遭遇 ③
「王女様?」
「何ですかヘリオス」
「……そのような御姿は少し問題が」
「構わないでしょう? この馬車に居るのはこの4人だけ。貴方とミオンが裏切らなければ問題有りません」
凛として趣で王女リアナは自身の隣に居る少年の腕に抱き付いていた。
腰まで届く金色の髪。ルビーのような赤い瞳。整った顔立ちは見目麗しい。ただ……身長は同年代の者よりも低く胸はまっ平だ。
危ないところを助けて貰ったと言うことで王女から褒美……『隷属の首輪』なる魔道具を嵌められた彼は、王女リアナに逆らうことは出来ない。逆らえば首輪が締まり破裂するのだ。
拷問道具の類であったその魔道具は、嵌めた者の首を絞め窒息死しかけた所で破裂する凶悪極まりない物なのだ。
それを命の恩人の首に嵌めた王女も王女だが。
王国兵の着替えを得て全身を洗った少年は、それなりの格好に見える。
見えるが王女が冷ややかな笑顔で腕に抱き付いている様子を見るに何故か気の毒に思える。
「しかし王女様?」
「ヘリオス。黙りなさい」
「……はい」
王位継承権一位を持つ彼女に対し、王国で最も忠誠の厚い宰相が歯向かうことは出来ない。
最初から空気となっているメイドのミオンなどは、宰相ヘリオスの横に座り気配を消している。ある意味で優秀なメイドに宰相も息を吐いた。
「時に少年よ」
「……はい」
チラッと王女の様子を確認し、少年は口を開いた。
真っすぐな目で自分を見る宰相に勇者は軽く身構えた。
「主の名を聞いておらなかったな」
「自分ですか? 自分はっ」
クラッと目の前が暗くなり、勇者はもう一度王女を見る。
彼女は冷たい笑みを静かに浮かべていた。
そこは真っ白な場所だった。
何処を見ても全てが白く、足元は硬いがそれも白いので距離感が分からない。
ただ勇者は自分の前に居る人物だけを見つめれば良いと思ったのでそれほど迷わない。
少女の姿となった魔王が静かに笑っていた。
「久しいな勇者よ」
「やはり魔王か」
「うむ。妾をひと目で分かるとは流石であるな」
少女とは思えない重々しい言葉に勇者は苦笑する。
「それでこれは何だ?」
「ん? ただの遊びじゃよ。お主と2人きりで話がしたかったのじゃ」
クスクスと笑い魔王は魔法の力で重厚なテーブルと椅子を2つ準備した。
「座るが良い。飲み物は準備できぬが許せ」
「ああ」
先に座った魔王に誘われるまま、勇者も椅子に腰かけた。
「それでこの姿は何だ? それもお前もだがな」
軽く自分の髪を抓んで勇者は尋ねる。
薄っすらと茶色く見える黒髪と、たぶん髪の色と同じであろう瞳は前の時と一緒の物だ。
「妾の姿か? 魔人への転生は難しいのでな……妾は人に転生したのじゃよ。お主と人ではあるが長い時を過ごしたいから年齢は若くしたがな」
「転生?」
「そこからか」
クスリと笑い魔王はテーブルに肘を置いた。
「人の世にも生まれ変わりという言葉かあろう? 魔人の世界ではそれを『転生』と呼ぶ。妾はそれを魔法を使い無理やり発動した」
「でもあの時お前の魔力は尽きていたはずだ?」
「尽きていたとも。ただ妾は自身の命を引き換えに膨大な魔力を引き出す特性があった。それを使い最後にお主を道ずれに転生したのじゃ……ざっと1,000年後に」
「そうか」
頷き勇者は頭を抱えた。
「1,000年と言ったか?」
「言ったのう。しかしそれぐらい経たんと妾やお主を覚えている者も多く居ろう? 現に居るがな」
「亜人種ならばまだ生きているか」
「魔人の世界にも居ろう。じゃが人の領域であれば大半は妾たちを知らんよ」
「まあ分かった」
何が分かったのかがいまいち分からないが、勇者は相手が自分の物差しで測れない人物だと理解した。
何より相手は元々魔王だ。それは仕方ない。
「で、魔王であるお前がどうして襲われている?」
「うむ。残念なことに王位継承で揉めておる。妾が正統な血統者で継承権1位なのじゃよ。下位の者は妾よりも年上でな」
「それは揉めるな」
年端も行かない王女が1位とは、普通に国が割れるほどの騒ぎになる。
「それでこの首輪か?」
「うむ。お主の強さは妾が一番理解している」
「お前には魔法があるだろう?」
「残念なことに魔法のことは隠しておる。簡単な物しか見せておらん」
「何故?」
「妾の地位を忘れたか? その上で強力な魔法使いともなると本当に厄介である。何より魔人の魔法は使えぬ。今のこれとて過去の遺物である魔道具の力じゃよ」
ヒラヒラと体の横で手を振り魔王は息を吐いた。
「質問はまだあるのかえ?」
「ああ。1つ聞きたい」
「ふむ。妾が口にした言葉は本心である。それを先に告げておいて主の質問を聞こうかの?」
深く深く勇者は息を吐いた。
「……本心とは?」
「言葉の通りじゃ」
何故か胸の前で魔王はその目を輝かせる。
「あんなに激しく互いの全てをぶつけ合い妾は濡れた。心底濡れた!
あんな激しい愛情表現など一度として受けたことも無かったのじゃ!」
「……殺し合っただけだよな?」
「うむ。しかし魔人の領域での求愛行動とは、相手を屈服させることじゃ。妾は主と戦い屈服させられた。つまり妾は主を伴侶と認めたのだっ!」
冷たい笑みを浮かべて魔王は両手を広げる。
言葉の内容と比べるに……女性らしさを感じない少女体型である。
「もう少し胸を膨らませてから言ってくれ」
「ふむ。勇者は豊かな胸が良いのか? ならばもう数年待つが良い。前世の妾はあれほど豊かであったからのう……きっとこの胸も大きく膨らむことじゃ」
皮肉として言ったのに自分の成長を疑っていない魔王の返事に勇者は心の中で白旗を掲げた。
「それでお前は俺に何を求める?」
「うむ。まずは妾の伴侶となれ」
「無理だから他で」
「確かに今直ぐは無理じゃのう。ならば妾を護れ勇者」
「魔王をか?」
「今はただの人の娘じゃよ」
「そうだったな」
クシャリと頭を掻いて彼は自分の胸に問う。
『弱き者を救え』それが神官戦士の教えだった。
「まあ良い。寝床と飯と服をどうにかしてくれ」
「ふむ。それは手を回そう」
あっさりと受諾した魔王は勇者を見つめてクスリと笑う。
「それと本題である。お主が過去の勇者の名を語るのは面白くない。理由は分かるかえ?」
「亜人種が気づくかもしれない?」
「それもある。もう1つは主の供が行方不明なままなのじゃよ」
「アイツ等が?」
流石の勇者もその言葉に強い反応を示す。
彼は仲間たちを最後の戦いに巻き込みたくなくて野営地に置いて1人で魔王城を目指したのだ。
「気づかんか? 妾も魔王の務めとして四天王と呼ばれる壁役を作った。だがあの日お主はそれらと出会わずに妾の前へとたどり着いたであろう? つまりそう言うことじゃな」
「アイツ等が抑え込んでいたと?」
「たぶんじゃがな」
「……」
言いようの無い感情に勇者は口を閉じた。
「主の仲間が生き残り正しい歴史を伝えておると厄介なのじゃ。だから主は名を変えて妾に仕えよ。飼い犬のように」
「色々と質問をしたくなったが後で聞けば良いか?」
「うむ。望むなら寝所で幾晩を費やし主の耳元で語ってしんぜよう」
「もっと成長してからにしてくれ。性欲が湧かん」
「ならば仕方ないのう」
クスリと笑い魔王はテーブルを消す。察して勇者は立ち上がると椅子が消えた。
「そうそう。主の名であったな」
軽く手を振り白い世界にゆっくりと色が付いて行く。
「この世界に生を受けてからずっと考えておったのじゃよ。主の名は……」
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魔王様がそろそろ暴走を始めましたw