入学 ②
『馬子にも衣裳だな』
背中を叩かれそう師匠に送り出されたフロイは、バスアム王国の王都を歩いていた。
真新しい服は王都に存在する学院の制服だ。礼服を参考に作られた服はシャツとズボン、上着が学院の指定となっている。女子もシャツとスカート、上着が指定されている。
それでもいつの世の女子は自分なりの特徴を出そうと頑張っている。ブーツや髪飾り等のアクセサリーには何の指定も無いので華やかだ。
フロイの履くブーツは軍用の無骨な物だ。と言うかいつ襲撃されるか分からないから出来れば鎧を着て居たいがそれは許されない。
《まあこれで奴隷から脱却できたし良しとするか》
別に木こりをしているのが嫌な訳ではない。師匠が指定した範囲の伐採が終わってしまったから最近は延々と畑仕事を手伝っていたのだ。
朝から晩までクワを手に畑を耕し、ほとんど農奴だったが。
《にしても》
周りを歩くのは自分と同じ12の男女だ。やはりまだ子供っぽさが前面に出ていて、緊張感は感じられない。
3年間の学院生活で一人前になるべく教育を受けると言うが、どうも怪しい。
平和と言えば平和なのだろう。人と人とが争っているのだから。
腰に下げている片手剣を確認し、フロイはようやく見えた学院の正門を見た。
ここに来るのは二度目だ。一度目は試験日だった。
一応実技と学力の試験を受けるのだが、どちらかが合格点に達していれば入学することが出来る。
フロイは剣の実力で合格を得て、学力試験は寝て過ごした。
ただし学院は学力の方を重んじるので、学力試験の上位者が栄えある優秀な特待生として扱われるのだ。
ちなみにフロイがその事実を知ったのは、試験を終えて師匠の家に帰宅してからだ。
師であるトルドも『俺様も後で知ったんだ。知っていれば起きて試験を受けたさ。まあ俺様は剣が優秀だったから特待生共を全員打ちのめしてやったがな!』と笑っていたが。
正門を潜り上級生らしい者たちの声に耳を傾ける。
どうやら試験番号で教室分けが行われるらしい。
懐からよれよれの試験番号票を取り出し、看板で掲げられている数字を見る。
《ここか》
周りはまあ普通の者たちばかりだ。フロイのように腰に剣を下げている者も居れば、槍や弓など得意な獲物を持っている。
数人杖を持っている者も居たが、やはり魔法使いは1,000年経っても少ないらしい。
「もう一度説明するが、今ここに居る君たちはこの仲間たちと3年間をここで過ごすことになる」
定期的に高学年生が説明しているらしく、フロイは彼の言葉に耳を傾けた。
「一度決まったこの仲間は決して変更はない。3年間一緒に学び一緒に戦う」
何人か『あっちに友達が居るのに~』と不満の声を上げるが、それは仕方ない。学院は学ぶために来るのであって遊ぶために来るのではない。
特に知人の居ないフロイとしてはどうでも良い話だ。
「入学式が終わったらここに特待生が2名合流する」
どうやら特待生は入学式でお披露目される栄誉を受けるために別の場所で待機中らしい。
「何か分からないことがあれば入学式が終わってから教室に派遣される高学年生に聞いてくれ。彼らはしばらくの間君たちに学院生活の基本を教えてくれる教育係でもある」
つまり今語っている彼は……まあどっちでも良いのでフロイは聞き流す。
「このまま生徒が集まるまでここで待機してて欲しい。お手洗いに行く際はひと言声をかけてくれ」
要はまだしばらく待機なのだと言うことが分かった。
入学式に遅刻する猛者のお陰で、フロイたちは最後に講堂に入った。
広い石造りの確りした造りは……その様式を見る限り元教会だった物だと分かる。
どうやら本当に教会勢力は力を失ってしまったのだろう。
そう思うと神官戦士たちに叩きあげられたフロイとしては寂しい物がある。
定時通りに始まっていた式典は学院長の挨拶なども終わっていて、一番の眠れる時間帯が過ぎていた。
仕方なく端の方で集団となって肩身を狭くしていると、特待生の紹介に移った。
フロイが見る限り強そうな者は居ない。学力を優先しているから誰もが線の細い文官タイプに見える。それか魔法使いか。
「次いで11組!」
壇上で生徒たちを紹介している号令係が大声を上げた。
1から11組まである今年は、一応成績順に生徒たちが分けられている。
学力試験で名前しか書かずに眠ったフロイは一番下の教室に回されたらしい。そして最下位の教室に加入する特待生は、特に優れた2名が加入する。
「主席特待生……リアナ・アーストン・レインティン・バスアム!」
「はい」
フワッと姿を現したのは、どうやら王女様らしい生物によく似た何からしい。
少なくともフロイが知る魔王女様はあんな長ったらしい名前などしていなかった。
フルネームなど知らないが少なくとも一国の姫が下々の者も通う全寮制の学院に来る訳がない。そうに決まっている。
だからフロイは全力で壇上から視線を外した。
と、首の首輪がギュッと締まったので……渋々視線を向けたら王女様に似ていた何かがニコリと笑っていた。
《後で殴る》
同級生なら問題無いはずだと心に近い、フロイは拳を握り締めた。
「次席特待生……ルルカリカ!」
「は~い」
軽い返事に彼女が姿を現す。
長い緑の髪は膝まで伸び、黄色の瞳が宝石のように輝いている。
リアナが人としての美形であるのなら、ルルカリカは精巧な人形を思わせる美しさだ。
だがそれを見たフロイは全力で背を向け、脱兎の如く講堂から飛び出した。
《他人の空似だ!》
駆けながら後ろを振り返らない。何より彼女の耳は普通だった。人の物だった。
それなのに全身から嫌な汗が噴き出し……フロイは必死に逃げる。
「あはは……クロイド? 私から逃げられると思っているの~? ねえ~?」
耳元でその声がした。
ゆっくりと顔を動かし僅かに視線を向けると、肩に手を置いて宙を浮く彼女が居た。
「見つけた。私の勇者様」
人形を思わせる彼女がニコッと笑ってみせた。
(c) 2020 甲斐八雲
何か危ない匂いのするのが出て来た…




