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入学 ①

 王都・宰相ヘリオス邸



「お前は変わらずに真っすぐだな」

「お前こそ相変わらず引いて守る」

「それが私の戦い方だ」


 屋敷の庭に存在するテラスで宰相ヘリオスは客人とチェスをしていた。

 その様相から知的な遊戯など無縁と思われがちであるが、彼は男爵にして武芸師範にまで上り詰めた武人だ。決して無能でもないし、剣だけの男でもない。


 相対する男爵トルドは今日は鎧を着てはいないが、その分厚い筋肉が鎧のようにも見える。

 お互い齢も同じで、何より国王陛下の"学友"であったから付き合いも長い。


「それでトルド」

「分かっている。と言うか……あの小僧は何だ? 化け物か?」

「どうだろうな。正直否定する言葉が見つからないのが現状だな」


 駒を動かしヘリオスはため息を吐く。

 部下からの報告ではとても12とは思えない立ち振る舞いをしている。主に暗殺者に対して無慈悲にだ。


「お前が鍛え過ぎているのではないか?」

「あれは預かった時から人を殺す剣を振るっているわ」


 中央突破を愛するトルドだが、自軍の攻撃が限界を迎えつつある。

 内心で呻きながら駒を動かす。


「俺様が教えていると言うより正直教えることが無い。あれは成長しそれに似合う筋肉を持てば今の武芸師範ぐらい打ち負かすだろうな」

「事実か?」

「ああ。と言うか打ち負かしてくれると良いな」

「……」


 弟子である騎士たちが彼の教えが厳しいと不満を言ってその地位を外された男だ。

 ただ昔から知る彼は決して厳しいだけの男ではない。厳しいが優しい。


 事実彼が武芸師範を務め厳しい鍛練を課していた過去と今とでは、騎士や兵の死亡数が全然違う。

 如実に数字で表されるそれを見ると、ヘリオスはやはり彼を武芸師範から外すべきでは無かったと思う。


 顎に手をやり軽く唸ったトルドはニヤリと笑った。


「あれが少し本気を出したら打ち負かすどころか、あっさりと殺してしまうからな」

「……何かある時は打ち負かすようにきつく言ってくれ。あれが死ぬと馬鹿な貴族共が騒ぐ」

「うむ。一応言ってはおく。忘れなかったらな」


 たぶん故意に忘れると気付いたヘリオスは息を吐いた。と、一緒に駒を動かす。


「にしてもこれでしばらくは学院預かりだ。俺様も野犬狩りをしなくて済むのは助かる」


 あからさまに形勢不利を感じトルドの表情が引き攣る。だが諦めない。ナイトを動かし打破を狙う。


「それほどに野犬が押し寄せたか?」

「ああ。ほぼ毎日だ」

「そうか」


 一度頷きヘリオスもナイトを動かす。どうやら互いに切り札は同じらしい。


「お蔭で賞金稼ぎや暗殺者の類が数を減らして治安が良くなってきた気もするな」

「城の中がであろう? 街の方は相変わらずだ」


 完全に積んだ。相手のチェックメイトまで道筋が見える。

 軽く両手を上げて降参を示したトルドにヘリオスは軽く笑う。


「王は決して政治を軽んじている訳では無いのだが……」

「貴族や側室の子等が好き勝手だからな」

「ああ。このままではいずれリアナ王女様も命を絶たれかねない」

「リアンの娘が死するのは許せんな」


 駒を片付けトルドは冷めた紅茶にブランデーを加える。


「王妃は本当に病死か?」


 カップを口に運びトルドは宰相に視線をやる。

 軽く頭を振ってヘリオスは口を開いた。


「遺体の確認は公爵の息の掛かった医師の手による者だ。一応彼らが暗殺したのでなければ必死に死因を探すだろう?」

「それでも見つからなかったのは……素直に信じるしかないのか」

「そうなる」


 疑う気持ちは誰にも残って居る。事実夫である国王ですら。


「結果として私たちが弱かったからこんなことになったと言うことだ」

「そうだな」


 クシャリと短く刈り込んだ髪を掻いてトルドは立ち上がった。


「あの小僧は成人するまで俺様の所で鍛えよう。ただ問題は」

「成人後か」


 成人すれば騎士フロイとなり彼は王女の傍に置かれる。普通なら。


「あのお姫様はフロイを出世させたがっていると?」

「ああ。少なくとも伯爵になれと無理を言っているよ」

「つまりは前線に連れ出す絶好の口実になる」

「困ったことにな」


 本当に困る。どうもあの王女は何かを隠している節がある。

 何より王位継承権1位の身でありながら伴侶を勝手に指定するなどあり得ない。

 問題は多いが切れる頭脳を持っているから手に負えない。


 彼女が王城に来てからメイドたちは、完全に彼女の軍門に下った。

 メイドを支配し情報収集力を得た彼女は、独自に外敵を廃している。

 何よりあのメイドのミオンと言う女性も信用ならない。あれほど気配を消して移動する者など観たことも無い。


「苦労しているようだな」


 ヘリオスが何とも言えない表情を浮かべているのに気付きトルドは笑いだした。

 苦虫を噛み砕いたような表情に変わりヘリオスは視線を上へと向ける。


「昔……学院で生徒をしている頃が一番楽だったな」

「ああ。あの頃は政治なんて無かったし」


 トルドも素直に認めカップに直接ブランデーを注ぐ。


「あの公爵家の三男が王位に就くとは思ってなかったしな」

「確かにな。だから好き勝手をして楽しんだ」


 間違いが生じたのは王女が魔物に攫われたことだ。

 王国は全ての軍や冒険者を動員し王女の奪還を命じた。


 邪竜の類を打ち倒し王女を奪還したのは現国王。

 彼は竜殺しの英雄に祭り上げられそして王女を娶った。

 王配となった彼であったが、王配であるからこそ発言力も弱く多大な苦労を重ねることになった。


「まあ私たちは大人の責任として少しは風通しを良くしないとな」

「そうだな」


 中身を飲み干しカップを置いてトルドは立ち上がった。


「俺様が出来るのは野良犬の退治ぐらいだけどな」

「それだけでも助かるのが現状だ」

「そうか」


 笑い彼は歩き出す。

 ふとヘリオスは思い出した。


「トルド」

「何だ?」

「明日は?」

「ああ」


 ニヤリと笑い彼は肩を竦めた。


「様子ぐらいは見に行くさ。期待の弟子だしな」

「そうか」


 背を見せて歩いて行く彼を見送りヘリオスは息を吐く。


《なら明日の万が一はお前に任せよう》




(c) 2020 甲斐八雲

 学院編なのか? に突入します!

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