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終戦 ③

「どうするの? ……うぷっ」


 体を起こし声を発しただけで王女は口元を押さえる。

 限界まで食べ物を押し込んだのであろう彼女の胃を少しばかりフロイは案じた。


「吐かせずに胃薬でも流し込んでおけ」

「労わり! ……うぷっ」


 吐き気が強すぎるのか言葉にいつもの切れを無くし、王女はまたベッドに横たわった。

 改めて天幕の中に居る者たちを見渡し、フロイは頭を掻く。


「問題はシャイナの魔法で終わらせるという手が使えないな」

「だね~。それだと手柄は全てシャイナだしね~」


 ポカポカと足を動かし椅子の腹を蹴ってルルカリカは言葉を続ける。


「魔王様が強い魔法を使えば?」

「それだと違った意味で大問題だ」


 伝説の魔女に匹敵する魔法を使う王女……悪くは無いのだが、開戦理由が首をもたげてくる。

 相手国はバスアム王国からの"魔法攻撃"を開戦の理由にした。

 実行犯は椅子をしているが不明のままだ。


「下手をしたらそこの馬鹿王女が犯人扱いだ。そうすると『バスアムには強力な魔法を使う王女が居る』と言うことで近隣国から余計な警戒を買う。結果として暗殺者の数が増えて俺の仕事が増える」

「そこ? わたしを守れるんだから……こぷっ」


 何かが溢れたらしい王女が沈黙した。


 いそいそとメイドが仕事を始めたから丸投げしておく。

 どうしてあのメイドは粗相をした王女に対してあんなにも満面の笑みを浮かべるのか……フロイには理解出来なかった。


「そんな訳で魔法による解決が使えない。でだ……昔使った作戦で行こう」

「むかし~?」

「ああ。テルザのあれだよ」

「ああ……あれね~」


 暗い声を発してルルカリカの美しく整った顔に影が走る。

 流石の椅子も何かを感じたのか一瞬肘が折れかける。

 そして話を黙って聞いていた聖女は……会心の笑みを浮かべた。


「私にあの魔法を……神の奇跡を使えと言うのですね?」

「ああ。そうなるな」


 苦笑しながらフロイも認める。

 あれは一応扱いは『神の奇跡』だ。魔法では無い。


「そうなると私の存在を明るみにするしか無いと思いますが?」

「その問題も生じるが……一応王女の部下になったと言うことで押し通すしかないな」

「部下ですか?」


 大変不機嫌そうな声が響く。


「立場上だ」

「仕方ありませんね。ですが私に命令できるのはフロイだけですから。それは間違い無きように」

「それで良い」


 勝手に話を纏めてフロイは聖女の協力を得た。


「ならば後は実行するだけだ」

「あ~。本気~?」


 確認とばかりにルルカリカが尋ねる。


「あれが一番だろう? 何より聖女と敵対すれば数の暴力が通じないと言うことを周りにも知らしめられる」

「だね~」


 そう。数の暴力は聖女の前で鎮圧されるのだ。


「と言う訳でテルザ」

「はい」

「あれの準備に何日かかる?」

「明日の夜までには」


 スッと立ち上がり聖女は自身が身に着けている服に手を掛ける。


「必要な物は?」

「出来たら聖水が欲しいのですが……無ければ清らかな湧水をたくさん」

「ルカ?」

「まっかせて~」


 適当な返事を寄こすがドリアードであるルルカリカは、近隣に存在する湧水の場所を完全に把握している。


「なら明後日の朝に仕掛けるぞ」


 蹂躙と言う名の一方的な戦いはこうして勝手に始まった。




「聖女様ですって?」

「はい」


 報告を受けたフロートは、その言葉に自身の耳を疑った。

 1,000年前に消息を絶った時の勇者の供をしていた聖女が発見されたというのだ。


「それでその聖女様は?」

「はい」


 報告に来たクラスメイトはフロートから視線を外す。


「現在はリアナ王女の庇護下に入り、彼女の部下として一緒に行動していると」

「なん……ですって?」

「残念ながら」


 崩れるように椅子に座ったフロートは呆然と天井を見る。

 白い布が風の流れでフワフワと動いていた。


「聖女様があの女の部下ですって?」

「はい」

「……本当に聖女なの?」


 偽者であって欲しいと願うしかない。けれどその期待は裏切られた。


「数日前から王女様の所に『凄腕の回復術師が居る』と噂になり、何人かがわざと怪我を負って訪れたのです。ですが聖女様は『この程度の傷は唾でもつけておけば十分です。私の治療を受けたいのであれば』と告げて怪我人の腕をハンマーで潰し、その大怪我を瞬く間に回復したそうです」

「潰れた腕を瞬く間に?」

「はい」


 そんな魔法を使える者など過去の伝説に残っているぐらいで今は居ない。

 今回の戦争の発端となった開戦理由に対し『別荘を破壊できるほどの大魔法を操れる者はバスアムには居ない』と言って宰相やフロートの実家は回避しようとしているのだ。


 大魔法使いなどこの時代には居ない……それが今の常識だった。


「報告は以上かしら?」

「はい」

「分かったわ」


 クラスメイトを下がらせ、フロートは椅子に座ったままで片膝を抱く。


 これであの王女は増々殺しにくくなった。

 あの護衛の騎士ですら厄介なのに、その上聖女が居るとなると……暗殺の類は実質不可能だ。


《こうなったらあの女を殺すことは無理だと思うしかない》


 現に自分が仕向けた暗殺者たちは誰一人として戻って来ない。

 物理的には無理なのだ。


《なら方法を変えるしかない》


 不安定な方法だが狙うならこれしかない。


《あの女が女王になるには似つかわしくないと周りに認めさせるしかない》


 物理的な排除が無理なら政治的に排除する。

 フロートの中でそっちに向けて舵を切ることとなった。




(c) 2020 甲斐八雲

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