贖罪
「済まないな。呼び出して」
「いいえ」
本当に彼は12歳には見えない反応を見せる。
フロイは相手に勧められるがままにソファーに腰を下ろしメイドに紅茶を頼む。
「それで宰相様。本日はどのようなご用件で?」
「うむ。少し王女様のご様子を聞こうと思ってな」
「休みには城へ来て仕事をしていると聞いてますが? 警護をさせられている師匠が大変不満を言ってましたが?」
「あれは口を開けば文句か自慢話しかしない」
「否定はしませんがそれを聞かされるのが自分なので」
不満を口にするが、本当に12かと思うほど動じているように見えない。
ヘリオスは今一度フロイの顔を確認し、軽く咳払いした。
「余り公にしたくは無いのだが」
「またあれに暗殺の依頼でも?」
「それはいつものことなのでな」
それで良いのかフロイは思うが、悲しいことに自分もその対象なだけに諦めるしかない。
ならば少しでも情報をとフロイは会話を続けることを優先する。
「何か問題でも?」
「ああ。最近陛下が王女様の身を案じ過ぎていてな……ことあるごとに質問を受け大変なのだ」
「だったらあれを城に戻して監禁でもしてください。そうすれば自分が平和に過ごすことが出来ます」
「それをするとこの城内が大荒れしてしまう」
「それはあれが騒ぎを起こすという意味で?」
「分かっているだろう?」
ため息を吐いてヘリオスもまた紅茶を求める。
「リアナ様の兄や姉たちは全て敵だ。大半の役職を持つ者も敵対している」
「逆にあれの味方は居るのか?」
「しいて言えば私とトルドだけだろう」
「宰相と武官だけとは素晴らしい。あれの人望の無さにはこの国の未来が不安になるな」
「……それと唯一の騎士であるお前だな」
「ならばあれが討ち取られたら全力で逃げることにしよう」
「……」
少年が不満を口にするのはよく分かる。
ずっと地方の屋敷を巡っていた王女は静かな人物だと聞いていた。
だが実際は違う。唯一王女の本性を知る国王のみ普通だが、家臣たちの評価はすこぶる悪い。
仕事はするのだがその言動が問題視されている。
「フロイよ」
「はい」
「リアナ王女はそんなに煩わしいか?」
「あれが煩わしくないのでしたら、自分はきっと精神を病んでいると思います」
「……そうか」
報告を聞く限りその通りだろう。
トルドからの報告であったから多少言葉を盛っているかと思ったが、どうやら事実のみ書かれている様子だ。
「フロイよ」
「……分かっています。自分は与えられた仕事は確実にこなしますので」
軽く頭を下げて少年はカップの中身を空にすると立ち上がった。
「本当ならもう少しゆっくりしたいのですが、あれが呼んでますので」
「そうか」
軽くため息を吐いてヘリオスも立ち上がる。
「なあフロイよ」
「はい?」
立ち去ろうとしていた少年は足を止め宰相を見る。
「……無理にとは言わんよ。ただ王女を護って欲しい」
真摯に告げて来る相手にフロイは興味を抱いた。
誰もが欲まみれの行動をとる中で、彼らだけはあの王女を必死に護ろうとしているのだ。
「宰相様」
「何か?」
「どうしてそこまでしてあれを?」
「……」
問われた言葉にヘリオスは一瞬瞼を閉じた。
「罪滅ぼしだな。たぶんその言葉が一番正しい」
「罪とは?」
「我々は彼女の母親を護れなかった。それは罪であろう?」
「そうですか」
軽く一礼をしフロイはヘリオスに背を向けた。
「貴方の期待に添えるか分かりませんが、それなりに頑張りますよ」
「何だ? その軽い言葉は?」
「それぐらいで十分でしょう? あれが相手ですし」
「そうか」
立ち去る少年に宰相は何とも言えない笑みを浮かべた。
「ねえフロイ。わたしはいつも考えているのよ」
「何が?」
「こうやってお城に通う面倒臭さをどうやったら無くすことが出来るのか?」
「お前が俺の居ない所で暗殺されれば良いな。それで頼む。それとこの首輪を外してからな」
「へぇ~」
隣に座る魔王女様がフロイの首に巻かれている首輪に言葉を放つ。
キュッと締まった首輪で少年は息を詰まらせた。
「良い? わたしが死んだらその首は締まってから破裂するんだから」
「締まってからの破裂と言う部分に悪意しか感じないな」
「知らないわ。古代の魔道具制作者に聞いてくれる?」
「そうか」
呆れながらフロイは椅子に腰かけ直すと、魔王女は彼の腕に抱き付いて来る。
「なあ魔王女」
「何かしら?」
「前から思っていたのだけど、お前が本気を出せば兄や姉など全員殺せるだろう?」
「出来るわね」
すんなり認めリアナは抱きしめて居た彼の腕を開放する。
「出会い頭に魔法で殺して行けば、全員殺すなんて10日もあれば終わる」
「何故しない?」
「分からない?」
何処か確認するような、確かめて来るような視線にフロイは小さく苦笑した。
「そう言えばお前の城に行った時も誰1人として居なかったな?」
「ええ。世話役の四天王は勝手に城を出ていたしね」
「……ミオンは元からメイドか?」
「雑用係よ。ずっと」
完全に気配を消して馬車の中で物言わぬ影と化しているメイドに目を向けフロイは理解した。
「つまりお前は部下も供も居ない寂しい奴だったんだな」
「その同情染みた言葉にイラッとするのだけれど?」
「支配者だもんな。仕方ないよな」
ポンポンと肩を叩くと魔王女は眉を逆立て怒り出す。
「喧嘩売ってるでしょう? ここ最近胸のこととか言いたい放題ね!」
「まあな」
窓枠に肘を置いて彼は頬杖をついた。
「何であれこの首輪が外れない限りは俺はお前を護るしかない。どんなにその態度が腹立たしく思えてもだ」
「……そうね。その通りよ」
何故か無い胸を張ってリアナは踏ん反り返る。
「だったら大人しく言うことを聞いているのは腹立たしいだけだろう? 言いたいことは言わして貰う」
「仕方ないわね。それぐらいは許してあげるわ」
「そうかい。ならその代りに1つ約束してやるよ」
「何よ」
軽く笑ってフロイはリアナを見た。
「お前が皆殺しをしなくても済むように多少は頑張ってやる」
「……そこは全力ででしょ!」
「何でお前ごときに全力を出さないといけない? ふざけるな」
「なにを~!」
激怒して飛びかかって来るリアナの顔面を掴んで前の座席に投げつける。
ひっくり返って色気の無い下着を晒す相手にフロイは苦笑した。
「少しは育てよ。本当に色気が無さ過ぎる」
「今直ぐ殺す~!」
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