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遭遇 ②

 バスアム王国宰相ヘリオスは、もう何年と手にしたことの無い剣を握ったいた。

 相手が実力行使をしてくるとは思っていなかった。いくら邪魔とは言え自身の妹を手に掛けるようなことはしないと心の何処かで願っていたのかもしれない。しかしその願いは脆くも砕けた。

 どうやら相手は本当にこの幼い王女を、自身の妹を始末したいのだ。


「ヘリオス様」

「……ミオン殿」


 必死に幼い少女でしかない王女を抱くメイドにヘリオスは軽く息を吐いた。


「座席の下に備えはある」


 宰相の言葉に王女の専属であるメイドのミオンは息を飲んだ。

 備えの意味を知っていたからだ。


「馬車の戸が破られた時は私が斬りかかり時間を作る。その隙に王女様を」

「ですがヘリオス様」

「仕方ない。王子たちは王女様に生きて居て欲しくないのだ」


 齢の離れた兄たちと王女の母親が違う。

 婿入りした国王と正統血統者である王妃の間には長く子が出来なかった。だからこそ家臣たちは国王に子を望み、彼は側室との間に子を作った。

 家臣の誰もが側室の子が王位を継ぐと思っていが……計算違いの出来事が起きた。


 王妃が懐妊し子を産んだのだ。それも女子を。


 正統血統者である王妃の子である王女には王位継承権の第一位が送られ、国の権力者たちが一斉に暗躍を開始した。

 側室の子である王子や王女たちは結託し王妃の子の命を狙う。貴族たちは王妃の子の配偶者に自分の家の者をと一斉に抗争が始まったのだ。


 国は内側から大きな騒ぎとなり、何より王女は幼い頃より暗殺者に付け狙われるようになる。

 事態を重く見た国王は王女が成人するまで隠すこととした。彼女をもっとも信用出来る貴族たちの別邸に隠れさせ成人のする日を待つ。


 しかし王都で問題が生じた。王妃が亡くなったのだ。


 病死となっているが実際は分からない。それでも王妃の葬儀に参列するのは王家の者としての義務だ。

 宰相ヘリオスは少数精鋭で王女を迎えに行き……そしてもう何度目か分からない襲撃を受けていた。


《王都まではあと少し。もう少し行けば近衛が待機しているというのに》


 ギリッと奥歯を噛んでヘリオスは相手の欲の深さを悔んだ。

 ここまでしても王女を亡き者にしようと企むとは思わなかったのだ。


 ドンドンドンッ! と馬車の戸が激しく揺れ、次いでガツガツと蹴られる音が響く。


 覚悟を決めて剣を握り直すヘリオスの様子にメイドのミオンは座席の下に手を伸ばす。

 そこには自決用の短刀と毒薬を入れた革袋が置かれていた。


 ミシッと戸が音を発する。覚悟を決めてヘリオスは剣を構えた。




 男は狂ったように馬車の戸を蹴りつけていた。


 中に居るのは初老の宰相とメイドと王女だと聞いている。

 その全員を殺せば多額の褒美を得られる。特に王女は生け捕りにでもしたら爵位まで得られるという。それだけに目の色が変わる。


 別に彼は少女に欲情する趣味は無いが、仲間内にはそれを好む者も居る。

 特に王女付きのメイドは見目麗しい女性が付くとも言われているので、それだけでも存分に楽しめる。


 男は大きく足を上げ戸に向かい蹴りつける。

 ミシッと悲鳴を上げた戸の寿命はもう間もなく尽きる。


「これで褒美はっ」

「背後ががら空きだ」

「あん?」


 背後からの声に顔を向けようとして男は、自身の下半身から力が抜けるのを感じた。

 ガクッとその場に崩れてようやくそれに気づく。

 ボロを纏った少年が立っていた。手製の槍を大きく振りかぶりその先端を男の顔に向けてだ。


 ブンッと振り下ろされた槍で男の顔面が砕けた。


 突然湧いた少年に馬車を襲い掛かろうとする男たちは一瞬動きを止めた。

 十分だった。少年……勇者は地面に転がっている剣を手に取り走り出す。


 剣の手ほどきは文字通り子供の頃から厳しく受けて来た。むしろあの頃に戻った懐かしさを覚える。

 しかし彼の経験値はただの少年の域を遥かに逸脱している。足らないのは身長と筋肉と体力だけだ。


「何だこのガキはっ!」


 突撃して来る少年に対し、男は慌てて剣を振り上げた。だが彼はその経験が無い。

 達人の域に居る少年との戦いなど……この場に居る誰もが経験したことの無い出来事なのだ。


 迷うことなく相手の懐に飛び込み、勇者はその切っ先を相手の顎と喉の隙間から押し上げるようにして突く。

 剣先が作りだした傷から鮮血が溢れ少年の全身を濡らすが彼は気にもしない。


 押し込んだ剣を捨て、自分が殺した男の武器を奪い次の敵に駆け寄る。

 どうやら甲冑姿の者たちは馬車を護る兵だと認識し、勇者はそれ以外の格好をした者の命を狙う。


 小さな体で相手の攻撃を掻い潜り、全身のバネを使って急所に剣先をねじ込む。

 恐ろしいほどに真っすぐで迷いの無い攻撃は、確実に命を奪う戦い方だ。その動きに優美さや華麗さは無い。愚直なまでに淡々と決められたことを実行しているかのように……無慈悲だ。


「引けっ!」


 少年が6人目の襲撃者を突き殺す頃には、甲冑を纏う王国兵も体勢を立て直し防御陣を作り直す。

 攻めきれないと判断した襲撃者たちは蜘蛛の子を散らすように駆け逃げて行った。


 逃げる男たちの後ろ姿を見つめ、勇者は握っている剣を放り出して両手を肩より上にあげた。

 抵抗の意志は無いと甲冑姿の者たちに示したのだ。


「何があった?」


 ボロボロになった馬車の戸が開き、白髪を後ろに撫で固めた男性が降りてくる。


 様子からして国の重要人物だと判断し、勇者は進んで地面に両膝を着いた。

 その潔さに彼を警戒し剣先を向ける兵士たちの方が慌てるぐらいにだ。


「なるほど。その少年がか?」


 護衛から事の顛末を聞いたらしい男性が歩み寄る。


「私はバスアム王国宰相ヘリオスである。お前の働きにより助かった」

「はい」

「何故に私たちに加勢した?」


 その問いに彼は静かに顔を上げた。


「少女の悲鳴が聞こえました。それを無視することなど自分には出来ません」

「中々に古風なことを言う」


 苦笑する宰相はふと気配に気づき後ろを見る。

 馬車から少女……王女リアナが出て来たのだ。


「王女様」

「良い。ヘリオス」


 静々と歩き少年に近寄る王女に、勇者は黙りまた視線を地面に向けた。

 許可なく王女様の顔を見ることなど許されない行為だからだ。


「褒美を取らす」

「はっ」

「一歩前に出て跪け」


 少女らしい声に促され顔を伏したままで、勇者は膝立ちの姿勢から一歩足を前に出し跪く。

 そっと何かが首に触れ……カチリと小さな音がした。


「ふふふ……ようやく見つけたわ」


 頭上から降り注ぐ声に勇者は言いようの無い不安を覚えた。

 不敬を覚悟で顔を上げると、美しい少女が冷たい笑みを浮かべ笑っていた。


「ようやく見つけたわ……私の私の大好きな人」


 勇者の目には、王女の笑みが魔王の笑みと重なって見えた。




(c) 2020 甲斐八雲

 真面目路線は何処まで続くのか?

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