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初手 ③

「俺様はもう現役を退いているはずだがな?」


 王家所属の武芸師範を退いた時に全ての役職を離れ、後は男爵家に支払われる給金のみで生活していく。そのはずだったトルドは宰相ヘリオスに呼び出された。

 完全武装で登城するようにとの厳命だ。


「済まんな。頼れる将軍が居ない」

「俺様はもう将軍なんてものでも無いが?」

「一時的に現役復帰だ。陛下の許可も取ってある」


 馬上の将軍となったトルドは、友人から手渡された手紙を懐に押し込む。

 色々と細かい文言が書かれているのだろうが、現場に出る以上は気にしても仕方ない。


「それで何をすれば良い?」

「……せん滅だ」

「物騒だな?」


 慌てて騎士たちが準備をしているが、騎馬隊のみの構成から機動力重視らしい。


「王女様たちが狙われたか?」

「そう言うことだ」

「全く……だから学院になど入れるから厄介なことになるんだ」

「言うな。何より学院に口出し出来るとは思わなかった」

「となると……大臣クラスか」


 それは確かに厄介だ。

 学院に口出しできるのは正副の大臣クラス。現在強引な手段に出るのは、


「ナーベル内務副大臣辺りか?」

「たぶんな」


 確証が無いからヘリオスも断言はできない。


「あれが誰かに肩入れしているとか聞かないがな?」

「ああ。だがどうやらローラ姫を抱き込んだらしい」

「それでか。面倒臭い」


 王位継承権10位の姫を抱き込んだところで、残り9人を暗殺しなければ王位など程遠いのに。


「まあリアナ王女を始末した功績とローラ姫を息子の嫁にして、自身は内務卿の地位を貰うって寸法か」

「それか宰相の地位であろうな」

「譲ってやれ。宰相が如何に面倒臭いか分かってくれるぞ?」


『ガハハ』と笑ってトルドは手綱を操る。


「問題は俺様の可愛くない弟子が一緒に居るんだが?」

「分かっている。フロイが多少でも時間を」

「違うぞヘリオス」


 友人の言葉を遮りトルドは頭を掻く。


「たぶんあれが始末しているはずだ」

「そんな馬鹿な?」

「たぶんな」


 鼻で笑いトルドは馬の首を巡らせる。


「まあ後始末ぐらいはして来るから、あの馬鹿に褒美の準備でもさせておけ」


 馬の腹を蹴り走り出したトルドを追って、急ぎ準備をしていた騎士たち20人ばかりが動き出す。


 それを見送ったヘリオスは軽く天を仰いだ。

 あの少年はどうやら自分が思っている以上に化け物らしいと知ったのだ。




「校外実習が楽しみで先に来ていました」

「先にって……」

「ダメなのですか?」


 校外実習の場となるキャンプ地に辿り着いた学院の馬車を出迎えたのは、今年の新入生の1人でも有り次席特待生でもあるルルカリカだ。


 担当教諭が彼女に詰め寄り、余りにも無茶な言葉に頭を抱えている。

 人の足なら10日も掛かると言われる行程を、彼女は馬並みの速度で踏破したことになる。そうでなければ日数の計算が合わない。


「どうやってここに来たと言うのかね?」

「歩いて来ました」

「歩いてと言ってもだね?」

「なら親切な人に連れて来て貰いました」

「ならって……」


 もう滅茶苦茶だ。

 担当教諭との押し問答をしている姿を無視して、フロイは手早くテントを組み立てる。


 3人パーティーで登録しているフロイたちには規則通りに4人用の物が1つ提供されている。だがパーティー内には厄介な存在が居るので、フロイはテントを組み立ててもその中に入ることは出来ない。


「まだ?」

「……」


 荷物に腰かけて様子を伺う王女は、手を貸したりしない。

 1人でテキパキとテントを組み立てるフロイは、誰よりも早くに組み立て終えた。


「あ~これで休めるわ」


 そそくさと荷物を抱えてテントに入る王女を無視して、フロイはまだ押し問答をしている問題児に目を向けた。


「ルルカリカ」

「はい」

「薪拾いを頼む」

「ええ。では先生」

「待ちたまえ。まだ話がっ」


 決して終わらない話をまだ続けたかったらしい担当教諭から逃げ出し、ルルカリカは木々の中へと入って行く。ドリアードである彼女は木の中に入ればほぼ無敵だ。

 あっと言う間に担当教諭から逃れた。


「ちょっと夕飯を捕って来る」

「……」


 テントに声をかけるが返事は無い。

 入り口を少し開けて中を覗くと……魔王女様は荷物を抱いて寝ていた。

 騒がれるよりかはマシと、フロイは頭を掻いて木々の中に入る。


『そのまま真っすぐ』


 彼女の指示はいつも唐突だ。

 それでも確実なので歩いて進むと、全裸のルルカリカが待っていた。


「それでどうするの?」

「厄介なのは?」

「全部狩って森の餌にしたよ」


 魔物狩りはもう終了しているそうだ。


「なら夕飯だな」

「猪で良い?」

「それで頼む」

「は~い」


 返事は軽いが仕事は速い。

 遠くで『プギィ~』と声が響くと、ズリズリと何かが引き摺られる音が響いて来る。


 木に纏わり付く蔦が猪を運んで来るのだ。生き物のように蔦が動いて猪を引き摺る様子は、それを知らない物が見たら凶悪な魔物にしか見えないが。


「血抜きはお任せ」

「分かってる」


 手早く首を落として後ろ足に蔦を絡ませ引き上げる。

 抜け出た血はルルカリカが全て木々の養分にし痕跡を残さない。


 クルッとその場で回り制服を纏った彼女は、蔦が運んで来る薪になる枝を抱えた。


「はい薪」

「ああ。なら後は水だな」

「水源ならあっちにあるけど」

「けど?」

「誰か居る」

「……」


 たぶん魔物よりも先に欲しい話だったが、相手の性格を考えてフロイは無視した。


「初日から相手にするのも面倒だしな。ルカ? 水を作れたよな?」

「水を集める容器があれば」

「予備の鍋があるからそれで作ってくれ」

「は~い」


 フロイは猪を、ルルカリカは薪を抱いて木々の間から姿を現す。

 新入生たちはまだテント作りをしているし、上級生ですらようやく狩りの準備を終えている所だった。


「ねえフロイ?」

「ん?」


 チラッと彼を見たドリアードはクスッと笑った。


「昔だったらここに居る全員が尻を蹴飛ばされていたね」

「ああ。そうだな」


『何をゆっくり遊んでいやがるっ!』という罵声と共に振るわれる蹴りを思い出し、フロイは苦笑した。




(c) 2020 甲斐八雲

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