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聖女 ⑤

「この蔦を解いて欲しいのだけれども?」

「解いたら最後……またハンマーを持って駆け回るだろう?」

「……」

「否定しろよ?」

「約束できない約束などするだけ無駄ですから」

「はっきりと言い切ったな」


 能力に優れているが一番厄介だったのが聖女だった。

 過去の自分はどうやってこの欲望生物を手懐けたのか思い出し……フロイは深く息を吐いた。


「分かった。なら俺のスキルの成長を手伝ってくれ」

「……潰して良いと言うこと?」

「ああ。ただし俺だけだ。約束できないのならこのままお前を封印して俺が死んでから目覚めるように仕向ける。頑張って犯罪者となれ」

「それは面白く無いわね。分かったわ……約束する」

「ならこっちも約束を守ろう」


 視線を向ければルルカリカが蔦の端に軽く触れる。

 シュルシュルと蔦が解かれテルザは自由となる。

 床に腰かけていた聖女は立ち上がると……軽い足取りでフロイの元へと来た。


「それで今の順番はどうなっているのかしら?」

「順番?」

「ええ。貴方を玩具にする順番よ」


 聖女のはずなのに貞操観念が緩いのがテルザだ。


 突然の言葉に簡易ベッドで横になっていた王女が飛び起きるがテルザは無視する。

 まずは性に自由な亜人に目を向けた。


「またルカが頻繁に忍び込んでいるのかしら?」

「あ~。語弊だね~。わたしの場合は精気を吸いに行ってたのが大半だし~」

「それでも3回に1回はしていたでしょう?」

「ま~ね~」


『あはは~』と笑う亜人に人でも殺しそうな視線を向けて魔王女は立ち上がる。


「なら今夜はシャイナかしら?」

「……残念ながらまだだ」

「あら? 毎晩でも彼にイジメられたいと言っていたのに?」

「それは語弊がある」


 縛られ床に転がる魔女は、キリっとした表情で聖女を見上げる。


「あの頃は野営ばかりで寝床が酷かった。だから彼はわたしを敷布団代わりにしたり、枕替わりにしたり、椅子代わりにしたり、クッション代わりにしたりと……ハァハァ」


 尻を突き出して興奮する魔女から聖女以外の視線が外れる。


「それでもすることはしていたと知っているのだけれど?」

「当たり前だ! わたしは痛いのが好きなのだ。痛みがわたしを育てるのだ。だからわたしは体内でも痛みを覚えられるあの行為を喜んでっ! もがが……」


 蔦が魔女の顔に纏わり呼吸ごと言葉を封じた。


「そうなると」


 何も無かったかのように視線を巡らし、聖女は自身の前に来た王女を見る。

 頭一つ分低い元魔王を自称する王女は薄い胸を張って踏ん反り返っていた。


「貴女は……流石にフロイの食指も動かないでしょう」

「訳を聞こうかしら?」

「はい。勇者は胸の大きな女性が好みですので」


 体を大きく動かし聖女の背後に隠れている自身の騎士をリアナは睨みつけた。


「供の胸が大きかっただけで俺は別に胸を基準に選んでいない」

「そうよね。フロイは能力重視よね!」

「あっでも……わたしの時は『もう少し大きく出来るか?』って聞いたよね~」


 ルルカリカの声にリアナの視線が増々厳しくなる。


「あれは小さすぎたからな。と言うか幼過ぎた」

「あ~。出会った頃のわたしは確か人の少女ぐらいだったよね~。これぐらい?」


 何故か立ち上がり自分の胸を下から支えるように持とうとして亜人の手が空振りする。


「それよりも幼かったな」

「人の成長は良く分からないね~」


 酸欠で気絶しているシャイナと言う椅子に蹴りを入れてルルカリカはそれに座る。

 スッと椅子の形となって亜人に踏まれる魔女はとても満足そうだ。


「それでフロイ。胸は貴重なの?」

「……無いよりあった方が良いな。だがたぶん男なら大半そう答えるぞ?」

「そうね。無いよりあった方が良いに決まってるわね」


 胸の必要性を説く2人に対し、リアナは膝から崩れ落ちた。


「この体が悪いのよ。本来のわたしであれば、ボインでたゆんでプルンだったんだから!」

「過去を語るなら何とでも言えるわね」


 何故か王女を見下しテルザは冷ややかに笑う。


「でも今の勇者は」

「ああテルザ。勇者は禁止な。出来れば名前……嫌なら騎士とでも呼んでくれ」

「ならわたしたちの騎士様は若返った。出会った頃とは違い衰えていくのではなく、これから盛って行く若い体を持っているのよ!」


 ビシッとフロイを指さし聖女様の御高説は続く。


「あの若く瑞々しい体を壊しながら色々と味わえるだなんて……皆が消極的なら今夜はわたしが味わうこととしましょう」


 軽く舌を舐めてテルザは言葉を結んだ。

 はっきり言えば欲望に忠実な品の無い言葉であったが。


 だが負けない。負けられない。


 リアナは強い意志を持って立ち上がった。


「フロイの初めてはわたしのモノよ! 何人たりとも譲らないわ! これは王女であるわたしの命令よ!」

「自分に自信が無いから王女の地位を振りかざすのですか? 恥ずかしい」

「何ですってっ!」


 犬歯を剥いて怒るリアナを余裕綽々とテルザは口角を上げる。


 睨み合う2人はジリジリと詰め寄り、テルザの豊かな胸に突入したリアナの頭が後ろへ押された。

 どうやら敵の圧倒的な戦力を確認したらしい王女様は、数歩後退してまたテルザを避けてフロイを見る。


「フロイはどっちが良いの? この胸? それともあっちの脂肪の塊?」

「あら? 豊かな塊と呼んで欲しいのですが?」

「くぬぬっ!」


 心の底から悔しがるリアナの様子にフロイは心底呆れた様子でため息を吐いた。


「ならリアナで」

「「えっ?」」


 言われたリアナも、思いもしていなかったテルザも慌てて振り返りフロイを見る。


 やれやれと頭を掻くフロイはやる気のない視線を向けた。


「リアナの胸が掴めるほどに育ったらと言う条件だがな」

「「……」」


 そして2人は気付いた。

 彼は露骨に時間稼ぎに徹したのだと。


「聖女」

「ええ。王女」


 察した2人はその手を握り合った。


「わたしの胸を育てるわ」

「その胸を育ててみせるわ」


『まずはマッサージよ』と言って2人はフロイたちが使っている天幕を出て行く。


 これで静かになった。


「ねえフロイ」

「何だ?」

「本当に胸が大きい方が良いの?」


 ルルカリカの問いに彼は鼻で笑う。


「全員が薄かったら困るが、一人でも大きいのが居れば十分だろう?」

「あ~。何か納得だね~」


 全員が大きい必要など無いのだ。




(c) 2020 甲斐八雲

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