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歴史 ①

「ならば全てお前が処理したと言うのだな?」

「自分だけではありませんが」

「……」


 平然と認めつつもフロイは手柄の全てを独り占めしない。

 ヘリオスは少年の横に座る可愛らしい少女に目をやる。

 今年の学院に次席特待生として入学したルルカリカと名乗る少女だ。


 入学試験の点数は王女リアナと同じで全問正解。弓の実技では弓で的の中心を穿ち続けたと言う。結果として持って生まれた地位が優先されてリアナが主席となった。

 逸材である。彼女を欲する貴族が今後多く名乗り出ることだろう。


 自らの手で紅茶を淹れ、客人である少年少女にそれを振る舞いヘリオスは向かい合うようにソファーに腰を下ろした。


「ルルカリカと申したな?」

「はい。宰相様」


 12歳とは思えないほど確りとした返事だ。

 ただ彼女の出自はかなり怪しい。関係者が死に過ぎている。


「ルルカリカよ。君は王女様をどう思う?」

「どうとは?」

「そうだな……」


 軽く目を見開いて質問する少女に、ヘリオスはわざとらしく顎に手をやる。


「暗殺し甲斐があるとか?」

「難しいですね。あの人は底を見せていないので」

「……」


 どこか合点が言った様子で、ルルカリカはセンターテーブルに置かれているティーカップを手にした。

 美少女であるのでその仕草が生えるが、何処か作り物の違和感を感じさせる。


「私は王女様の暗殺を目論んで送り込まれた刺客ではありません」

「それを信じろと?」

「はい。それに私の狙いは王女様ではありません」


 軽く紅茶で水分を得て、少女はカップを戻すと隣に居る少年の腕に抱き付いた。


「私はフロイの傍に居たいのです」

「……」


 周りの視線など気にせずに全力で抱き付く少女に、ヘリオスは深く息を吐いた。


 少なくとも今その少女が抱き付いているのは王女様の騎士である。

 何よりフロイですら出自が不明でそれを問題視している貴族も多いのだ。

 最悪はトルド男爵の養子にすると言う手を考えているが、それまでに少年が本当に王女に害をなす存在で無いと実証しなければいけない。


 頭痛の種が多いヘリオスに、左腕に少女を纏わり付かせたフロイが軽く笑った。


「宰相様」

「何か?」

「ルルカリカはリアナ王女に害をなしません」

「根拠は?」

「彼女は亜人です」

「……」


 頭痛の種が一つ増えた。

 キリキリと痛む頭に、額に手をやりヘリオスは今一度言葉の意味を精査する。


「冗談か?」

「ルカ」

「は~い」


 口調が変わり少年の腕に抱き付いていた少女がふわりと宙に浮かぶ。違う。彼女の体から蔦状の植物が生えてフロイの体に巻き付いてそれを支えに浮かんでいるのだ。


「彼女はどうやらドリアード。それも神代の時代から存在する上位存在です」

「……」


 若かりし頃に冒険者をしていたヘリオスは、獣人やドワーフ。エルフなど一般的な亜人は多く見たことがあった。

 だが流石に半精霊とも呼ばれる種族を見るのは初めてだ。


 警護についているヘリオスの部下たちもどう反応すれば良いのか分からず自然と剣に手を置く。

 斬って斬れるのか分からないが、それでも必要ならば宰相を護らなければならないのだ。


「宰相様に出会う前に山を彷徨っていた時に目を付けられたらしく、こうして追いかけて来て憑りつかれています」

「酷いな~。手伝いはしてるよ?」

「そうだな。って吸うな」

「え~」


 精気を軽く吸って怒られたルルカリカは、軽く頬を膨らませると蔦を戻してまた彼の横に座った。

 もう正体は晒したからと蔦を伸ばしてティーカップを掴んで口元に運ぶ。


「私は知らぬ間に変な薬でも飲んだのか?」


 一瞬現実を拒否したくなったヘリオスは、目頭を押さえて天井を見やった。


「自分もそうなら助かるのですが、こうやって憑りつかれてます」

「だから酷いな~」


 蔦を伸ばしてカップをメイドの元に運びお替りを催促する。

 怯えたメイドは慌てて紅茶の支度を始める。


「王女様は知っているのか?」


 何より重要なのはそれだと言いたげにヘリオスは口を開く。


「案ずるなヘリオス。所詮ドリアードなどただの植物よ」

「え~」

「王女様」


 不満げな声を上げるドリアードを無視し、ヘリオスは急いで立ち上がる。


 ツカツカと無断で宰相の執務室に侵入して来たのは王女のリアナだ。

 彼女は途中にある花瓶を掴むと花を抜いてヘリオスの部下に押し付けソファーまで来る。


「植物に紅茶など勿体無い。これで十分よ」

「確かにね~」


 受け取った花瓶に蔦を伸ばして水分を得る。

 そんなルルカリカの様子を確認し、リアナは黙ってドリアードとは反対側のソファーに自分の尻を押し込んだ。

 真ん中に居るフロイは仕方なくルルカリカの首根っこを掴んで持ち上げると、彼女の位置をずらして王女様が座れるスペースを作った。


「今回の件ではその植物は良く働いてくれた。褒美を取らせて良いほどにね」

「だったら~」

「植物には肥料で十分ね。あとで馬糞を大量に与えるように」

「いや~。せめて牛にして~」


 違いは分からんが牛糞の方が良いらしい。

 リアナが背後に居るメイドに何やら指示を出している様子から、本当に準備してくれそうだとフロイは理解した。自室が臭くならなければと願いつつ。


「ヘリオスよ」

「はい。王女様」

「貴方は父と同じで、わたしのことを可愛がり過ぎるのです」

「……」


 その言葉にヘリオスは渋い表情を浮かべる。


「確かに母のこともあって2人が不安に思っていることは深く理解しています。けれど過保護すぎれば良いと言うものでも無いでしょう? わたしは学院ではこうしてフロイと植物に護られています」

「名前で呼んで欲しいな~」

「花は花。木は木。植物は植物でしょう?」

「哲学だね~」


 たぶん違うが当事者以外全員が無視した。


「重ねて言います。わたしだって少しは年相応の娘のように色々と楽しみたいのです。この城に居ればそれも叶いません」

「ですが」

「過保護は止めて」


 言葉を続けようとする宰相をリアナは制する。


 リアナはソファーから立ち上がると、フロイの腕を掴んで無理やり立たせようとする。

 しばらく抵抗を見せたフロイだが、両手で全力で引っ張る相手の様子に渋々従う。


「リアナ様」


 それでも引き留めようとする宰相にリアナはその顔を向けた。


「心配は要りません。彼が居ればわたしは簡単にはしにません。それに」


 ギュッとフロイの腕に抱き付いて王女は笑う。


「折角の休みなのです。将来の伴侶と過ごす楽しい時間を奪うでない欲しいわ」


 告げて少年を引き摺って歩いて行く王女の姿と、ちゃっかり新しく入れられた紅茶を飲み干して立ち去る亜人の少女を見つめ……ヘリオスはキリキリと頭が痛むのを感じた。




(c) 2020 甲斐八雲

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