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飼い犬 ②

 謁見の間。


 厳かで煌びやかなその場所を少年フロイは借りた正装姿で歩く。

 その幼い姿に急遽集められた者たちは失笑をこぼす。

 歩いているフロイですら内心で苦笑しているのだから彼らの反応は間違いではない。


 玉座に腰かける初老の国王はどこかつまらなそうな表情を浮かべていた。

 可愛い娘の我が儘に振り回されてこの場を作った張本人の癖にだ。


 指定された場所で跪き、首を垂れてフロイはその時を待つ。

 謁見の間に集められた者たちは少年が何か褒美を貰うのだろうと……その程度の心構えだ。本当に急遽集められたから内容を詳しく知らなかったのだ。


「これより叙勲式を執り行う」


 宰相ヘリオスの声に場が静まった。


『叙勲式』


 その言葉を意味するのは、彼が……あの少年が少なくとも騎士になることを意味する。

 ゆっくりと玉座より立ち上がった国王の姿に参加者たちが息を飲む。王家の者が騎士を任ずるのは、騎士爵と言う爵位を得て新たに貴族が誕生することとなる。

 バスアム王国では騎士とは代々騎士爵を持つ家が世襲していく由緒正しき地位なのだ。


 立ち上がった国王は、宰相から1本の剣を受け取り前へと出る。

 しかし少年の元には行かない。

 国王が向かったのは王位継承権1位を持つ愛娘の前であった。


「受け取るが良い。リアナよ」

「有り難く頂戴いたします。陛下」


 恭しく剣を受け取り、一礼する娘から離れ国王は玉座へと戻る。

 国王が大変に苦痛に満ちた表情を浮かべているが、皆の視線は王女へと向けられいていた。

 ずっと姿を隠していたこの国の正統血統者である娘の動きにだ。


 言いようの無い緊張が謁見の間に走った。


 つまり彼女が騎士を得ると言うのだ。

 正統血統者であるリアナ王女が。


 静々と歩き少年の前へと来たリアナは、剣を両手で掴み鞘の先をフロイへと向ける。

 鞘の先端を左手。中間に右手を添え……フロイは鞘の位置を固定した。

 王女が両手で抜いた剣の腹でフロイの右肩に触れる。


「今日この時を持って……フロイ。貴方をわたくしの騎士とします」

「はい王女様」


 肩から剣が離れ鞘へと戻る。

 それを両手で水平に持ちフロイは頭を下げたままで自分の主に誓う。


「この剣を持って我が主人を護ることをこの場にて誓います」

「ええ。頼みます」


 初めて見る王女の柔らかな笑みに参加者たちは周りを見渡す。

 色々と画策し過ぎるが余りにこのような展開を想定していなかったのだ。

 それは玉座の傍に並ぶ王女とは腹違いの王子や王女たちにも言える。


 ずっと隠れていた末の妹の暴走……自分たちの行いなどすっかり忘れ、全員がリアナの背中に憎悪を宿した視線を向ける。

 と、彼女の暴走はそう簡単に終わらない。何故なら彼女は王女であり魔王だからだ。


「騎士フロイ」

「……はい」


 予定にない王女の言葉にフロイは全力でこの場から逃れたくなった。

 だが出来ない。悔しいが出来ない。


「少なくとも……そうね。あと8年くらいで伯爵ぐらいにまで出世してくれるかしら?」

「王女様?」


 冷や汗を浮かべ顔を上げたフロイは見た。

 パンと胸の前で手を打ち、大変素晴らしい笑みを浮かべた王女様が今にも踊り出しそうな様子をだ。


「そうすれば国王陛下もわたくしが貴方の元に嫁ぐことをお許しになると思うので」


『『ざわっ』』


 誰の物とも知れない声が各所から上がった。


「わたくしは女ですから王になるには難がありますから、王位など一時的に兄姉の誰かに譲ってしまいましょう。貴方との間に出来た子をその後の王にすれば問題なんてありませんし……そうですわよね? お父様?」


 クルッと玉座へと向いた娘の様子に、絶望を具体化していた国王の表情が元に戻る。


「リアナよ。そう言う話はこのような場所で」

「ダメなのですか?」

「……考えよう」


 返事を先送りにし、国王は逃げるように玉座を離れて奥へと行く。

 それに続く王子や王女たちの様子も人それぞれだ。


 参加者たちも我先にと謁見の間を出て行き……残ったのはリアナとフロイとヘリオスぐらいだ。

 後の衛兵やメイドなどは気配を消して巻き込まれないように路傍の石になっていた。


「あ~。スッキリした」


 もう我慢出来ないとばかりに小躍りする王女に対し、沸々と怒りが込み上がったフロイは静かに立ち上がり拳を握り締めた。

 ただその拳が振るわれることは無い。事前に察知したヘリオスが両手で制したからだ。


「王女様」

「何かしら? ヘリオス?」

「ご自分がしたことを理解しているのですか?」

「ええ」


 ふわりと舞ったドレスのスカートを押さえ、リアナは宰相を見た。


「そもそも貴方たちが王子や貴族たちを制御しないから、わたしが命を狙われるのです」

「……」

「周りがしてくれないのならば自分でするのが普通でしょう?」

「フロイが巻き込まれていますが?」

「良いのです」


 キッパリと言い切ってリアナは、フロイの腕に抱き付いた。


「彼をわたしの伴侶とします」

「ですが」


 それでも食い下がるヘリオスには食い下がるだけの理由があった。

 両手で押さえている少年の拳が今にも王女に向かい振るわれそうだからだ。


 全力で阻止しなければいけない。

 たとえフロイに同情していてもそれだけは宰相として見逃せないのだ。


「ですが王女様が嫁ぐとなると少なくても」

「ええ。伯爵家です」


 これでもかと、とても澄んだ笑みを浮かべてリアナはフロイを見た。


「だからサクッと武功でも立てて伯爵になりなさい」

「……殴っても良いですよね?」


 もう完全にキレているフロイの言葉にヘリオスはその手を離してあげたくなった。

 だが我慢だ。


「……そう簡単に武功などは」

「平気ですヘリオス」


 クスリと笑いリアナは今一度フロイを見た。


「きっとお兄様やお姉様たちが彼を殺そうと色々と画策してくれます。それも全力で。きっと危ない仕事を上から順番にさせようとするでしょうね」

「「……」」


 フロイとヘリオスはその言葉の意味を理解した。理解出来た。

 何よりたぶんその通りになるという確信があった。


「さあフロイ。お兄様やお姉様たちが貴方の武功を準備して下さるわ!」


 両手を広げ『どう? 凄いでしょ?』とばかりに笑みを浮かべる王女に対し、ヘリオスはそっと両手の戒めを解いて自身の耳を覆い目を閉じた。



 その場で何があったのか……ヘリオスは見ていないし、聞いてもいない。




(c) 2020 甲斐八雲

 魔王女様、絶好調ですw

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