魔剣 ④
「勝ちたいのだろう?」
三流芝居の仇役でももう少し気の利いた言葉を言うだろう。
だが不意に訪れた人物は、そんなふざけたことを言うのだ。
夜の鍛錬を終えたホルンを待っていたのは、ローブ姿の誰かだった。
この学院の敷地内に居るのだから生徒か教諭か関係者か……絞るにしても数は多い。
「そんな言葉に応じる者が居ると思っているの?」
「ああ。だからどんなに使い古されていても人はこの言葉を使う。物語などでも使われる」
「……」
事実だ。応じる者が居なければ言葉とて風化して消えて行くのだから。
「話ぐらいは聞いてみるか?」
「ええ」
ギュッと拳を握りホルンは顔を上げた。
「話ぐらいなら聞きたくなったわ」
剣術大会決勝の日。
フロイはいつもと変わらずに日の出と共に起床した。
ベッドサイドに準備しておいたコップの水を軽く煽り、残りは鉢植えの何かしらの植物に振りかける。
「ああん。朝から濡れ濡れだよ~」
「変な声を出すな」
「事実を言ったら怒られるし~」
ベッドの端で丸まって寝ていたルルカリカがグシグシと目を擦りながら小さく背伸びをする。
いつも通りの全裸姿だが、フロイはまったく気にしない。部屋の壁に女性の裸の絵を飾ってあるぐらいの感覚であっさりと受け流す。
着替えを済まして部屋を出る頃にはルルカリカも姿を消していた。
たぶん女子寮の自分の部屋に戻っているはずなのだが、生態に謎の多い生き物なので事実は分からない。少なくともこの部屋のドアを開いて外に出るということはしないから助かっているが。
寮を出て今朝はそのままの格好で走り出す。
普段なら重りを背負うが、今日はこのあと試合がある。
勝ち進めば全部で3試合程度だから別に重りを背負って走っても良いのだが、下手に筋肉が温まり過ぎると対戦相手が怪我をしないか心配になる。力加減を間違いて怪我をさせたらまた師匠から大目玉を食らうのが分かっているからだ。
軽く走って軽く体を温め、それから軽く剣を振るって顔を洗う。
運動で目を覚ました体はそれなりに動いてくれそうだ。
あとは軽い朝食を済ませて……どこに向かえば良いのか分からずに教室に行ったら、待ち構えて居た魔王女に掴まり連行される。
「外の舞台で良かったのか」
「そうよ。と言うか昨日トルド男爵が説明していたでしょう?」
「知るか。大会の前日に普段と変わらない鍛練をさせる師匠がどこに居る?」
お陰で昨日から体の切れが良い。良すぎるぐらいに良い。
「加減を間違えると相手に怪我をさせるぞ」
「別に良いんじゃないの? 怪我で済むなら。弱いなら参加しなければ良いのよ。怪我をしたくないなら武器を持たなければ良いのよ」
サラリと告げる王女は魔王だ。それ故容赦がない。
「武器を振るうと言うことは、相手も自分も怪我をする。普通なら命を奪い合う。そういうものでしょう?」
「違いない」
ポンポンと拳の裏で胸を打って来る魔王女の頭を掴んで正面から退ける。
「前に立つな」
「だからって普通頭を掴む?」
「お前がそれぐらい気にするタイプか?」
「……別に嫌では無いんだけれど」
ボソリと恐ろしい言葉が聞こえてきた気がしてフロイは、1,000年前に修得した精神に耳栓をするという高等技術を発揮し、今の言葉を完全に無視した。
亡き供と同じような言葉をいう者が1,000年経っても姿を現すことに少なからずショックを覚えつつもだ。
「ルカ」
「は~い」
「これのお守りを任せたぞ」
「合点だ~」
ふわりと姿を現した緑髪の美少女が魔王女の横に立つ。
舞台上を見たフロイは……開会前に集う参加者を見る。
誰もが強敵とは思えない。たぶん舞台上で一番強いのは審判役の師であるトルドだ。
唯一問題があるというなら、先日声をかけて来たホルンと名乗った女性とが剣を2本持っていることだ。
1本は良く使いこまれた剣だ。たぶん彼女が日々愛用している物だろう。
「ホルン先輩」
「ああ。フロイ君か。今日はよろしく」
「ええ。ですが先輩」
「何かな?」
ホルンの横に立ったフロイは、昨日師から告げられ聞き流した段取りを思い出すことを諦めた。
「魔剣を使うなら最初から使ってください」
「……」
返事は無いが相手の動揺が確実に伝わって来る。
「後から出されるのも面倒なので、最初から使って貰えれば魔剣ごと先輩を殴って試合を終わらせます」
「……殴って終わらせるか」
「ええ」
スッと視線を動かしフロイは隣りに立つホルンを見る。
彼の目に映るのは、何処か焦り必死に何かにしがみ付いているような表情を見せる女性だ。
「先輩が何を背負い何に対して必死なのかは知りませんが……少なくとも自分は道具に頼り魂を売り渡すような相手に剣を振るいたくありません。それは剣に生きる人に対しての侮辱です」
「魔剣とて武器であろう? それと剣でもある」
「ええ」
視線を元に戻しフロイははっきりと告げる。
「だからその剣を支配し扱えるなら問題はない。ですがその魔剣は先輩が扱える品物ではありません」
はっきりと断言する。
何より魔剣を普通に扱える者の方が圧倒的に少ないのだ。
それは鍛練不足などでは無い。しいて言うならば適正に等しい。
「もう一度言います。先輩が魔剣を使うなら自分は拳を振るいます」
「……分かったよ」
静かな声音でホルンはただそう返事を寄こした。
(c) 2020 甲斐八雲




