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初手 ⑦

 やるならここしかない。


 黒い布を顔に巻いて彼は懐に入れていた短剣を握る。

『もう十分でしょう』と他の教諭たちは明日の昼にでも帰ろうと話し合っているのだ。

 今日で4日目。これ以上の時間稼ぎは不可能だ。


 小川で遊んでいる状態なら駆けて行って短剣を振り下ろせばそれで終われる。

 後は足を止めずに駆け抜けてそのまま逃げ去るしかない。

 職を捨てることになるが、報酬は得られる。そう言う約束だ。


 グッと前傾姿勢になって駆けだそうとした彼は、横合いから突き出された物に足を取られて転がった。


「覗きの割には物騒だな?」


 何が起きたのか理解出来ずに、懐の短剣を掴んで顔を起こした彼は見た。

 スラッと剣を鞘から抜く少年の姿を。


「待ってっ」

「済まんな」


 容赦や情けなど前の時代に捨てて来た。

 迷わず剣先を相手の首元から胴体の中へと押し込む。

 上から下へ……内臓を壊して剣を抜く。


 ブンッと払って血糊を飛ばし、フロイはダクダクと血を溢れさせる遺体の足を掴んで茂みに放り込んで隠す。

 野生の動物……特に熊も居るから拾って運んで行き隠すことが容易に想像出来る。


「全く……」


 息を吐いてフロイは遠くで水浴びをしている暢気な女子たちの姿を眺める。

 ただどれもまだ青すぎる果実だ。見てて特に興奮することも無い。


 剣を鞘に戻してフロイはその場を離れて改めて待機する。

 隠れている人の気配は無いから問題はないはずだが、それでも警戒し……女生徒たちが野営地に戻るまで確りと護衛をした。




「何か騒いでるわね」

「そうだな」


 水浴びを終えて戻って来た女子生徒の後から音を立てず現れたフロイは、先頭を行くリアナの傍に移動する。

 野営地では教諭と誰かが言い争っている様子だが、教諭の話し相手の声を聞いてフロイは剣から手を離した。


「知り合いだ」

「そう。ならテントに居るわ」

「そうしてくれ」


 ルルカリカを護衛に魔王女をテントに戻し、フロイは騒ぐ教諭の元へ急いだ。


「師匠」

「フロイか」


 教諭と話し合っていたトルドに駆け寄り、彼は黙って一礼をする。


「何かあったのですか?」

「宰相様からの命令でお前たちの護衛だよ」


 馬を降りている彼は、そう言うとガリガリと頭を掻いた。


「何でも予定にない護衛無しの校外実習を強行したとかで王都の方で問題になっている。

 それで何かあると問題だからと俺たちが急ぎ派遣された訳だが、途中で襲撃に遭ってな? 騎士共が少々血走っている」

「そうですか」


 だから数人の騎士が向こうで伸びて仲間たちに傷の手当てを受けているのだ。

 騒いだ騎士を殴り飛ばすことに師であるトルドは躊躇しない。そう言う人だから武芸師範をクビになったとも言える。


「それで自分たちは撤収ですか?」

「まあ明日で良いだろう。馬を休めたいしな」


 告げて彼は騎士たちに食料調達と馬への給水を命じた。


「とりあえず弟子よ」

「はい」

「説明しろ」

「分かりました」


 師匠に首根っこを掴まれ、フロイは自分たちが使っているテントへと移動した。




「初めまして王女様。自分が先代の武芸師範を務めていましたトルドにございます」

「初めましてトルド男爵。貴方の武勇は父である国王陛下から良く聞かされています」

「それは何ともお恥ずかしい」

「いいえ。大層お強いそうで」


 テントの前で焚火の準備をしていた2人はやって来た2人の男性を出迎えた。

 クスリと笑い王女としてそれらしく振る舞うリアナは、猫のように首根っこを掴まれている自分の騎士を見る。


「それでわたしの騎士が何か?」

「いいえ。王女様の騎士として立派に仕事をしていたようなので褒めていた所です」

「……変わった褒め方ですね」

「ウチではいつもこんな感じですとも」


 解放されたフロイは大きく息を吐いて服を正す。

 面倒を避けるためにテントの中に引っ込んだルルカリカが腹を抱えて笑っているのを確認し、フロイは黙って後で仕置きをすると誓った。


「それで急のご来訪、何事でしょうか?」

「はい。実は王女様に対して良からぬ企みを命じた者が居まして」

「そうですか。学院に手出しできる者で今一番焦っているのは……内務副大臣かしら?」

「誰が命じたのかはヘリオス様が調査中です」


 恭しく一礼をし、トルドはリアナを見る。

 生まれてから王都を離れ転々とヘリオスが準備した安全な場所を巡る生活を送っていた彼女と逢うのは、乳飲み子の時以来であった。


「わたしに母の面影でも?」

「はい。ですが王妃様の方がもっと優しい御方だったと」

「褒め言葉として受け取っておくわ」


 自分が優しくないと言われたがリアナはその無礼を許した。

 実際にリアナは敵対するなら相手を滅するくらいのことを顔色一つ変えずにやれる。元が魔王だっただけに、彼以外の人に対する情の念は薄いのだ。


「王女様」

「何かしら?」

「我が不詳の弟子の仕事はどうだったでしょうか?」

「悪くなかったわ」


 クスリと笑いリアナは笑みを浮かべる。


「わたしに害をなす存在を秘密裏に処理し、ちゃんと食事の準備までする。夜もほとんど眠らずに明け方に少しの睡眠で過ごすなんて……だいぶ無理な鍛え方をしたのかしら?」

「ええ。我が国に古くから伝わる勇者に課した鍛練法にございます」

「ならこのままフロイを鍛えれば彼は勇者になるのかしら?」

「それは無理でしょう」


 静かに頭を振ってトルドは息を吐く。


「先代の自称勇者が誕生してからもう700年。何より勇者を告げる聖職者がもう居りません」

「そうだったわね」


 そっとリアナはその目をフロイへと向けた。


「教会が神に捨てられてからもう700年……神はどうして人を見限ったのかしら?」

「さあ? 自分にはそんな難しいことは」


 頭を下げて会話を終えるトルドを見送り、リアナはそっとフロイの腕を捕まえた。


「聞きたいことは王都に戻ってからね」

「卑怯だな。魔王女様は」

「うふふ。これは交渉よ」


 クスリと笑い彼女は掴んでいる腕を支えに背伸びをする。

 スッと彼の頬に唇を押し付けて顔を離した。


「わたしの騎士である貴方に特別な褒賞よ」

「……褒賞と言うより呪いの類に思えるんだが」


 こちらを見ている学院の男子生徒の視線がより険しくなったのを感じ、フロイは心の底からため息を吐き出した。




(c) 2020 甲斐八雲

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