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アルタルフ ~救世主のいない世界で~  作者: sin
序章 神の啓示
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2.魔獣降誕

 ゴーンゴーンゴーンゴーン……


 星空が煌めく最中、風情や情緒といった類の一切を打ち消さんばかりの鈍い轟音が、集落全体に響き渡る。


『魔獣出没! 魔獣出没!』


 集落の中央に立つ見張りの櫓から、大声で叫ぶ男性の声が聞こえる。


 魔獣――『異能力』とは別に、五年前のあの日に生まれ落ちた生物。

 姿形やその能力は千差万別だが、そう呼ばれる存在に共通している点は三つ。


 一つ、全身が黒い靄のようなもので包まれている事。

 二つ、多少の知性を持っている事。

 三つ、好んで人間を襲う事。


 知性を持つ奴らは火を恐れない。

 柵の周辺には毎晩、獣対策として火が絶えず焚かれている。つまり、それでも近付いてくる存在があるとすれば、魔獣に相違ないのだ。


 半鐘の音で、集落の住居に灯りが灯り始める。


「おい、魔獣はどこだ!? 数は!?」


 真っ先に櫓の下まで走ってきたのは、屈強な筋肉を携えた大男――剛力。


「剛力さん! ここから目視で確認できるのは一体です。ですが……」


 見張り役の男は歯切れを悪くする。


「どうした?」


「恐らく、『統率種』と思われます……!」


「そうか、厄介だな……」


 櫓を少し登ったところから、見張りの指差す方向を見ると、門の入り口の少し遠くの場所に全身から黒い靄を放つ、狼のような漆黒の獣が一頭。しかし、その周囲にはそれを守るようにして十数の獣が囲っているのが見える。


「確かに『統率種』で間違いなさそうだ。よし、行くぞ! お前も付いて来い!」


「え、でも見張りは?」


「すぐに他の魔獣が生まれるなんてことはあるまい。それに、どうせ魔獣に真正面から対抗できるのは俺くらいなんだから大丈夫だ!」


「は、はぁ……」


 楽観主義の剛力に連れられ、見張りだった男も櫓から降り、共に門の方へと向かう。



 ――門のところに剛力たちが着いた頃には、ちらほらと男衆が集まってきていた。


「おっし、お前ら! 武器庫から石槍を持ってこい! 俺が倒しそびれた奴らを頼んだぞ!」


「「「はいっ!」」」


 剛力は、自身の右腕の袖を捲り上げる。石槍は、あくまでも非力な男衆の為のもの。剛力には、得物など自身の両腕だけで十分なのだ。


「ワオオォォォオオン!!!」


 遠吠えが響き渡る。間違いなく群れの中心にいる魔獣によるものだろう。その遠吠えを合図に、睨むだけしかしていなかった周囲の獣共が一斉に門に向かって駆ける。


「久々に腕が鳴るぞ! 『制限解除(リリース)』!!!」


 ドンッ――


 剛力の周囲の大気が揺らぐ。ただでさえ常人のそれを遥かに凌ぐ彼の筋肉が、より大きく膨張し、激しい熱を生じさせる。


「――ラァッッッ!!!」


 ブチュッ――


 たったの一突き。それだけで、先頭を駆けていた獣の頭部を粉砕してしまう。


 剛力が授かった異能力は――『力の解放』。

 普段、無意識に人体に掛かっている身体能力の制限を解除すると共に、その基礎となる身体能力を底上げする、といったものだ。


「この程度かお前らァッ!?」


 一心に駆けていた獣たちの意識の全てが、たった一撃で仲間を葬った剛力へと注がれる。


 ――こいつは、倒さなければいけない……と。

 結果、訪れるのは静寂。目の前の敵を排除しなければいけないが、しかしただ突っ込んでも無駄死にしてしまうだけ。野生ながらも、獣たちは本能でそれを理解していた。対する剛力も、例えその強靭な肉体でも、多方向から一遍に攻撃されては一溜まりもない。互いに期を伺うしかなかった。


 全ての獣たちが剛力と相対するように構える。対する剛力も、集中力を極限まで高める。

 故に、勝負が決まるのは激突後の一瞬の攻防――。


「――ッッ」


 最前にいた獣の一体が、剛力に飛び掛かる。


「――フンッッ!」


 剛力の振り下ろす拳でぺしゃんこに潰れる。が、次いで囲っていた獣たちが息を合わせたように同時に飛び掛かる。


「く、っ……はっ!」


 腕を振り上げ、その身を振り回し、森の奥から無限に湧き出る獣たちの尽くを粉砕、粉砕、粉砕……。

 圧倒的な暴力――。剛力が授かった異能力の神髄。しかし――、


 ブシュ――ッッ


「ぐ、っ……!? こんの……っ!」


 左のふくらはぎから強烈な激痛が走る。死角から忍び寄っていたらしい、一体の獣ががぶりと噛みついたせいだ。

 何とか拳を振り下ろして粉砕するも、牙ががっちりと食い込んだ個所からは大量の血が滴り溢れる。


 『統率種』と呼ばれる魔獣の厄介なところだ。奴らはただ普通の獣を使役するだけではなく、使役した獣たちに多少の知恵を授ける。それこそ、夜闇と仲間の死骸に隠れて忍び寄る戦い方など――。


「ごめんねぇ、来るの遅くなっちゃったぁ」


 逼迫した状況に見合わぬ、おっとしとした声色が聞こえる。直後、剛力の左足から溢れていた血液が彼の体内へと戻り、傷口は瞬く間に凝固する。


「麗華さん、助かった!」


「大変そうねぇ、私も手伝うわぁ」


 八重桜の両手が淡く輝く。と同時に、剛力を取り囲んでいた獣たちの動きが明らかに鈍り始める。


 八重桜の異能力は――『血液操作』。

 血液に関係する液体を操作する事ができる。体内の全ての血液を抜き取ろうとするなら、集中している状態で直接対象に触れないといけないが、血液の流動性を抑えようと思えば、対象が数メートル先でも発動できる。


 そして、血液の循環が鈍れば代謝が落ちる。結果として起こるのは、運動神経の鈍化。


 猪突猛進で豪快さを売りにしている剛力とは対照的な、繊細さを必要とする異能力。

 大凡五年間、この程度の規模の集落が度重なる魔獣の襲撃に耐え続け、存続し続ける事ができたのは、偏にこのコンビの力があってこそだった。

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