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初手 ⑥

 話が違う。

 彼は日々順調に進む授業風景を見つめ焦っていた。


 本来ならベテランの王国兵がサポートをすることを強引に高学年生がフォローする形に変更した。

 結果としてそれは良い方向に出ている。


 初学年生たちは高学年生たちの様子を観察し、見よう見まねで必死に技術を習得しようとしている。

 高学年生たちも頼れる大人が居ないことから初学年生を護り、見本になろうと立ち振る舞っている。


 近年稀に見るほど良い授業風景だ。

 当初反対していた教諭たちも今になって両手放しで褒めて来る。


 それでも予定が違うのだ。


 この場には魔物が居て生徒たちが襲われるはずだった。

 場が混沌とすればこっちの物……そこで王女を暗殺しても死体は魔物が食らうはずだった。


 だが魔物は居ない。野生動物が日々の糧として狩られている。


 万が一の為に別動隊も控えているはずだ。

 その者たちが王女の護衛である騎士を始末するはずが……その騎士は日々獲物を狩って来ては周りから教えを請われ獲物の解体の仕方を教えている。

 12歳の少年とは思えない鮮やかな手つきで綺麗に解体するのだ。


 厄介なのは王女の傍に常に居る次席特待生の少女だ。

 とにかく野草に詳しく食べられる草から毒草までその全てを把握している。手違いを装って毒草を食材の中に混ぜておいても摘み取って焚火の中に放り込む。


 このままでは校外実習が無事に終わってしまう。

 それはそれで本来は良いことなのだろうが、このまま帰れば自分の首が危うい。文字通り物理的な意味で。


《どうにかしないと》


 焦る彼は自分が要注意人物に見張られていることに気づいていなかった。

 ただの教諭でしかない彼は、自身が犯した横領をネタに脅されているに過ぎない普通の人間なのだ。

 元とは言え勇者として吐いて捨てるほど性根の腐った人間を見て来たフロイからすれば、その背に『私が内通者です』と看板を背負っているほど見つけやすい存在だった。


「フロイ」

「ん?」

「水浴びがしたいから」

「女子を集めて行って来い。見えない所で警護もするし、何よりルルカリカが居れば問題無い」

「……」


 ブスゥーと頬を膨らませて拗ねだした魔王女を放置し、フロイは一応ルルカリカに野営地の周りを調べさせた。




 本当にクラスの女子を誘いリアナは小川へと来た。

 勿論その中にルルカリカも居て、彼女は小川の縁でポイポイと服を脱ぎ捨てるとさっさと水に浸る。


 周りの様子を気にしながら服を脱いだ女子たちは各々小川で体を洗い出す。

 全員が12歳と言うこともあって極端に特徴的で目を引くような部位は無い。まだ皆が平等な……そんなギリギリの状況だ。


「リアナ様ってフロイ君とどう言う関係なんですか? 主従と言うにはどこか距離が……その~」


 ある意味で勇者の少女がその質問を口にした。全員がしたくて言い出せなかった質問をだ。


 校外実習の間、流石に孤高のお姫様をしている訳にもいかず……リアナはクラスメイトのみと交流するようにした。

 他クラスまで手を伸ばすと面倒だし、何より近寄れる人間の数は極力抑えたい。


 一応宰相ヘリオスの調査に狂いが無ければ、クラスメイトの女子の中に暗殺者の類は居ないはずだ。むしろクラスの中で怪しいのは、自分の騎士であるフロイと彼の供であったルルカリカだ。


 あの植物の経歴は謎が多いのだが、何故か隠居した有力な商人の後妻の連れ子として認知されている。その商人は高齢でボケているし、後妻は嫁いでから間もなく誤って毒キノコを食べて亡くなっていると言う。

 誰が犯人かは調べる必要も無いが……証拠が無いから事故で片付いた。


 そっと体を拭いていたリアナは石に腰かける。


「あれはわたしの許嫁よ」

「「えっ?」」


 全員の表情が固まった。


「そうしようとしているんだけど周りの反対が酷いの」


 そっと体を拭いていた布で目元を隠してリアナは肩を震わせる。


「わたしは王都に来る時に彼に救われた。唯一わたしを救ってくれたのがフロイなの。だから強い運命を感じたわ……でも周りは彼が強いからわたしの傍に置きたくないの。わたしを殺せなくなるからっていう理由で」

「「……」」


 絶対に聞いちゃいけない話だと全員が理解する。

 理解はしても話している本人が口を閉じない。何より話を止めるような無礼を働けない人物だ。


「だからわたしはフロイが成人したら彼に嫁いで田舎でひっそりと暮らすわ。それまでにフロイには最低でも伯爵くらいまで出世して貰わないと」


 彼が騎士爵であり王女の騎士であることはクラスの全員が知って居る。

 だが騎士が伯爵になるのは簡単なことではない。


 涙はどこかへ消えたのか、ニコリと笑いリアナは周りのクラスメイト達を見つめた。


「皆さんも良ければ、わたしたちを助けて頂けますか?」

「「勿論ですともっ!」」


 全員がそう答えるしかない状況を作り、協力者を増やす。

 それがリアナが得意としている方法であり、こうして彼女は同性のシンパを増やして行くのだ。


《勇者もとんでもないお姫様の飼い犬になったね~》


 顔の半分まで水に浸りながら、ルルカリカは手下を増やす王女様の姿を見つめていた。


《もうあれは王女と言うよりも支配者だ。って元は魔王だっけ……なら仕方ない》


 ザックリとした説明だと勇者と魔王は共に1,000年後となるこの時代へと時間を飛び越えて来たらしい。仲間だった魔女がそんな魔法の研究をしていたが……成功したのかは分からない。何より彼女はもう居ない。


《勇者は昔っから変な異性に好かれるからね~。もう才能だろうけど》


 自分のことを棚に上げ、ルルカリカは何とも言えない視線で魔王を見つめる。


 聖女も魔女も能力に優れた人間であった。

 性格は……余りにも酷く、あれを扱えたのはひとえに彼が"勇者"だったからだろう。今にして思えば本当に酷いパーティーだった。


《……今も変わらないか》


 ブクブクと泡を出してルルカリカは水の中に潜る。

 今のパーティーも中々に酷いが、ルルカリカからすればとても居心地の良い感じではあった。




(c) 2020 甲斐八雲

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