魔女 ②
『面倒臭いから嫌よ』と我が儘を言い続ける魔女の顔を掴んでお願いすることしばらく……最終的に2人で何故かテントに入って行き、僅かな時間で出て来た。
ホクホク顔の王女は今までに一度も見せたことの無い笑顔で、対するフロイは疲れた様子に見えた。『やったの?』と直球で質問をしたら魔王様が睨んで来たから、ルルカリカはその手前までだったのだろうと判断した。時間的にキスぐらいか?
『今回だけなんだからね!』と恩着せがましく言うと魔王は魔法を使った。
石像と化していた3人を元に戻したのだ。
とりあえず3人を呼びのテントの中に押し込む。
これ以上の人払いには色々と限界を感じたからだ。
「……きろ。起きろシャイナ」
ペシペシと容赦なく頬を叩かれる感触に彼女は覚醒した。
クワッと目を開き相手に抱き付く。
そのまま押し倒して唇を奪うと……ちょっとした疑問を得た。
自分より大きかった彼が随分と小柄になった気がする。逞しかった胸板もだいぶ減っている。何より声も違ったような?
恐る恐る顔を離すと知らない青年とキスしていた事実に気づいた。
「……不貞をした。死のう」
「だぁ~。ちょっと待ってシャイナ!」
横合いから飛び込んで来た存在には覚えがあった。木だ。
「ルカか。わたしの不貞を見ていたのだな……死のう」
「だから待ってって! ちょっ! 自殺に魔人殺しの魔剣は必要ないって!」
「魂も残さず死にたい。不貞だなんて」
「クロイドもやってたから!」
「彼がしていたからと言ってわたしがして良い事にはならない。わたしは誓った。彼だけを愛しこの身を捧げると……だから替わりにわたしは彼からほかでは得られない寵愛を得られたのだ」
「のは~! 落ち着いて! ってフロイも何か言ってよ!」
「俺が口出しすると場が荒れると思ってな」
やれやれと頭を掻いて青年……フロイは立ち上がると今にも自殺しようとしている魔女の胸ぐらを掴んだ。
「死ぬなら余所でやれ。この変態が」
「ぐふっ」
「迷惑なんだよ。こんな場所で死なれたら誰がお前のような変態を始末する? 死ぬなら隅でこっそりと息と心臓を止めて死ね」
「そんなっ」
「口答えする気か? お前のような人格破たん者を拾ってやった俺の言葉が聞けないのか?」
「……クロイドなのか?」
パッと魔女の顔に笑みの花が咲く。
「クロイド!」
飛びかかろうとする魔女の顔面に彼の拳が振るわれた。
「誰が飛びついて良いと言った? お前は常に待機だと言っただろう?」
「ああごめんなさい。わたしったらまた」
ちょこんと座る魔女は、傍から見ると主人の命令を待つ犬のようだ。
「でも本当にクロイドなの? あの筋骨隆々とした貴方がどうしてそんな青年の姿に?」
「色々とあって転生したらしい」
「誰? 誰がそんなことを?」
「魔王だ」
「分かったわ」
スッとその目を細め魔女は残忍な笑みを浮かべた。
「今日からわたしは魔王を崇拝するわ! なんて素晴らしい存在なのかしら!」
「……何か邪悪な祈りを感じたのだけれど?」
ちょこんとテントの入り口からリアナが顔を覗かせて来た。
「そっちは終わったのか?」
「ええ」
「早いな?」
「そう?」
首を小さく傾げながら魔王女はテントの中に入って来る。
「わたしの姿を見て納得しなかったから、ちょっと人気の無い場所に連れて行ってわたしが誰であるのかをその身に叩きこんであげたわ。1,000年も経つと主人のことを忘れるなんて酷い部下よね? 死に掛けたらようやく思い出したみたいで命乞いをして来たから許してあげたわ」
「……まあ良いな」
単に認めたの意味が違う気がしたが、フロイ受け流すことにした。
「それでそれが魔女なの?」
「ああ」
椅子を仕度し座った魔王女様は床に座る魔女を見る。
白い髪で黒い目をした1,000年前に生存した人間領域では最強の魔法使いだ。
小柄だが……不審に思いリアナは爪先を伸ばして確認した。
「何を? ひゃんっ」
蹴れた。爪先で胸が蹴れた。重く抵抗も強い。
何度か魔女の胸を爪先で蹴って……リアナはフロイを見た。
今にも泣き出しそうな表情をしてだ。
「こんな小さな子にまで手を出すなんて!」
「お前よりかは遥かに胸は大きいな」
「幼子よ!」
確かにシャイナは年齢の割には幼く見える。
「魔法で老化を封じたらしい。出会った時点で確か40と」
「いくらクロイドでもそこから先の言葉は許さないわ!」
シャイナが怒りだしたのでフロイは口を閉じた。
「ならこんなババアに手を出して!」
「体は10代のままだぞ?」
「何て羨ましい!」
立ち上がり、魔王女はシャイナの胸ぐらを掴んだ。
「その魔法をわたしに教えなさい!」
「……嫌だ」
「何故っ!」
「他人の要求を安易に受け入れると後で痛い目に合う」
「なら今すぐ痛い目を見せてあげるわ」
クスリと笑い、魔王女は魔女を引き摺りテントを出た。
しばらくすると遠くからリズミカルな打撃音が響き……リアナはグッタリとした魔女を引き摺り戻って来た。
「素直に口を割れば良いものを」
「言ってることとやってることがほとんど悪党だな」
「ふん。わたしに逆らうのが悪いのよ」
床に投げ捨てられたシャイナはビクビクと痙攣を続ける。
が、突如立ち上がりフロイに詰め寄った。
「クロイド。あれは何なのだ? あんな強力なご主人様はクロイド以外居ないと思っていたのに……」
「喜んでるんじゃねえよ変態が」
「ぐふっ」
コッソリ腹パンを入れてやると、シャイナは恍惚とした表情を浮かべて床の上に崩れる。
「これはお前が感謝しいとか言ってた魔王だ。今の人間の娘だがな」
「魔王だと?」
起き上がりシャイナは偉そうに胸を張る少女の足に抱き付いた。
「こんなにも素晴らしい存在が魔王とはっ! どうかわたしの主人になって欲しい! どうか!」
余りの勢いに流石のリアナもドン引きしてフロイを見る。
「ああ。その変態は罵られていたぶられるのが至上の喜びなんだと」
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