魔女 ④
「済まんな。もう少し泳がせているはずだったんだがな」
「……」
顔には蔦が絡まり身動きできない同級生にフロイは冷たく告げる。
「お前が選んだか、他人に強制されたかは知らないが……あの馬鹿王女に何かあると俺まで死んでしまうのでな。本当に済まないが黙ってここで死んでくれ」
軽く指を鳴らすと蔦が相手の全てを包み込んで球体となる。
ドロッと球体の底から液体がこぼれ……ゆっくりと地面に落ちて球体は転がり姿を消した。
「容赦無いな?」
「ん~。同級生と言っても数日前に同じクラスになった人だしね」
「実際は?」
「去年までのクラスの人の顔も覚えてないしね~」
それがドリアードと言う生き物だ。興味を持たなければ親の顔でも覚えない。
彼女に親と言う存在が謎だが本当にそう言う生き物なのだ。
「それで1人始末してどうするの?」
「シャイナをねじ込むと言ってたな」
「……お姫様が?」
「そうだ」
「今始末したのは男子だよね?」
「知らんよ」
それをどうにかするのがあの魔王女の腕の見せ所だ。
「彼はこの校外学習で新しい自分を見つけたそうです」
「リアナ王女?」
「新しい自分を見いだした彼をわたしは強く応援したいと思います」
「だがな……」
目の前にいる国で最も高貴な存在である王女の言葉に、今回の校外学習の責任教諭である彼は顔面を引き攣らせていた。
「こうして髪を伸ばし色も変えたのです。彼の強い意志は汲み取るべきです」
「……一日でどうしてそこまで伸びたのかね?」
「気合です! 女になりたいと言う強い意志です!」
「顔の形まで変わっているぞ?」
「それも気合です! 女になりたいと言う強い意志です!」
「声も変わっていただろう?」
「それも気合です! すべて気合です!」
「気合で男が女になるものか! 何よりその胸はどうした!」
「叩いて膨らませたのです! 彼の強い意志を感じます!」
「何でも気合でどうにかなるものでは無いだろう!」
遂に相手が誰かを忘れて責任教諭が吠えた。
それを遠目に眺めるフロイは教諭の方に同情した。
しばらくして……2人が戻って来る。
「とりあえず認めさせたわ」
「認めたのか?」
「ええ。ただし戻ってから色々と調べると言うのでミオンに命じて書類の偽造を急がないと」
「面倒だな」
頭を掻いてフロイは戻って来た2人に飲み物を手渡す。
カップを受け取った王女は自然とフロイの横に座り、シャイナはフロイの前に座る。地面の上にだ。
「邪魔だぞ変態?」
「……ハァハァ」
いち罵りを受けてシャイナは隅へと移動する。地面の上に座ってハァハァ言ってるのはある意味昔と変わらないのでフロイは自然と視界から外した。
「自然とシャイナから視線を外すフロイが凄いよね~」
「慣れだな。変態を視界に入れると俺の目が腐る」
「くぅううん」
身悶えてハァハァする変態は放置だ。
「それで魔王女? どうしてあれを仲間にしようとする?」
「ん~? 最近暗殺者が多いでしょ? ヘリオスが煩いのよ」
「あの宰相は真面目だからな」
「国王も煩いのよ。自分の子供も部下も抑えきれないのに」
「国の運営を優勢しているからな。あの国王は」
暗躍する子供や貴族たちを強制的に廃すると国の運営が怪しくなる。
それを知っているから国王は身動きが取れなくなっている。代わりにフロイやトルドがやって来る暗殺者などを皆殺しにしているが。
「腐っても人間の中では最強の魔女なのでしょう?」
「能力だけならな」
「……次からは人格も求めるべきだと思うわ」
「そうだな」
確かにそう言われると考えてしまう。
だが魔王を倒すために集めた能力重視のメンバーでもある。
「お前を倒した今ならこいつら要らないんだよな」
「フロイ~!」
「くぅん」
2人から声が上がったがフロイは無視した。
「ところで魔王女よ」
「何かしら?」
「お前のあのメイドを見ていると、こちらにも負けないほど人格に難がある気がするのだが?」
全力でリアナは顔を背けた。何も聞かなかったことにした。
「今度お前の四天王のことを詳しく聞かせて貰おうか?」
「嫌よ。どうしても聞きたいと言うならわたしと一夜を共にした朝なら語るわ」
「なら聞かない。一生聞かない」
「聞きなさいよ!」
プンスカ怒る魔王女の頭を掴んでフロイは強制的に座らせる。
「お客さんだ」
「……誰かしらね?」
座り直したリアナも表情を王女の物にする。
フロイとリアナが待っているとツカツカと1人の女性が歩いて来た。
生徒総代のフロートだ。
「お久しぶりです。リアナ王女。そしてその騎士フロイ様」
「ええ久しぶり」
「初めまして。先輩」
話しかけて来たフロートは許しも得ずに勝手に椅子代わりの丸太に座る。
「それで何か用かしら? ラグンジャ伯爵の強欲娘さん」
「酷い言われようですね。わたしは王女様の身を案じて」
「案じて魔剣を学院内に持ち込ませたり、今回は生徒を扇動して無理やりこの場所で校外学習を企んだ。次はどんな手段でわたしを暗殺しようとしているのかしら?」
「とんでもない。わたしは真面目に生徒たちの身を案じる総代でございます」
「そう。なら貴女のその厚い面の皮に免じて今回はここで大人しくしててあげるわ」
「……」
厚い面の皮と評された生徒総代の表情が変わった。
「精々短い人生を謳歌してなさい王女」
スッと立ち上がりフロートはリアナを見下す。
「ここで貴女を始末するわ」
「そう」
クスクスと笑うリアナは、そっと腕を伸ばしてフロイの腕に抱き付いた。
「ならわたしの許嫁の本気を見ることになるわね」
ワシッとフロイに頭を突かれてもリアナは言葉を続ける。
「精々生き残ることだけを考えなさい」
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