聖女 ②
ゆっくりと開いた視界に明かりが差し込む。
軽く声を発し……その女性は視線を動かす。
「起きた~?」
「ルカ?」
「だよ~」
相変わらず造形されたような美しい美貌を誇るドリアードが居た。
ただ若干若返っているような気がする。幼くなったという言葉が一番ふさわしい。
「どうしたの? 縮んだようだけど?」
「あ~。うん。今の環境に合わせてるからね~」
「環境?」
ゆっくりと体を起こすと、虚脱感から目が回る。
自分の内側を覗き理解する。魔力が空だ。生命維持に必要な分を残し無くなっている。
あとは問題無い。肉体に不都合は無い。最後に確認した時のままだ。
16歳の肉体は瑞々しいままだ。無駄に大きいと称された胸も健在だ。
「ルカ。今はあれからどれほどの時が?」
「ん~。軽く1,000年だね」
「そんなに? どうも咄嗟に力を使い暴走したみたいね」
苦笑し座り直した聖女にルルカリカは身構えたままだ。
その容姿と言葉遣いから大半の者が騙される。この人の形……聖女らしき振る舞いをする化け物は、人間領域に住まう魔王と呼んで良い存在だった。
それを飼い馴らした勇者クロイドは本当に凄かったのだ。
「それでどうなったのかしら? あら? そこで果てているのはシャイナかしら?」
「あ~うん。シャイナはずっと凍り付いてて最近発掘したんだ」
「そうなの? そう言えばその魔女は封印魔法も使えたわね」
納得して聖女テルザは優し気な視線を魔女に向ける。
「私の目の前でいつまで無様を晒しているのかしら? シャイナ?」
「ひうっ」
何故か腰を震わせシャイナは体を起こす。
「余りにも無様な姿を私に見せてこの目を腐らせるというなら……私の実験につき合わせるわよ?」
「ああっ! 悪くはないが……許して欲しい」
痛い目が好きなシャイナだが、痛いだけの聖女のそれはただの拷問だ。
悪くはないが耐えられない。肉体以上に精神もが。
素直に頭を下げ魔女はルルカリカの背中に隠れる。
「それでクロイドは……流石に1,000年も経過していれば死んでいるわね」
「あ~うん。過去の人だね」
「そうなの。それは仕方ないわ」
寂しげに息を吐いてテルザは視線を伏せる。
「もう彼の体で遊べないのね」
「聖女の口からその物言いはどうかと思うぞ~?」
「でも事実でしょう? あの人の体は……私が求めていた最高の肉体だったのよ」
薄っすらと笑いテルザが綺麗な歯を見せる。
「どんなにぐちゃぐちゃにしてもあの体は元に戻る。私が得たいと願っていた存在よ」
クスクスと笑い声が止まらない。
「どんなに壊しても勝手に治るのよ? 私が治さなくても勝手に……それをずっと見つめて居られるなんて最高じゃないの!」
喜びに体を震わせテルザが自分自身の体を抱きしめる。
「ああっ! やはり神聖魔法の死者蘇生の研究を進めるべきだった。クロイドには1,000年と言わず私が死ぬまで生き続けて貰いたい。そう思っていたのに」
残念そうな様子を見せる聖女にルルカリカは1,000年振りに何とも言えない気分になる。
変わらない。この聖女は1,000年経っても変わらない。
「と言うか、テルザはどうしてこの時代に?」
「ええ。転移魔法を使ったの」
「……着いた先が1,000年後だよね?」
「ええ。距離を超えられるのなら時間も越えられると思って実験していた魔法よ。成功したけれど1,000年後に辿り着くのは予定外だったわ」
「あっそうなんだ~」
内心で『助けて~』と思いながらも、ルルカリカは命じられた通りに聖女から情報を引き出し続ける。
「貴方の仲間って狂った人しか居ないのかしら?」
「比較的まともだったのはルルカリカだな。あれは仲間以外の人間を認識しないという問題はあったが。あと他の人間は容赦せず皆殺しにするくらいか」
「……人間領域で良く活動できたわね」
「魔人と言う敵が居たからな。どれほど問題を起こしても魔人領域に攻め込み戦果を挙げれば誤魔化すことが出来た」
「最低ね。魔王の行いよりも酷過ぎるわ」
「それを魔王に言われる日が来るなんて思わなかったがな」
やれやれと頭を掻いてフロイは深いため息を吐いた。
魔王女であるリアナと並びテントの外に立つフロイは、中で行われている仲間たちの会話を立ち聞きしていた。
直接中に入り話を聞かないのは、テルザの暴走を恐れてだ。
時間転移の魔法を使い魔力切れらしい彼女は比較的静かだ。今なら問題は無い。今は。
「落ち着いている隙に話を纏めてテルザを仲間にしよう」
「……その回復力は歴代最高だったという話よね?」
「ああ。治せないのは死者だけと言われていた」
人間領域の奇跡。
テルザの存在は人々に希望を与えた。
神に愛され溢れんばかりの才能と加護を得たと謳われるほどに。
ただし問題があった。彼女は……人体損傷を愛する女だっだのだ。
とにかくぐちゃぐちゃとした感じをこよなく愛する。
ハンマーを手に傷を悪化させてそれを回復する。
治って行く様子を眺めて恍惚とした表情で感極まるのが彼女のライフスタイルだった。
だから神官戦士たちは怪我をしないように必死に戦った。
怪我をすれば聖女にもっと壊されてから治されるのだ。
普通の治療で治る怪我がより一層壊されるのは耐えられない。
何より痛みは怪我を負った時よりも酷いのだ。耐えられるわけが無い。
「能力は素晴らしいんだけどな……」
「しみじみと言わないで欲しいのだけど?」
「気にするな」
何故か腕に抱き付いて来ようとするリアナの頭を掴んで引き剥がし、そのまま引き摺り歩き出す。
「くびっ! 首から頭がもげるっ!」
「気にするな。死ななければあれが治す。ただし体をぐちゃぐちゃにされてから治されるがな」
「どんな治療っ!」
それがテルザの基本だ。
内心呆れ、フロイは理解した。
どうやらもう少し供の性格を考えるべきであったと。
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