初手 ⑤
「このようにして火打石を使い火種を作る」
「「……」」
教諭の説明を、新入生たちは鬼気迫るほどの表情で真剣に聞き入っている。
馬車移動の時に節約して食料を残していたり、保存食を隠し持って来た者たちはまだ余裕があるが、今日中に食料を得られないと困る者も多数居るのだ。
だからこそ全員が真面目なのは、ある意味で良い教え方なのかもしれないとフロイは思い眺めていた。
「それで魔王女様は講義を聞かなくても?」
「……魔法使いに火起こし?」
ポッと指先に火を灯したリアナが、それをタクトのように振るって消した。
「ちなみに全属性を使えるわたしは物理攻撃以外は無敵よ」
「あっそう」
ナイフで枝を削りフロイは簡単な杭を作っていた。
「それで貴方は何を?」
「昨日今日と肉とスープだと飽きるだろう?」
「そうね」
「だから別のものを狩る準備だ」
言って出来た杭を適当に束ねて横に置く。
リアナもその隣に腰かけて……少し甘えようと相手の肩に顔を寄せたらかわされた。
「普通避けるかしら?」
「普通こんな場所で寄りかかるか?」
「良いのよ。周りの馬鹿共が貴方に嫉妬してくれれば、わたしが楽だし」
「俺が苦労するんだがな」
計算なのだろう。彼女は常に自分が楽になるようにし、フロイに厄介事を押し付けて来る。
今ならばこれぐらい苦にも思わないが、余りに視線が集まり過ぎるとそれは辛い。
「それにあの植物も居るでしょう?」
「ルカか」
「ええ。ああ見えてあの子新入生の男子の間だと人気らしいわよ」
「あの食人植物がか?」
見た目だけで彼女が恐ろしい存在であることを知るフロイは苦笑した。
その昔ふらりと訪れた街で人の精気を吸い尽して住人全員を皆殺しにした化け物。
討伐の依頼を受けて出向いた勇者が捕らえたのが……ドリアードのルルカリカだった。
『お腹が減ったの』と言う彼女は何処に行っても"亜人"だと言う理由で迫害された。
水と日光だけで暮らせる彼女なのに……何故か空腹が止まずについ人の街で精気を食らったのだと言う。
ずっと1人で生きて来たと告げる相手を勇者は拾い自分の供にした。
彼女を生かすために出した条件は『自分以外の者から精気を吸わないこと』だ。彼女はそれを護り、いつしか空腹を訴えることは無くなった。
『彼女は飢えていた。人肌や会話にね』と仲間の魔女は言っていたが。
「あれは見た目に騙されると食われるぞ?」
「大丈夫よ。わたしは倒せるし……何よりわたしが死ねば貴方も死ぬと知って、大変従順になったわ」
「凄い殺し文句だな」
律儀な彼女はそれを護っているのだろう。
自分以外の者から精気を吸おうとはせずに。
「今度条件を見直さないとな」
「ん?」
「俺が死んだらあれは精気を吸えなくなる」
「良いじゃない。その時は貴方の墓の傍に根を下ろして植物として生きることを選ぶわよ」
植物として生きる……それはどるあーどの終焉を意味する。
普通に木となり自然に帰るのだ。
「ただいま」
「どうだった?」
「今日は果物で」
胸いっぱいに果物を抱えて戻って来たルルカリカは、フロイの前に座るとそれの選別を始める。
替わりに今度はフロイが立ち上がり軽く背伸びをした。
「なら狩りをして来る。護衛は任せた」
「は~い」
2人に背を向けて歩き出したフロイは、軽く手を振り木々の間に姿を消した。
「良いか。ここに来た学院の生徒を捕え脅迫し、あの王女の騎士をおびき出す」
水場となり得る小川で黒装束の者たちが話し合いを続ける。
「いくら腕に自信があっても我々が全員で殺到すれば子供の騎士など簡単にっ」
説明をしていた男が胸を押さえて膝から崩れる。
何事かと男を見た者たちは視界にそれを捕えた。彼の後ろに音も立てず姿を現した少年の顔を。
「魚を取るのに邪魔だ」
背後から心臓をひと刺しした剣を振るい、フロイは残りの男たちを見る。
「面倒臭いから周りを巻き込むな。それと黙って死ね」
剣の刃がきらめいて……黒装束の死体が増えた。
本来ならこんな斬り殺す方法を好まないフロイだが、人の物でも血肉の臭いが広がればそれを食おうと獲物が集まる。
罠を2つも仕掛けるのも面倒なので、そのまま魚取りの罠を作りながら待っていると……灰色の熊が姿を現した。
「グルル……」
「熊肉は意外と臭いがな」
熊肉は美味いのだが独特の臭いがある。それをあの魔王女様は嫌う可能性がある。
突進して来る熊を横移動で回避し脇の下から心臓を目掛けてひと刺しした。それで熊は動きを止める。
首を落として血抜きをしながらしばらく待つが……今日の肉は熊と人とで終わりそうだ。
仕方なく人の方は適当に引き摺り茂みに投げ込んで隠した。
熊は血抜きを終えてから解体して肉を葉で包む。
余った骨と内臓はそのまま自然に返して肥料にする。
次は小川で魚を狙う。川の両端に杭を打ち込み蔦で編んだ袋の口が開くように左右の杭に固定して、フロイは上流に移動して適当な木の枝で水面を叩きながら下流に向かう。
しばらくそんなことをして罠まで歩くと、蔦の袋の中に川魚が数匹入っていた。
《狩りなんて難しく考えずに実行すれば意外とどうにかなるんだけどな》
魚の腸とエラを取り、エラを取った場所から口に向かい蔦を通す。ついでに熊肉も抱える。
罠はそのままにしておけば誰かこの場所に来た者が運が良ければ魚を得るかもしれない。これぐらいのおこぼれなら実習の妨げにもならないはずだ。
そう思いフロイは荷物を抱えて小川を後にした。
「水は?」
「忘れてたな」
「準備はしておくから宜しく~」
野営地に戻ったフロイは荷物をルルカリカに預けまた小川へと戻る。
結果として一番に来た者の特権と言うことで罠の中の魚を回収し、試練の為にと罠を壊して野営地へと戻った。
決して腹いせの類では無い。たぶん。
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