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初手 ④

 校外実習は野外活動を念頭に置いた生きる術を学ぶ授業だ。

 新入生は基本的な知識を知識でしか持たない者が多く、結果としてテントを立てて薪拾いまで出来れば上出来な部類になる。

 毎年のことであれば経験豊かな王国兵がサポートに回るのだが、今年は教諭以外の大人は居ない。最上級生も自分たちのテントを立ててからどうにか薪と兎を得るので精いっぱいだ。


 早々に猪を得て解体し、肉を焼きながら香草のスープまで作っているフロイたちはこの中では異質だった。


「まだ?」

「生で良いなら食えるぞ」

「喧嘩売ってるの?」

「運が良ければ下らないさ」


 適当に鍋を掻き混ぜ、ルルカリカが拾い集めた香草を加える。

 野営に関して言えば勇者と呼ばれ祭り上げられてからずっとして来たことだ。下手に王家の晩餐などに呼ばれテーブルマナーやダンスを求められる方が辛い。


 慣れた手つきで鍋を掻き混ぜフロイは軽く笑う。

 焚火を囲って狩った獲物を調理して酒を片手に好きにする方が性に合っている。


「酒が無いな」

「森の奥の方に自然発酵したのがあるけど?」

「料理に使うんじゃなくて……まあ良いか」


 木皿にスープを盛ってフロイは王女様に手渡す。

 受け取ったリアナは渋い表情をしているが仕方ない。彼女は王女なのだから。


「こう言うのも久しぶりね」

「経験があるのか?」

「ええ」


 木製の匙を手にリアナは骨付き肉で出汁を取ったスープを啜る。


「魔王になる前は色々と苦労したから」

「そうか」

「と言うか生まれが低かったから上がり詰めるまでの苦労ね」

「自慢か?」

「苦労話よ」


 クスリと笑い、リアナはスープの皿を突き出して焼かれた肉を求める。

 枝に刺して焼かれていた物を取って、フロイは相手の皿に置く。それを匙で押さえて枝を抜いてリアナは齧り付いた。

 じゅわっと肉汁が溢れて香ばしい味が口いっぱいに広がる。


「……普通の猪よね?」

「ルカの特製香草ペーストだ」


 言われて視線を向けると、石で香草をすり潰しては肉に擦り付けては葉で包むを繰り返している少女が居る。


 彼女の場合は口から栄養を得ることもあるが、基本水分と日光があれば生きて行ける。

 ドリアードだったらどこに居ても死なずに長生きできると揶揄される理由がそれだ。


「ん~。明日からはもっとお肉に味がしみこむから美味しいよ」

「だ、そうだ」


 鍋を掻き混ぜて自分の分を掬って彼は火から鍋を遠ざける。


 ふとリアナはこちらに向けられている視線に気づいた。食料を得られなかった同級生たちが遠巻きにこっちを見ている。

 たぶん全員が保存食の1つぐらい隠し持って来ているはずなのだが、肉の焼いた匂いは強烈なまでに空腹を誘う。


「恵むのは良いが全員になるぞ」

「……」


 察したらしい彼が口を開いて来たので、リアナは興味を持って視線を向ける。

 自分の皿に肉を乗せ、彼は何処か呆れるように言葉を続ける。


「この校外実習は何日間と言う決まりが無い。教諭たちが『良いだろう』と判断するまで続く。つまりその間に獲物得られなければ、アイツ等は毎食こっちを羨ましそうに眺めて来ることになる」

「でもこの肉だってそこの植物のお陰でしょう?」

「ルカの能力だからな。それで獲物を得る……パーティーの分担作業だろ?」

「そうね」


 彼の言ってる言葉に間違いは無い。


「それに俺1人でもこれぐらいの獲物は取れる。どうせ明日からはルカをお前の護衛に置かないといけないから、俺1人で狩って来るようだしな」

「出来るの?」

「神官戦士を舐めるな」

「そう」


 少し冷えたスープを口にして、リアナは一息つく。


「貴方は勇者だと思ったけれど?」

「周りがそう呼んでいただけだよ」


 肉を齧ってフロイもスープを啜る。


「俺は自分が勇者だとは思ってなかった」

「ずっと神官戦士だと?」

「ああ。そうだ」


 後は特に会話も無く食事を終えて使った食器や道具を片付けて、フロイは2人をテントの中に押し込み自分は焚火の傍で薪を加えながら寝ずの番をする。


 食事に関してはほぼ無敵のルルカリカも何故か睡眠は必要とする。

 何より王女である彼女は魔法を使えるらしいが体力面では12歳の少女だ。無理などさせられない。


《死んだら俺まで死ぬとかイジメだよな》


 首輪に手をやり苦笑してからフロイは視線を上げた。


「何かご用ですか?」


 上級生らしき3人が目の前に来た。接近して来るのは分かっていたが、殺気を隠しもしない、放ちもしない素人が相手ならフロイは絶対に負けないと確信していた。


「どうしてお前のような野良犬が王女様の傍に居るんだい?」

「その王女様に拾われて飼い犬になったからだろう? そんなことも理解出来ないのか?」


 この手の難癖や皮肉は正直聞き飽きている。今で無くて過去の時代に嫌と言うほど聞いた。

『どうして孤児が勇者になど』と何度も言われたが、それを決めたのは自分ではない。

 だからこそフロイの返事には迷いがない。


「文句があるなら俺では無くて俺を騎士にした王女様に直接言え。今ならまだ起きているかもしれないから声をかければ返事を貰えるぞ?」


 告げて立ち上がる振りをするだけで、上級生たちは慌てふためいて逃げ去っていく。

 ただの騎士になら親の地位で文句を言えるが、王女相手には絶対に逆らわない。本当に情けない。


「……呼んだ?」

「小うるさい虫が絡んで来ただけだ」

「そう」


 テントの入り口から顔を出したリアナは小さく笑うとフロイを見た。


「わたしが貴方を逃がすことなんてしないから」

「……」

「わたしが死ぬまで傍に居るの。良いわね?」

「黙って寝ろ。この魔王女様が」

「うふふ」


 楽し気に笑って彼女は頭を引っ込める。


 焚火に薪を追加しながらフロイは思った。

 明日からは刺客と僻みが敵になる。本当に勇者をしていた頃よりも厄介だと……ため息がこぼれた。




(c) 2020 甲斐八雲

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