歴史 ④
「さあフロイ。キリキリ全てを話しなさい!」
地獄の歴史授業から1日の授業、そして日課の鍛錬から夕飯と入浴を終えたフロイはようやく自室に戻った。
いつも通りに全裸のルルカリカが居るが昔からそれなのでもう気にもならない。
わしゃわしゃと適当にタオルで頭の水気を拭き取っていると、空間を捻じ曲げた魔王女が襲来してきた。
王女付きのメイドが飲み物とお菓子を準備すると消えるように存在を消す。
彼女はまだ1,000年前からの天敵であるドリアードを心底恐れているらしい。
フロイの部屋に一脚しかない安物の椅子に腰かけた魔王女は本日も膝を高く組んで下着を晒す。
見慣れた光景にフロイはスルーすることを覚えた。
「話すことなんて特には」
「なら植物」
「は~い」
「知ってることを全部言いなさい」
「えっと、もがもが」
飛びかかったフロイがルルカリカの口を押えて物理的に封じる。
頭を拭いていたタオルが消えてしまう不思議な手品だ。代わりにルルカリカの口がパンパンに膨れたが。
「往生際が悪いわね」
色気の無い下着を晒して足を組みかえ、魔王女はビシッと元勇者を指さした。
「わたしはこれでも魔王まで務めたのよ。その伴侶となる貴方が何人もの女性と関係を持っていたとしても決して怒らないわ」
「……」
訝しむ視線を向けられリアナは正直に告げる。
「ただし同性と関係を持っていたとか言ったら貴方を一度焼いて消毒する必要があるけれど」
「死ぬわ」
脇にルルカリカを抱え、フロイはベッドを椅子代わりに座る。
「あの糞女だったセリアンスとの関係は無いよ」
「そう。なら信じてあげる」
『で?』と続きを促す彼女の視線にフロイは渋々応じる。
「関係を持ったのは3人だな。厳密に言えば2人とこれだ」
「もごもご」
これと言われたルルカリカが照れた様子で頭を掻く。
軽く頷いたリアナは捻じ曲げ作られている向こう側の空間に顔を向けた。
「ミオン。大至急除草剤を。効果の強い奴をバスタブに満たしてあの植物を沈めれば……流石に死ぬでしょう」
「もが~!」
タオルを口から取り出そうとしていたルルカリカは、その目から滝のように涙を流して魔王女に命乞いをする。
「と言うか怒らないと言って無かったか?」
「怒ってはいないわ。ただし始末しないとも言って無いわ」
「確かにな」
「もが~!」
詭弁であるが事実なのでフロイは抱えているルルカリカを開放する。
彼女は慌てて窓際に置かれている鉢植えに逃げ込むとそのまま姿を消した。
「逃げたわね。ミオン。追いかけて始末しておいて」
「お断りします王女様」
「そう」
パチンとリアナが指を鳴らすと、ミオンらしき悲鳴が響いた。
ただ煩いのか見るに耐えられないのか……魔王女は開いている空間を無理やり閉じた。
「で、フロイ」
「ん?」
「あとの2人は?」
どうやら忘れていなかったらしい彼女がとても穏やかな表情を彼に向ける。
正直怖くなったフロイは、仕方なく昔のことを思い出した。
「別に隠すことでも無いか。聖女と魔女だ」
「貴方の供だった?」
「そうなる」
「へ~」
若干軽蔑の色合いを含む視線をリアナは彼に向けた。
「だから供は全て女性だけだったのね?」
「そう言う訳じゃないんだがな」
「ならどうして?」
「だから能力重視だ」
ベッドに横になりフロイは両手を頭の後ろに回して天井を見る。
「聖女テルザは人格に問題があったがその治癒能力は人間領域では最高峰だった。魔女シャイナも人格に問題があったが魔法使いとしては人間領域では最強だった」
「で、2人とも食べた訳ね?」
「……食われたな」
思い出せば自分から誘った記憶はない。
気づけば彼女たちが寝ている自分の元に来て勝手にしていくのだ。
独自に順番を決めて3人でローテーションで、宿に宿泊している時はほぼ毎回だったが……4人で行動している時は野外でもしていた気がする。
「ただ流石に大陸の中央を過ぎてからはしなくなったがな」
「……神官戦士たちが一緒だったからでしょう?」
「あれが周りに気づかれるぐらいで止めないよ。見られて興奮する類の馬鹿者たちだ」
思い出すと少し心が痛んだ。
と、椅子からベッドに移動したリアナが彼の胸に手を置いた。
「頑張っても人は100年しか生きられないわ」
「分かっている」
「あの植物の言葉を信じれば、聖女と魔女はわたしの3人の部下と戦った」
魔王の通例となっている何かに従いリアナが作った四天王。
その実力は魔人領域でも屈指の者たちだ。
「貴方なら勝てたでしょうね。でも普通の人である聖女や魔女なら勝てる訳が無い」
「分かっている」
ポンポンとフロイの胸を叩いてリアナはベッドに上がると彼の胴体を椅子にする。
クルッと体を回して足を上げて……馬乗りの状態でフロイの顔を覗き込んだ。
「後悔しているの? 仲間を連れてわたしを攻めたことを?」
「どうだろうな。少なくともこちらの死者は少なく済んだはずだ」
魔王が魔人たちを引き連れて人間の領域を攻めていれば……その死者は数えきれないほどだろう。
「なあ魔王」
「何かしら?」
「お前は今の世界をどう思う?」
フロイの問いは自分が感じる違和感からだった。
教会の勢力が衰退している……それを聞いて疑問に思う。
少なくとも1,000年前には『神』は居たのだ。
「どうして神は勇者を選ばない?」
ここ数百年と勇者は誕生していない。そして魔王もだ。
「たぶんもうこの世界に神は居ないのよ」
「居ない?」
「ええ」
それがリアナの答えだった。
「神が居ないからバランサーである勇者と魔王が誕生しない。故に」
これはまだ早いとリアナは言葉を飲み込んだ。
「でも今は平和よ。それで良いでしょう?」
「そうかな?」
「そう思いましょう」
軽く体を前に倒してリアナはフロイの鼻先にキスをする。
「この場面を誰かに見られれば既成事実に出来るのに」
「……なあ魔王女」
「何かしら?」
少し熱くなった頬を誤魔化すようにリアナは彼を軽く睨んだ。
代わりにフロイはとても冷めた視線で彼女のある1点を見つめる。
「もう少し色気のある下着を穿いても良いと思うぞ?」
「……」
グッと拳を握り締め、リアナは相手にそれを振り下ろした。
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