入国 ②
《本当に厄介なミミズだな》
巨大でその皮膚は全て岩で作られている。
どれほど突いてもその傷は治って行く。
《前と変わらんな》
試練に臨む時に借り受けた剣は、剣と呼べる物では無かった。
素直に言って鉄の棒でしかない。
だがあの岩の化け物を相手にするには最良の武器とも言える。
《前回は三日三晩だったが……今回はそれを越えたいものだな》
何せ魔王との戦いはそれ以上だったのだから。
傷を癒し硬いだけの化け物が相手ならもっと戦えるはずだ。
あの時の魔王は、比べ物にならないほど強かったのだから。
「何であれがまだ存在しているのよ!」
身を乗り出し吠えるリアナに対し笑い声が聞こえて来る。
若干苛立ちを覚えながら振り返ればそこにはまだ中年っぽいドワーフが居た。
「良く吠えるお嬢ちゃんだ。あれは唯一生き残っている最後の一匹だ」
「……誰かしら?」
「うむ。鉱王の子でホルームと申す」
「そうですか」
苛立ちを飲み込みリアナは体勢を替えて背筋を伸ばす。
「バスアム王国の王女が1人、リアナ・アーストン・レインティン・バスアムと申します」
「ほう。人の国の王女であったか」
ドワーフ特有の顎髭を撫でてホルームはニタリと笑う。
「それで自慢の騎士に勇者の試練をさせに来たのか?」
「勇者の試練?」
「知らんのか?」
リアナの返答が心底意外だったのか、ホルームはキョトンとした表情を見せる。
「1,000年前に勇者クロイドが鉱王に命じられやってのけたこの国に入る許可を得る試練だ。以来自称勇者を名乗る者たちが試練を受けて全て死んでいる」
「そうなの」
相手が脅しているのだと理解しリアナは興味を失った。
クルッと相手に背を向けて眼前で繰り広げられている戦いに目を向ける。
あっさりと無視されたホルームは……言いようのない目を聖女へ向けた。
初めて会ったのは子供の頃だったが、1,000年経って現れた彼女は全く姿を変えていなかった。
昨日話を聞いた限り1,000年の時を越えて来たらしい。
何を言っているのか理解出来なかったが、質問すると腰のハンマーに手を伸ばすので言葉を止めた。
「あの試練は勇者しかクリアーすることは出来ない」
「そうみたいね」
腰に舐めていたハンマーを戻し、テルザは鉱王の子を見た。
「でもそれは間違いよ。あの試練はクロイドでしかクリアー出来ないわ」
「確かにな。普通の勇者では一日ぐらいで死ぬかもしれん」
ただ現在戦っている人の子は、その一日を過ごしていた。
確かに素質はあるのだろう。ただそれでもクリアーは難しい。
「ねえ少年?」
「何だ?」
「もしそのクロイドがあれを受けているとしたら?」
「笑わせるな」
苦笑しホルームは視線を砂地へと向ける。
「彼は1,000年前に魔王へ挑み死んだのだ」
「歴史書ではそうなっているみたいね。でもそれだったら私も行方不明のままよ」
「……」
「ならあそこに居るのがクロイドでないという保証は何処にあるのかしら?」
「……だが彼は魔法を使えなかったと聞く。そうであろう?」
ホルームの問いに部屋の壁と化している老ドワーフたちが一斉に頷く。
「確かにクロイドは魔法を使えなかった」
「なら貴女と違い」
「けれど彼の傍には私以上の魔法を使う者が居た」
「……」
聖女の言葉に彼は口を閉じた。
「まさか?」
「そうよ。魔王が彼を1,000年後に飛ばしたのよ」
「冗談か?」
「事実よ。1,000年後に飛んだのは私が使った魔法の余波だったらしいけど、けど若返らせてこの時代に彼を飛ばしたのは魔王よ」
「……そんなことが」
顔色を悪くしてホルームは自分の髭を撫でる。
「何故そのようなことを?」
「そこに居るから聞けば良いわ」
「……はぁ?」
「だから魔王だった存在がそこで張り付いて拳を振り上げているわよ。それに聞けば良い」
ゆっくりと視線を聖女からスイングする。
手すりに抱き付いて『やっちゃえ~! 口からねじ込んで串焼きにしちゃえ~!』と過激なことを言っている王女が居た。
「これがか?」
「それがよ」
「……冗談か?」
「事実らしいわ。何度か確認したけれど今は本当に人みたいよ。つまらないわ」
嘆息しつつ聖女は腰に吊るすハンマーをひと撫でする。
王女であるリアナが寝ている隙に殴って潰して確認したが、本当にただの人だった。
人とは違い魔人であれば、その血肉にまで魔力が宿っている。
けれど彼女の血肉には魔力は宿っていない。
人は体内の魔力溜まりと呼ばれる部位に魔力を貯めてそれを使う。
体全体に魔力を溜め込める魔人とは違い扱える魔力量は少ない。それが人が魔人に劣る理由でもある。
王女の体を潰して確認した限り、彼女の魔力溜まりは右胸に存在していた。
一般的には心臓に近い左胸に多く、人外の魔女と呼ばれるシャイナは腹に存在している。
心臓と言う生命に最も大切な器官から離れた場所に魔力溜まりを持つ魔女や王女は、普通の人間より多くの魔力を持っている。
ただその魔力を全て魔法に使える魔女と違い、王女はその大半を使えなくなっていた。
《狂っているわ。嫌いじゃないけれど》
クスリと笑いテルザはその視線をリアナの背に向ける。
熱狂的な声援をフロイに送り続ける王女に、どう声を掛ければ良いのか悩み戸惑っているホルームは無視して、狂った王女のその背中……右胸を見つめる。
《フロイの首輪の魔道具は余りにも強力すぎる。その魔力をどう捻出しているのかと思えば……自分の命を対価に支払っているとは恐れ入るわね》
王女が死ねばフロイが死ぬように、その逆もまた然りなのだ。
フロイが死ねば自分も死ぬのだと知っていて彼女は彼が戦うことを決して止めない。
《だから少しでも傍に居たがるのね》
同性だからかその気持ちは痛いほど良く分かる。
死ぬ時は好きな人と一緒に居たいと願う気持ちを悪く言う言葉を、聖女であるテルザは持ち合わせていないからだ。
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