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指揮官 ①

「定期試験?」


 昼食を口にしていたフロイは聞き慣れない単語に首を捻る。


「飽きれた。担当教諭の話を聞いていなかったのね?」

「ああ。聞いてない」


 全く恥じる様子も見せずにフロイは頷き返す。

 増々呆れながら、リアナは自分の横に向かい声をかける。


「ミオン。説明を」

「はい。定期試験はその名の通りに定期的に行われる試験です。項目は様々ですが、一番多いのが学習試験。次が戦闘試験。そして少ないですが実習試験となります」

「実習試験?」


 コクコクと水を飲んでいるルルカリカから遠い場所に居るメイドに誰も何も言わない。

 それでも確りと言葉を届かせるのだから優秀なのだろう。メイドとしては失格かもしれなくても。


「はい。指定された魔物を狩る試験です。期限を決めてパーティーもしくはクラスで対処します」

「で、誰かさんのお陰で今年は例年に無いほど実習試験が組まれると?」

「わたしが悪い訳じゃないし、決めるのは学院の上層部よ」


 デザートのフルーツを口にしながらリアナは小さくため息を吐いた。


「問題は上層部の弱みを徹底的に洗い出して接触していることぐらいかしら?」

「それで自分は関係無いと言えるお前の精神が凄いな?」

「言えるわよ。自分の仕事に誇りを持ってやっているならそもそも後ろめたいことなんてしない。つまり後ろめたい人間は自ら足を踏み外しているのであってわたしが命じたわけじゃないもの。勝手に自滅している人たちの責任なんてわたしは取れないわ」


 ふきふきと口をナプキンで綺麗にし、リアナは食後の紅茶に手を伸ばす。


「まあ確かにな」


 彼女の言う通りだとフロイも納得する。

 後ろめたいことをするのは個人の自由だ。結果それが自らの足を引くことになっても自業自得であって同情する余地もない。


「それで今回は?」

「初手から実習試験なんて使わないわよ。校外実習で下手を打ったばかりだしね」

「確かにな」

「だから逆に他の物を徹底的にするはずよ」


 優雅に紅茶を飲みながらリアナは断言する。


「わたしの勘からして次は学習試験よ」




 練習用の短剣を手にリアナ王女は途方に暮れていた。

 聞いていない。こんな実習があるなんて聞いていない。


「そこに立ってると弓矢で狙い撃ちだぞ?」

「ふわわ~」


 壕に隠れるフロイの横に慌てて飛び込む。

 プスプスと練習用の矢が飛んで来て地面に突き刺さる。矢じりを外されていても当たり所が悪ければ十分に怪我をする危険な道具だ。


 練習用の皮鎧に身を包んだリアナは隣に居るフロイに抱き付いた。


「無理よっ!」

「場所を考えろっ!」


 顔面を掴んで魔王女を引き剥がして地面に投げ捨てる。

 一瞬とは言え目の前で展開された衝撃的な光景に……クラスメイトたちは自然と視線を逸らして今見たであろう記憶を自身の中から完全に消した。


「だってわたしは魔法使いよっ!」

「知ってるが知らん。魔法無しと言うのが上からの指示だ」

「そんなの無理よっ! 魔法を封じられた魔法使い……このわたしの場合、残るのはこの美貌と気品と性格の良さぐらいなのよっ!」

「危ない矢がっ!」


 馬鹿げたことを言う馬鹿を手にした盾でぶん殴り……フロイは飛んで来た矢を視線で追う。

 フラフラと飛んだ矢は遥か前方の地面に突き刺さった。


「危なかったな。あの矢に勢いがあったらお前に当たっていた」

「その前に誰かの盾がわたしの脳天を強打してるんですけどっ!」

「ああ。事故だ。戦場なら良くある。特に無能な上官は後ろからやられる悲しい事故だ」

「ぐぬぬっ!」


 悔しそうに地面を踏んで魔王女は感情の捌け口とした。

 その様子を見つめていたクラスの女子たちが……妹でも見るかのような暖かな目を向け始めていたが。


「問題は使用武器が近接用の剣と女子には短剣。遠距離用は弓だけときている。こんな下らない試験を考えだすのは……間違いなく師匠だろう」

「あの脳筋男爵は馬鹿なの? 怪我人が出たらどうする気なの?」

「決まっている。『怪我するような奴が悪い。今度は怪我をしないように俺様が徹底的に鍛えてやろう』とか言ってたっぷりと鍛練して貰えるぞ」


 負傷と称して横になっていた生徒たちが全員起き出した。


「問題はこっちは学年最下位の12組。相手は学年1位の1組だ」

「わたしが魔法を使えればあんなクラス全員吹き飛ばすのに」

「……俺はお前がまともな魔法を使っている所を見たことが無いな」

「気のせいよ。わたしは出し惜しみする人間なのよ」


 言いながらリアナはフロイの傍から離れない。

 と言うかクラス全員が彼の傍に居るから相手の包囲は簡単そうで羨ましい。


「それでフロイ」

「何だ?」

「あの植物は?」

「ああ」


 壕から少し顔を出し、フロイは魔王女の首根っこを掴んで引きずり出す。

 顔の半分を地面の底から出したリアナは……理解した。


「どうしてあっちで捕虜扱いになっているか聞きたいわ」

「理由は簡単だ。誰かが隊を2つに分けてルカたちを丘の上に配置した結果だな」

「完璧な作戦じゃないの!」


 射線が通る丘を制して弓隊に援護させ、歩兵を進めて敵を討つ。

 教科書通りの戦術の説明を受け……フロイは掴んでいたリアナの首根っこを離した。


「きゃんっ」


 可愛らしい悲鳴を上げてリアナは地面にペタッと女の子座りをした。


「それで弓隊の支援は?」

「……必要無いでしょ? 来る敵を全部撃てば良いんだし」

「馬鹿か? それが出来る弓使いなんて化け物だ」


 弓は番えて引いて放つという動作がある都合連射は難しい。

 結果として散発的な弓の攻撃では丘を包囲した敵の圧力に抗うことも出来ずあっさりと鎮圧されたのだ。


「それでもルカが居たから多少敵を討ったが」

「……どうするの?」


 敵は確実に範囲を縮めて接近して来る。


「簡単だ」


 腰に差す練習用の剣を地面に放ってフロイは両手を挙げて立ち上がった。


「この状況から引っ繰り返すのは無理だ。降伏するのが一番だろうな?」

「12組フロイ。退場!」


 指導教諭の声を受けいそいそとフロイは壕から這い出る。

 その背を見つめ……リアナは拳を硬く握った。


「わたしは決して最後の1人になるまで負けないわっ!」


 宣言し王女リアナは頑張った。最後まで壕に隠れ続けた。


 相手が相手なだけに攻める方も困り果て……最終的には指揮官に全ての罪を背負わせ捕虜たちは無罪という条件で敵側の説得に応じたフロイが、無理やり彼女を壕の中から引きずり出して捕らわれの身となった。




(c) 2020 甲斐八雲

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