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初手 ①

「……おはよう勇者様」

「ああ」


 目を覚ましたフロイは体を起こす。


 本当に植木鉢を持って来て部屋に住み着いたルルカリカは、いつも通り全裸で椅子に座っていた。

 彼女の傍にある机の上にはどこにでも売っている植木鉢があり、そこに芽を出している何かしらの植物が彼女の一部なのだ。


 神代の時代から存在している精霊に人の常識など通用しないからフロイは特に何も言わない。

 そっとコップの水を鉢の植物に掛けてやるくらいだ。


「うふん……ゾクゾクする~」


 全裸で体を震わせルルカリカは椅子から立ち上がると、クルッと指を立てて振るう。

 それだけで彼女は学院の制服姿に変化した。


「便利だよな」

「服なんて大半が植物だから」


 鏡の前で出来栄えを確認する相手に視線を向けながら、フロイも着替えを済ませてた。


「なら教室でね」

「ああ」


 上着を着て視線を向ければドリアードはもう居ない。

 魔法とは違う術と呼ばれる物を使う彼女は、植木鉢に植えられた植物を伝って女子寮の自室へと移動したのだ。何でも特待生には個室が与えられるとか。


 羨ましい話だが、小さいが個室を得ているフロイとしては何も言えない。




「おはようフロイ君」

「ああ」


 クラスメイトに返事をしながら彼は窓際の自分の席に辿り着く。

 今朝も食堂で同学年や上級生からのひがみの言葉を頂きながら、代わり映えしない朝食を頂いた。


 それは仕方ない。

 諦めて椅子に座ると、キュッと首輪が締まった。


「挨拶が無いわ」

「ああ」

「……」


 ギュッと首輪が締まる。

 窓際の一番後ろの席に陣取る魔王女様は、今朝も機嫌が悪いらしい。

 理由は簡単だ。フロイが相手をしないから。


「おはよう。リアナ様。フロイ」

「ああ」


 シュッとした様子で教室に入って来たルルカリカは、2人に挨拶をするとフロイの横に座る。


 席決めはくじ引きのはずだったが、とても強い力が働いてこうなった。

 何故かリアナの隣の席は退かされ、代わりに常にメイドであるミオンがそこに立つ。

 王家の人間でもそこまでするのは……と思うが、彼女は王位継承権1位なのだ。誰も逆らえない。


「ねえフロイ」

「……」


 首輪の効果が得られないからと、リアナは彼が座っている椅子を蹴る。

 魔王女の構ってアピールのしつこさに息を吐きつつ、ふと自分の右手首に緑色の何かを見つける。辿るとどうやらそれはルルカリカの髪の毛のようで、彼女は少しだけ頬を緩ませていた。


 つまり吸っているのだ。


 ブチっと引き千切ってフロイはまた深く息を吐く。

 自分には安住の地は無いらしいと絶望を得ていた。




「パーティー?」

「ええ」


 昼食の為に食堂に行こうとしたが魔王女付きのメイドに妨害され、フロイは仕方なく自分の席に留まる。フロイが動かなければ特に動かないルルカリカなどは、いつもながらに水筒の水だけの食事とも言えない食事を摂る。


 メイドの手によりバスケットが机の上に置かれ、覗き込むとそこには丸パンとパンに挟む具材などが入っていた。割ったパンに具材を押し込んで簡易的な昼食を作る。


「お城で社交界か?」

「違うわ」


 リアナも同じ物を昼食にする。

 ただこっちはメイドがちゃんと切り分け挟んだ物を口にしているが。


「行動を一緒にする仲間よ」

「そっちか」

「それで一応この3人で申請しておいたから」

「……」


 半ばまで食べ終えたパンをゆっくりと噛んでから飲み込む。

 飲み水が無いことに気づいて、ルルカリカからコップを中身ごと強奪して一気に煽る。


「訳を聞こうか?」

「面倒臭いでしょう? 実力が違うんだから」

「言いたいことは分かった。ただ何で仲間など組む必要がある」

「……授業内容をちゃんと見なさいよ」


 リアナの指示でメイドがスッと授業のカリキュラムを差し出して来る。

 それによると校外実習などは複数人でのパーティーが義務付けられていた。


「流石に校外実習にミオンは連れて行けないから」

「俺とルカに護衛をしろと?」

「私は別に良いけど?」


 ルルカリカはあっさりと引き受ける。理由は簡単だ。


「どうせゆ……フロイも受けるんでしょう?」


 彼に拒否権が無いことを知るドリアードは、彼と一緒に居れれば文句を言わない。

 ミオンを封じていた期間は別として、ずっと森の中で過ごして来た彼女はとにかくフロイの傍に居て彼の精気を吸えれば文句を言わない。


 何より現在の魔王と勇者の関係を魔王女自らが、彼女に叩きこんだらしいので反発も見せない。


「受けると言うか……受けざるを得ないが正しいんだがな」


 腐ってもフロイは王女リアナの騎士だ。

 騎士である以上は主人を護らないといけない。


「問題は野外に出れば、襲撃者がご一同で来るぞ?」

「でしょうね」


 現在最も賞金稼ぎに狙われている存在……それが王女リアナだ。次点はフロイであるが。

 そんな2人が揃って学院の外に出れば『狙ってくれ』と言ってるような物だ。


「問題はそこじゃないの」

「なら何だよ?」

「次の校外実習……上級生と一緒に少し長い期間外に出るそうよ」


 丁寧に優雅に昼食を摂るリアナは、ある種絵になる。

 ただフロイは空になったバケットをルルカリカに預けて机に突っ伏した。


「誰の企みだよ?」

「知らないわ」


 口元をナプキンで拭きながらリアナは軽く肩を竦める。


「たぶん誰かが学院に働きかけて実習内容を変更したんでしょうね」

「それと一緒に実習の場所に厄介な"何か"を放つと言うことか」

「ええ」


 サラリと認めてリアナはメイドが淹れた紅茶を味わう。


「学院の生徒ごとわたしたちを始末するみたいね」

「そうかい」


 どうしてこんな厄介なことに……恨んでも仕方がな良いのでフロイはそのままふて寝をすることにした。




(c) 2020 甲斐八雲

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