魔剣 ⑥
「魔剣を盗み出すのにどれほど苦労したと思っているのだ?」
「……」
主人の言葉に彼は何も言い返せない。
まさかあれほど呆気なく試合が終わるとは思わなかった。
何よりあのフロイとか言うガキは、剣すら抜かずに魔剣を殴って折ったのだ。そんな非常識など想定などしていない。しいて言うならあれは事故だ。
「それで失敗をしたお前はどうする気だ?」
「……」
酷い現実であっても相手が望んでいるのは結果のみだ。
そして自分が掲示できるのは『成功』か『失敗』だ。成功ならば褒美を得て失敗ならば死を得る。余りにも簡単な図式に……その者は全身が凍り付いたかのように身を硬くしていた。
「なら責任を取ってお前には」
「お待ちください」
響いて来たのは少女の声だった。
コツコツと響く足音は彼女が床を蹴り歩いて来る証。
気紛れで救われたその者は、僅かに視線を上げて少女を見ようとする。
見えたのは学院の制服……それも腰までだった。
「この者にはもう1つ仕事を与えたいのですが?」
「ふむ。失敗した愚か者だぞ?」
「ええ。ですが学院に入り込める数少ない使い捨ての駒です」
クスクスと笑い声が聞こえてくる。
どうやらやって来た少女は、救いの女神では無いと控えているその者は理解した。
「だから次の作戦で仕事をしくじれば」
コツコツと足音を響かせ彼女が近づいて来た。
顎に指が触れ無理やり顔を持ち上げられる。
「生きて戻って来たことを後悔するほどむごたらしく殺してあげるわ」
クスクスと笑う相手の顔を見つめ……その者は次は成功しても失敗しても自分は、終わるかもしれないと理解した。
「さあはっきりと言いなさい!」
「ホルン先輩の方がお前より色々な面で優れているな。具体的には身長と胸で」
「女の価値はそんな物じゃないのよっ!」
激怒する魔王女……リアナはグイグイとフロイの首を絞める。
彼の首に巻いている魔道具まで使い二重でだ。
「あはは~。フロイは昔っから胸の大きな人が好きなんだね~」
「黙りなさい植物っ!」
「は~い」
楽しそうにベッドの上で繰り広げられている様子に笑うルルカリカは、はた目から見れば猟奇殺人の死体にしか見えない。
現状彼女は……植木鉢の上に頭部を乗せているようにしか見えない。実際は首から下は鉢で育つ植物なのだが、植物の方が小さすぎるのでただの生首だ。
「それであの女を助けた理由は?」
「……一応俺は勇者の前に神官戦士であると前から言ってたよな?」
「ええ知ってるわ」
「それで納得しろ」
「出来ないわっ!」
フロイの胸の上で馬乗りになり今にもまた首を絞めだしそうな魔王女様に……彼は心底呆れた様子で口を開いた。
「女性は大切にしろと言う教えがある。以上」
「おかしいわ。それが事実なら最も大切にされるべき存在がここに居るはずよ!」
無い胸を張ってリアナが踏ん反り返る。
正直面倒臭くなったフロイは彼女が足で抑え込んでいる腕を強引に引き抜きガシッと顔を掴んだ。
「寝言は寝て言え。お前は魔王だろう?」
「魔王であっても今は可愛い女の子よっ!」
「自分で言うな。それと魔王である時点で女扱いはしない」
告げて無理やり胸の上から引きずり下ろして床に投げ捨てる。コロコロと床を転がった魔王女様は、失敗した開脚後転のような格好で色気のない白い下着を晒した。
「あれ~。わたしも女の人扱いされてない?」
「お前は亜人だろうが」
「そうでした」
ケタケタと笑う生首にフロイは呆れた様子で視線を外す。
と、開脚したままでリアナがプルプルと震えていた。
「今のわたしはただの人間だもん」
「拗ねるなよ」
クシャクシャと髪の毛を掻いてフロイはひっくり返っている魔王女を掴んで持ち上げる。
同年代の少女にしては成長が少なすぎる気もする。
「お前……ちゃんと食べているのか?」
「失礼ね。王女であるわたしは、」
「毎日自分の好きな物だけを食べております」
スッと現れ、真実だけを告げてメイドは姿を消した。
口を閉じたリアナがプルプルとまた震えだす。
「好き嫌いせずにちゃんと食べろ。魔人はどうか知らないが人間は満遍なく食べた方が育つと聞いたことがある。誰の言葉だったかな?」
「魔女だね~」
「そうだったな」
人としての何かが破たんしていたが知識は豊富だった魔女から聞いた言葉だったらしい。
立ち上がり俯いている魔王女は、大変不満そうにプルプルと何かしらの感情を我慢している。
「魔王様は子供じゃないんだろう? だったらちゃんと食事を出来るよな?」
「……分かったわよ。するわよ」
全力で不満そうだ。
子供にでもするようにリアナの頭に手を置いてフロイは良し良しと撫でる。
怒った様子でリアナはその手を払いのけた。
「フロイ」
「何だよ?」
「わたしがちゃんと育ったらこれでもかと甘えさせることを命じるわ!」
「無理を言うな」
頭を掻いてフロイは相手を確認する。上から下までバッチリと。
それから視線を自分の手に視線を動かす。たぶん大丈夫だと確信する。
「俺の手からこぼれるほど胸が育ったら考えよう」
「言質は取ったんだから~!」
何故か絶叫し泣きながら、リアナは空間を曲げて自分の部屋へと飛び込んで行った。
「なあルカ」
「な~に~?」
「育つと思うか?」
「育たない植物はないよ~」
ケラケラと笑うルルカリカはそっとその目を遠くに向けた。
「大きさまでは決められないけどね~」
「だよな」
「今日からよろしく頼む。兄弟子フロイよ」
「……」
師匠が新しく弟子を取ったらしい。
突然生じた弟弟子は、2学年上のホルンと言う女子生徒だった。
フロイは落ち着きを払った様子で彼女の肩を叩いた。
「兄弟子として1つだけ教えておこう」
「何かな?」
「死にたくなければ先にあれを殺す覚悟で挑め。それがここの教えだ」
「……」
2人目の玩具を得たトルドは大変気分を良くし、その日からフロイの練習量が増えたのは言うまでもない。
ホルンもどうにか死ぬこと無く……必死に足掻いて卒業するまで鍛練を受け続けた。
ただ卒業式の日に彼女はクラスメイトに告げた。『これでようやく殺される心配をしなくて済む』と。
真顔で言われた言葉に聞いていた全員がドン引きしたらしいが。
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