1.文明無き世界で
――それは、前触れも無く。
人々が培ってきた知識、技術、経験……。
大凡『歴史』と集約されるそれら全てを嘲笑うかのように。
『それ』は人々の身に宿った。
ただの神の気紛れか、それとも悪魔の悪戯か。
人類の培った『それ』を遥かに上回る異能力を。
――人々の培ってきた『歴史』を代償に。
――――――
――とある森林の中にひっそりと構える集落。
居住区や食堂、人が生活するのに必要な空間一帯を囲うように立てられた大きな柵。
一日にたったの数回しか開かないその集落唯一の門が、夕陽が木々の向こうからも消えていくと同時に開かれる。
「剛力さん! お疲れ様です!」
「おう、お前ら! 今日は大物を仕留めて来たぞ!!!」
門番に威勢を放ちながら入ってくるのは、この名も無き集落で一番の怪力男――剛力武だ。
大人一人分くらいの大きさはあるのではないだろうか、と思ってしまう程の大きな猪。それをその逞しい片腕で悠々と担ぎ上げながら凱旋する。
「あらぁ、剛力さん。お帰りなさぁい。今日はすごいのを捕まえたのねぇ」
「おう、麗華さん。早速血抜きを頼む」
門のすぐ近く。剛力が仕留めて来た獲物をすぐに保存するべく建てられた調理場で準備をしていた女性の下に巨大な猪を置く。
剛力がこの集落で一番の怪力ならば、この麗人――八重桜麗華もまた、この集落で一番。
「……うん、うん。この量なら、全員に配給を回すどころかぁ、保存まで作れちゃうわねぇ」
おっとりとした声色の彼女は、吟味した獲物のその胴体に、華奢な手をそっと添える。
ブシュゥゥッッ――
その手が添えられたと同時に、その獲物の口から大量の血が吐き出される。
「はぁい、血抜き完了よぉ。みんなお腹空いているだろうからぁ、すぐに準備しちゃうわねぇ」
……容姿も所作もさることながら、彼女はこの集落で一番ギャップが凄かった。
「あ、あの……ぼ、僕、手伝いますよ……!」
「あらぁ、神々廻くん。いつもありがとうねぇ」
横から恐る恐る近付いてくるのは、密かにその八重桜を想っている多くのうちの一人、神々廻廻。長い前髪で目元が見えなくなっているせいか、どこを見ているのかはよく分からない。
「麗華さん、私も手伝うよ! ほら、裕也も!」
「……ったりぃ」
廻に次いで調理場に来たのは、麗人、大和撫子……と言った言葉の似合う八重桜とはまた違って、妖精のように可憐に整った容姿の少女――綾坂結衣。それと、その少女に引きずられている少年――雨宮裕也の二人だ。
「あらあらぁ、二人は相変わらず仲が良いわねぇ」
「二人じゃなくて、廻くん合わせて三人ですよ! なんてったって私たち、幼馴染ですから、ね!」
「……う、うん」
「……幼馴染っつうか、腐れえ――痛っ! 何するんだよ!?」
裕也が言い切る前に頭に爽快な平手打ちをお見舞いする結衣。割と本気で叩いたのだろう、裕也が反射的に両手で抑えた個所が、若干赤く腫れているのが見える。
「ふん、知らなーい。ほら、廻くんもいるんだし、みんなで一緒にやるよ!」
「……へいへい」
ぷいっと顔をそらす結衣の頬は、微かに赤く熱を帯びていた。
この集落は、総勢約五十人程度の住民で構成されるかなり小規模なもの。集落内の建物は調理場含め、大凡近代の文明が微塵も感じられない。
「……はあ、一体いつまでこんな生活なんだろうねー……」
「そんなん嘆いても仕方ないだろ。今更」
「そ、そうだよ……。だ、だって、もうすぐ五年……でしょ?」
――五年前のあの日。あの日の直後に比べたら、こうやって三人で温かいものを食べる事ができている……。それだけで奇跡ともいえる出来事だ。
「でも、だからってずっとこんな生活も嫌だよ? まるで弥生時代にでもタイムスリップしたような生活だし……。本当なら私たち、来年にでもキャンパスライフ送ってる筈だったのに……」
「そ、そう……だね……」
「まあ、確かになぁ……」
五年という年月は、人の意思を削ぐには十分過ぎる時間。いつの間にか、元の生活に戻ろうという意思すら、裕也たちの思考から殆ど消え去っていた。
――全ては五年前。三人がまだ中学生だった頃。
彼らに突如として降り注いだ光は、全てを奪い去った。
再び彼らが目覚めた時、目の前に広がっていたのは見渡す限りに広がる緑。広大な自然。ただそれだけだった。
原因も、今いる場所も、これからどうなるのかも、何も分からずに放り出された彼ら。
その大きい代償を払った結果、一部の人間に『異能力』が授けられた。
剛力武――『力』
八重桜麗華――『血』
異能力が授けられた人類に、文明の初期化の他には大した変化がないまま五年が過ぎた――。
しかし、終わりも然り、始まりも……彼らは知る由も無い。
初めまして、sinです。
突然ですが、誰しも自分の脳内で物語を作ったりするものですよね。
……え、しない? 私だけ?
このお話は、そんな私の脳内で繰り広げられている物語を、頑張って文章化したものです。
面白いかどうかは分かりませんが、少なくとも私にとっては面白いと思う物語です。ぼちぼち気が向いたときに文章化して投稿していこうと思っていますので、どうぞよろしくお願いします。