謀略
「ようやく隠れていたウサギが姿を現したというのに……何故まだ狩れないっ!」
ヒステリックに騒ぐ相手に、彼の部下である男はやれやれと肩を竦めた。
ずっと姿を隠し地方の屋敷を転々としていた王女リアナが王都に来てから約1年。多くの者たちが彼女の殺害を企てて成功していない。
強運と呼ぶ者も居るが、あの王女はその年齢に相応しく無いほどに沈着で冷静なのだ。
だからこそ徹底的に備えているのだが……齢12と言う数字に騙され彼女を侮る者が多いのも事実だ。
「王城にお過ごしになる時は徹底して部外者を寄せ付けません。彼女の傍に行ける異性も限られ大半はメイドのみ。そのメイドも新参者は近寄ることが出来ず、何より最終的に彼女の傍に居るのは『ミオン』と言う名のメイドのみです」
「ならばそのメイドを廃してっ!」
「間接的、直接的、それ以外と何度か仕掛けていますが全て失敗しています」
荒々しく机を叩き主人は憤慨する。
王女の傍に居るメイドを廃して手の者を忍ばせる……誰もが考えだし実行しようとしている作戦ではあるが成功せずにいる。あまり目立たないがあのメイドはとにかく優秀なのだ。
「ならば直接寮の部屋をっ!」
「何人か同じことを考え実行しましたが、それも全て失敗しています。あからさまに魔法で攻撃した者も居たようですがそれすらもです」
「何故だっ!」
「とにかく部屋の守りが硬いのです。扉も窓も内側からしか開きません」
一番の問題は王女たちは内側からしか開かない扉を開けて生活していると言うことだ。
密偵や暗殺者の見立てではかなり高度な魔道具……古代と呼ばれる優れた魔道具が作られていた頃の一品だと思われる。
「ならば学院に人を派遣し」
「それは現在していますが、普段の王女様は極少数の者たちと一緒に居ります。騎士フロイと学友ルルカリカの2名のみ。それ以外との接触は極力避け、接触する場合も普通の学生にのみ声をかけます。少しでも金を握らせた者には決して声を掛けません」
「何て用心深いっ! そんなにも後ろめたいことでもしているのかっ!」
『それはこちらでしょう……』と思ったが言葉にはしない。
全力で殺そうとしているこちらが護りの硬い相手に文句を言うのは間違っている。
「どうすれば殺せるっ!」
「まず2人の学友である騎士と少女を廃することを考えましたが……騎士フロイはトルド男爵に護られており難しく、学友のルルカリカは寮の自室に戻って来ている気配が余りありません。たぶん王女の部屋に一緒に居ると思った方が宜しいかと」
「だがどちらかを殺さない駄目なんだろうっ!」
「はい。ですから現状騎士フロイを的にしております」
「そうか」
癇癪続きであった主がようやく落ち着きを見せた。
しかし部下はある事実を主には伝えていない。
この1年……フロイに差し向けた有象無象の刺客たちは全て返り討ちに会い狩られているのだ。
たぶんこのままでは……と彼はそれに気づいた。危ないが唯一の方法をだ。
「もう1つ王女様に手を届かせる方法がございます」
「本当か?」
「はい。ですが準備に時間がかかります」
「……その策とは?」
問うて来る主に彼は答えた。
「戦争です」
「……」
突然の言葉に言いようの無い表情を浮かべる主に彼は言葉を続ける。
「戦争を起こし学生を戦地に動員させる。少なくとも王女、もしくはその周りに居る学友の命を狙うことは出来るでしょう」
「だがそんなことをすれば……我が国は……」
「はい。一時的にとは言え戦争を行うのです。少なからずの問題は生じることでしょう」
「……」
沈黙し熟考した主はその目を部下へと向ける。
「出来るのか?」
「無理ではございません」
「一度始まったことを止められるのか?」
「数度ぶつかり殺し合いをすれば」
「……一応可能か下調べを始めよ。ただし周りの者たちには決して気づかれるな」
「御意」
恭しく礼をして部下は主人の命令に従った。
「フロイっ」
「邪魔だ離れろ」
腕に抱き付いて来た全裸の少女をベッドに放り投げ、フロイは着ていた制服を脱いでハンガーにかける。
いつものこととは言え知らない間に予備の制服が洗濯され皺も無い状態で吊るされているのは何故なのか……考えるだけ疲れそうだからフロイは思考を止めた。
「聞いてよフロイ」
「尻に顔を押し付けるな」
「だから聞いて」
背後から抱き付き尻に顔を押し付け暴れる相手に、フロイは諦めととれるため息を吐いた。
「それで何だ? 早くしないと浴場が締まる」
「うん。今日もわたしの部屋が荒らされていたの」
「……使って無いだろう?」
「使って無くても荒らされるのは嫌だし~」
まあ確かにその気持ちはフロイにも理解出来る。
「植木鉢とか勝手に動かさないで欲しいの。ちゃんと日の光が全体に当たる絶妙な位置に置いてるんだから」
「知るか。嫌なら外にでも出しておけ」
「酷いよフロイ~」
また尻に顔を押し付けて暴れる馬鹿の頭を掴んで、フロイは相手をベッドへと投げ捨てた。
「まずは風呂だ。まだ続きがあるなら戻ってから聞く」
「は~い」
ひっくり返った格好で手を振って寄こす相手をそのままにフロイは部屋を出て浴場に向かう。
男子寮に存在している大浴場はほぼ全員の男子が使う場所だ。何より裸であるから観察がしやすい。
《子供を暗殺に使うのはよく聞く話だが……よくもここまで集めるもんだな》
体つきや歩き方などから、フロイはこの場に居る暗殺者を何人かリストアップしていた。
女子の方は一応ルルカリカがしている。しているが浴場での暗殺はたぶん無い。
王女であるあれが下々の者と一緒に入浴など、校外に出ない限りほぼ行われない。自室で個人用の風呂を使うのが正しいスタイルだ。
《こうして厄介ばかり押し付けられるから面倒だな。本当に》
軽く洗い、少し湯船に浸かり、そして出て行く。
烏の行水かと思わせるほどフロイの入浴はとにかく短いのだ。
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