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初手 ②

 校外実習。


 新入生を王都から近い獣が多く住む森の傍に連れて行き、そこで野外生活をさせる授業だ。

 多くは貴族の子弟や令嬢である都合、ほとんどの生徒は野外生活などしたことが無い。

 それでも全員が協力して火起こし、水汲み、テントの設営から食料調達までする。


 普段なら退役したベテランの王国兵が護衛に付き、彼らが教官の替わりを務めるのだが……今年は最上級生がそれを務める。

 新入生にちゃんと指導できるかのチェックを兼ねているという話だが、フロイはそんな話など信じていない。


 たぶんベテランだと"狩る"可能性があるような何かを解き放つ気で居ると踏んだ。


「そんな訳だルカ」

「……いや」

「いいから矢になれ、飛んでいけっ!」

「いぃやぁ~!」


 無理やり相手を矢にしてフロイはそれを弓に番えて撃ち放つと、飛び出した矢は風を捕えて鳥のように飛んで行く。

 それを見送りしばらくのんびりと待つこととした。


 フロイが今居る場所は師に命じられて伐採し続けた林だ。

 学院が休みの日は、その場所で剣を振るって鍛練する。

 別に学院内でも構わないのだが、ここだったら小うるさい魔王女が湧いて出ない。


 彼女は学院に入る代わりに父親である国王と約束を交わしている。『授業以外で学院の外に出るのは城に行く時だけ』と。

 本人は大変不本意らしいが、その約束がある都合学院から出れない。何より一応王女としての仕事もあるらしく、今日は城へ戻り王女様をしているはずだ。


「空が青いな」


 らしくないことを呟いてフロイはそのままゴロッと横になった。


 前の時はこんな風に空を見上げている暇など無かった。鍛錬に次ぐ鍛練……そして実戦だった。

 野生の生き物を相手にすることから始まり、最後は魔人や魔物を相手にしていた。


 自分と一緒に戦った神官戦士の大多数が最後まで残ることは無かった。大陸の中央を抜けて魔人領域まで攻め……その行程で大半が死んだ。

 残った者は仲間と一緒に野営地に居たはずだが、魔人との戦いで生き残れたとは思えない。


《俺は何がしたかったんだろうな》


 巻き込みたくなかったから1人で行ったのに、結局誰1人として……例外を除いて全員が死んだはずだ。

 聖女テルザや魔女シャイナなどは四天王と呼ばれる強者を迎え撃ったのだ。無事な訳が無い。


「戻ったよ」

「速いな?」


 ニュルッと植木鉢に存在する芽から姿を現したルルカリカは相変わらず全裸だ。というか彼女は基本全裸だ。

 それでも人間領域での生活が長いから、人前では服を着るぐらいはするが。


「どうだった?」

「特に何も居なかったけど?」


 フロイの横にペタンと座ったルルカリカは見て来た感想を述べる。

 特に何もない。普通に木々が茂り、普通に生き物が居て、普通に魔物が居たぐらいだ。


「魔物が居たのか?」

「居たね。うん居た」

「そうか」


 体を起こしてフロイは立ち上がる。

 軽く背伸びをしてから準備運動をして腰の剣を手にする。


 入学祝いに師匠から貰った剣は肉厚の無骨な片手剣。

 斬ることを考えていない突くか殴る為の凶器だ。


「どうするの?」

「魔物なら問題はないな」

「良いの?」

「間引くなら行ってからでも出来るだろう?」

「……お腹が減るから嫌だけど」

「校外実習が終わってからなら吸って良いぞ」

「任せてっ!」


 やる気を見せてルルカリカは植木鉢の芽に戻る。

 彼女が消えてからしばらくすると、師であるトルド男爵が歩いて来た。


「遊んでいるのか?」

「相手が居ないだけです」

「そうか」


 ニヤリと笑い彼が背負っている両手剣を引き抜いた。

 こちらも肉厚で叩き切る武器の様相を見せている。


「死んでも恨むなよ……弟子っ!」

「はい師匠っ!」


 入学してから基礎練習である肉体作りが終わりフロイの鍛錬はより実践向けになっていた。

 実戦というよりも周りから見ればただの殺し合いにしか見えない風景であったが。




 移動は馬車だ。


 メイドが居ないことに不満も見せず、リアナは自分の荷物をちゃんと持つなどして行動している。

 ただもう1人の特待生であるルルカリカの姿が無い。学院の寮にも居らず、今回の校外実習は欠席扱いになっていた。

 普通なら問題になるが彼女は成績優秀の特待生なのだ。だから欠席で済む。


「ねえフロイ?」

「ん」


 馬車の最後尾……外が見える場所でリアナは自身の騎士である彼の隣に座っていた。

 男女を問わず周りの視線がフロイに突き刺さるが彼はそれを無視していた。


「あれはどうしたの?」

「あれなら先に行ってる」

「……先に?」

「ああ」


 視線を外に向けあくまで世間話な様子でフロイは言葉を続ける。


「事前にあれには実習先に行って貰って現地の確認をさせている」

「何か居るの?」

「魔物が数匹。問題は今回の移動に合わせて追加が居ると厄介だからな」

「そうね」


 ガタガタと揺れる馬車の中では流石に王女の特権も使えない。

 大人しく彼の横に座るリアナはふと思い出したかの様子で相手に寄りかかった。

 殺意が混ざる視線の数が増えたのを感じながら、フロイは胸の中で深く深く息を吐く。


「疲れたのなら隅で寝た方が良い」

「酷いのね」


 少し頬を膨らませてリアナは相手に増々寄りかかる。


「こうして甘えても良いでしょう? 一応婚約者のはずよ」

「一方的で誰の許可も取っていない死刑宣告だけどな」

「……その首絞めるわよ?」


 増々頬を膨らませ、体を離したリアナはそのまま彼と距離を取って眠り出す。


 馬車の御者は交替して運航しているのか一向に止まる気配は無い。

 荷台に居る生徒たちも1人また1人と眠りに落ちて行く。


 それでもフロイは決して眠らずにリアナの周囲を警戒し続ける。

 本当に勇者よりも厄介な立場になったと噛み締めながら。




(c) 2020 甲斐八雲

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