遭遇 ①
《……空か?》
ゆっくりと開いた瞼の先に見えたのは透き通るような青い空だった。
大きく息を吐いてまず自分の体の具合を確認する。汎用スキルの自然回復が働いていれば傷は全て治っているはずだ。
供の1人は彼のスタイルを『不器用すぎるでしょう?』と言っていた。
でも戦場で生き残る秘訣は最後まで立って戦えることだと教えられた。そう彼に教えた老神官戦士は、それを自身の体で実証してみせた。
襲い来る魔人の手下を相手に、自身に治癒魔法を使い続け……気力と体力が尽きるまで戦い続けたのだ。
両腕を失いそれでも魔物に噛みついて戦い続けていた老神官戦士を見て、彼は自分の戦い方を決めた。正直格好良いとすら思えたのだ。
もう少し救援が早ければ老神官戦士は命尽きることは無かったかもしれない。でも老神官戦士は本当の意味で命尽きるまで戦う見本を彼に示してくれた。
《動く》
両手も両足も確りと感覚がある。
体を起こして辺りを見渡すと、どうやら魔王城では無いらしい。
何より建物の中ですら無いのだから。
『最後のあの魔王の魔法は何だったのだろうか?』今となれば分からない。
体を起こして辺りを見渡すと……剣が無かった。
あのドワーフの偏屈王から『借りた』物だけに後でどんな皮肉を言われるか分からない。少なくとも小言の1つは言われるはずだ。
ボロボロに砕けた鎧は用をなしていない。服も酷い有様でとても着られない。
適当に襤褸切れになっている服を身に纏って気づく。『腕や足はこんなにも細かっただろうか?』と。何よりこんなに短く無かったはずだ。
慌てて確認したら理解した。理解は出来ないが分かった。
体が小さくなっている。たぶん少年時代……彼がまだ教会に預けられる前の頃の姿だ。
「何で?」
疑問はいっぱい湧くが、今は身の安全を確保することが大切だ。
彼はバラバラに砕けた鎧の一部を掴みそれを石に擦り付けて穂先にする。次に適当な枝を探し、余分な葉を落として棒にして服の一部を切り取って縄を作る。後は穂先と枝をくっ付ければ槍の完成だ。
武器があれば少なくとも戦うことは出来る。
次に彼は両目を閉じて自分のスキルを確認する。変わらず2つだけだが、熟練度が無くなっていた。
「最初からか……」
苦笑と一緒に愚痴がこぼれた。
魔王と戦うために結構無茶をして実力を伸ばした。何度も死んだと思う様な戦いを繰り返した。それを最初からまたやれというらしい。
一瞬彼は視線を空に向ける。
《もし神様とやらが居るのなら……これは酷過ぎやしませんか?》
あの魔王相手に一騎打ちまでしたのだ。少しの愚痴ぐらいは神様だって許してくれるだろう。
何よりその存在が彼を"勇者"としたのだから。
まずは飲み水と食料の確保の為に彼は歩き出した。
一応何かに使えるかもしれないから鎧の破片は大きい物だけ回収しておく。場合によってはまた削ってナイフの代わりにするかもしれない。
歩きながら彼は今一度あの日のことを考えた。
両親を流行り病で失い教会に預けられた日のことを。
「孤児であるクロイドよ。お前は神の前で跪き神の加護を受け入れるか?」
「はい」
それは儀式だった。
孤児となった彼を教会が保護するという……建前上の儀式だ。
こうして教会は孤児を救い育てているとアピールして金を集める材料にする。
集められた孤児はまとめて育てられ、大半は神官戦士となる。魔力がある者は神官となり、もっと上の地位を望むことも出来るだろう。
だけど農家の息子だった彼は学も無い。良くて神官戦士だ。
「ならば跪いて神の祝福を」
「はい」
指示通り彼は司祭の前に跪く。
後は司祭が持つ水晶の付いた杖で彼の肩を叩けば儀式は終わる。
そのはずだった。
「なんとっ!」
驚きの声を上げたのは司祭だった。次いで参拝者が声を上げる。
跪いて前を見ていた彼は、その変化に気づくのが遅れた。
背後から照らす七色の光に慌てて振り返ると、司祭が持つ杖の水晶が七色に光っていたのだ。
何が起きたのかは分からない。だが周りの大人たちは理解していた。
1人1人と立ち上がった参拝者たちが、彼に向かい跪く。
理解出来ずに呆然とする彼に感極まった声で司祭が吠えた。
「今ここに我らが神がこの者を勇者と認めた!」
「「おおっ!」」
地面が揺れたのかと思うほどに大人たちの声が響いた。
『勇者? この俺が?』
偽りのない正直な彼の気持ちがそれだった。
「司祭様」
「案ずるな勇者よ!この私が主を神に変わり立派な勇者としようでは無いかっ!」
その宣言により彼は勇者として育てられることになった。
後に彼が知った話では、勇者を育成した教会関係者はその功績を得て教会内で高い地位を得ることとなる。司祭は運良く勇者と言う当たりを引いて出世したのだ。
だからだろう……司祭は勇者の教育を神官戦士たちに任せ丸投げした。
出世することばかりに目を向け、勇者の教育など彼からすればどうでも良かったのだ。
故に勇者が司祭から学んだのは『勇者を見つければ出世が出来る』と言うことぐらいだ。
戦い方から文字の読み書きなどは、勇者と一緒に魔人と戦い死んで行くこととなる神官戦士たちが教えた。正直に言って勇者が教会や神様に感謝するとするならば、彼ら神官戦士たちに出会わせてくれたことぐらいだ。
彼ら神官戦士たちこそが勇者の家族であり、兄弟であり、仲間だった。
不意に血肉の臭いがして彼は足を止めた。
辺りを見渡し耳を澄ますと……間違い無く剣劇の音が響いている。
彼は自然と走り出していた。
少年の体となり、スキルだって最弱になっているが……それでも彼に色々と教えてくれた者たちは、困っている人を決して見捨てたりはしない。どんなに傷を得ていても歯を食いしばり戦う人たちだった。
だから彼も迷わない。子供の姿であっても戦うことは出来る。
それで1人でも救えれば、死んだ神官戦士たちも笑って彼をまた迎え入れてくれるはずだからだ。そう思ったからだ。
《あそこかっ!》
足を止め彼は今一度確認する。山道らしき場所で馬車が襲撃を受けていた。
人と人との愚かな争いだ。
どちらを助けるのか迷う彼の耳にそれは届いた。
馬車の中から聞こえるのは……少女の、今にも泣き出しそうな少女の悲鳴だった。
彼は駆け出していた。迷う必要はない。
弱き者を助ける……それが神官戦士の教えだからだ。
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