修行 ①
「お前がこの俺様の元で修業がしたいとか言う命知らずかっ!」
髪は白く顔には深い皺が刻まれている。その皺の中には傷跡も見え戦場で生きて来た者の特徴が感じられた。衰えを感じさせない分厚い胸板が押し出すせいで窮屈そうで着ている服が可哀想に見える。
身長もありフロイの目線が彼の鳩尾ぐらいだ。
頭上から降りかかる声にフロイはそっと声を発した。
「宜しくお願いします。トルド男爵」
「ふんっ! 今日から俺様のことは師匠と呼ぶが良い」
「分かりました師匠」
相手の威圧に懐かしさを覚えながら、フロイは直立不動で相手の次を待つ。
トルドが自分を『師匠』と呼ばせる以上、師匠の命令は絶対だ。許可なく話しかけるなど許されない。
しばらく待つと頭上から睨んでいた師匠が苦笑してフロイの胸ぐらを掴んだ。
「どうやらお前は今まで俺様が修行を付けて来た腰抜け貴族とは覚悟が違うらしいな?」
「はい。自分は純粋に強くなりたいので」
「訳を聞こうか?」
「……失礼ですが師匠。自分のことはどの程度?」
「知らん」
はっきりと告げてトルドはその手を離した。
「ヘリオスから話が来て『殺しても良いなら』と受けた。条件は『俺様が認めるまで修行を終えない』それだけだ」
「分かりました」
フロイは掻い摘んで自分のことを説明する。
まず自分に記憶が無いこと。山中で気づきそこで王女と宰相が襲撃されている所を救い王都に着たこと。王女の暴走……願いで彼女の騎士となったこと。お蔭で彼女の兄姉たちや貴族たちなどから大変好意ではない感情を抱かれて必死であること。
言わなかったのは王女の暴走ぐらいで、比較的……やはり自分の不幸話になった。
「うむ。面白い」
本当に愉快そうに笑いトルドがフロイの肩をバンバンと叩いた。
「つまり強くならなければ死ぬ。強くなっても死ぬかもしれない。生き残るにはどうなるか分からなくても強くなるしかない。そう言うことだな?」
「その認識で間違っていないと思います」
「分かった。ならばお前が明日を生きるために、今日から死ぬほどキツイ修行を課そう」
ガハハと笑う師匠にフロイは本当に懐かしさしか感じなかった。
『お前の仕事を命じる』
そう言ってトルドに連れて来られたのは全く手の加えられていない雑木林だった。
「その昔に王都がこの地に移ることとなった折りに建設資材を得るためにこの場所に木を植えた。木材を得ながら建設を進めていたが建設が終われば用済みだ。そのまま放置されて今に至る」
フロイは彼から無骨な斧を手渡された。
「お前の判断で良い。全てとは言わん。やれる範囲で伐採せよ」
「全部でなくても良いと?」
「ああ。何があるか分からんし、勝手に全部切ればヘリオス辺りが騒ぎそうだしな」
「……」
どうやら今の時代の人間は、自分勝手な者が多いらしい。
それを理解してフロイは斧を担いだ。
「伐採した木は乾燥させて薪の大きさに切り揃えろ」
「薪にするのは?」
「お前の仕事だ」
ガハハと笑いトルドはフロイを置いて何処かへ向かい歩いて行く。
見送りフロイはやれやれと斧を担いで適当な木に向かった。
やはり懐かしさが勝る。
斧一本で雑木林を切り開く。
前の時は全てを切って薪にした。時には枝を落とし皮を剥いて木材にもした。
木を切る行為は筋肉を付けるのに向いている。体中の筋肉を使うからだ。
昔も斧とロープと食料だけ渡されて毎日木々を伐採して回った。本当に懐かしい。
筋力が足らず斧の食い込みが浅いが、それでも昔得た経験からか体が何かを覚えている。
昔に比べれば早いペースで木々を切り続け、適度な大きさで切り分けを進める。枝などは適量に纏めておく。焚きつけとして使えるからこれも立派な商品だ。
夕方になればトルドがやって来て彼の屋敷で食事と睡眠を得る。
どうも彼には家族は無く老夫婦が屋敷の管理で住み込みで働いている程度だ。
師である人物が何も言わないのであれば特に聞くこともせず、フロイは木を伐り続ける生活を送る。
「体は大丈夫か?」
「筋肉がバリバリとして痛いですね」
「そうか」
朝食の会話などはそれぐらいで接点は無い。夜も、
「今日はどうだった?」
「薪を作りました」
「そうか」
ぐらいで会話らしいものは成立しない。
そんな日が続きトルド男爵家に来て5日が経った。
今日も朝から斧を手にフロイが屋敷を出ると、待機していた馬車に引き込まれた。
『何事だろう?』と訝しむ彼であるが、王女付きのメイドであるミオンの姿を見て思い出した。
「着替えぐらいしないと失礼かと思うのですが?」
今日も修行と言う名の作業なので、着ている服は作業着に似た革製の厚手の物だ。
「そのままで構いません。お城に行ってから入浴を済ませ着替えはこちらで準備しますので」
「……ちなみに入浴の際は誰が?」
「はい。王女様の元に怪しい物を持ち込まれては困りますので、私が付きっきりでお世話させていただきます」
「…………そうですか」
今回ばかりはあの魔王女に告げ口しておこうと、フロイは心の中で誓った。
「久しぶりですねフロイ」
「王女様?」
「何かしら」
「離れろ魔王女」
「断るわ。全力で」
また二の腕に抱き付いて来た王女の頭に手を置いて必死に引き剥がそうとする。しかしリアナも必死の抵抗を見せ、隷属の首輪まで発動しての抵抗を示す。
両者痛み分けとはいかずに必死に抵抗を示す王女にフロイは根負けした。
並んでソファーに腰を下ろし、王女様が腕に抱き付いた状態でフロイはこちらに生温かな視線を向けて来るミオンの行為を王女に密告しておく。
生温かな視線がとても寒々しい物となって、ガタガタと震えだしたメイドの様子は無視しておく。
ただ王女が笑顔を向けているだけなのに……この主従関係に口を出すのも面倒臭いので、フロイは今日が早く終わることだけを望み続けた。
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