図の結果の銀世界は、ぎゅむっとだけ不満を漏らしてヤツの背中を受け止めた。
糸巻き。
船の進む方向が良いのだろう。
光年規模で故郷から離れた今でも、オリオンと呼ばれた地球の北半球の冬の星座の独特な形は変わらない。
そして、赤い肩が煌めく。
暗く、黒い空に溢れる色彩。
グンと背中に感じる、船の打ち消しきれない加速感。
超新星爆発。
その爆風がこの船の動力元。
別に爆発時期を予測して建造されたわけではなく。
建造後、ボーッとその時を待っていた船は。
その瞬間を迎えた時から、ずっと宇宙規模の爆風に吹き飛ばされ続けている。
「まあ、コレが見れるのは、良かったな」
全く同意。
爆風に含まれる光より早い物質。
ニュートリノとか呼ばれる風を帆が上手く捉えられれば、この船も時々光速を超える。
あの当時の技術で、光速を超えられる、少ない手段の一つだ。
いつもなら明るく空の大部分を覆っているベテルギウスの欠片達が、逆回転のように星に戻れば、花火の打ち上げ準備はOK。
文字通り、天文学的な年数にしか起こらない超超巨大花火も、帆に当たる物質が次々変わるここでは、そう珍しく無い。
「飽きたな」
え゛?!
全く同意。できない。
宇宙規模でも滅多にない出来事でも、何回も見れば厭きるヤツもいるようだ。
「ショーが終わったので、ヤツは仕事に戻るようだ」
「・・・戻るようだ。じゃねー!」
おっと、考えが口に。
「うわ、お前・・・」
無理矢理起こされた自分の真空装備の背中に、雪が着いてないのに気づいたヤツは、顔をしかめた。
循環した水が雪になって降る前から、金属の床に寝ていたのがバレたのは、まずかっただろうか?
「サボリ過ぎだろ・・・」
全く同意。
といっても、しなくてはいけない仕事はあまり無いのだが。
狩人の肩に乗って船は進む。
いつか
どこかになった
冬の煌めきが
着陸できた
このちっぽけな故郷の
欠片を追い越すまで。