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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

あるアイドルとマネージャーの狂愛

 

 いつのまにか、好きになっていた。

 2人きりの車の中で告白して、付き合い始めた。

 キスもセックスも通り抜けて、何度目かの春を共に過ごした。



 ライバルは多かった。

 雪巴(ゆきは)は、人気男性アイドルグループのメンバーだった。



 本気になってしまうファンが何人もいた。

 ストーカーまがいの行為を行う者も…



 2人、雪巴に執拗につきまとう男性がいた。

 警察にも相談したが、ちゃんと対応してもらえなかった。

 いや…対応は問題なかったのかもしれないが、俺が我慢できなかった。

 雪巴が2人のことで頭を悩ませることが…

 雪巴の頭に俺以外の男が占められていることが、どうしても許せなかったんだ。



 あの日の朝、合鍵で雪巴が俺の部屋に入って来たことは想定外だった。


(しゅう)、何をしているの?」


 雪巴は俺に聞いた。

 その声は俺への信頼に満ちていた。

 それはマネージャーである俺への信頼でもあったし、恋人である俺への信頼でもあった。


「ずっと、雪巴につきまとっていた奴ら、邪魔だったから、殺した」


 リビングには、2人の死体があった。

 血の染み込みにくいカーペットの上で、2人は汚い血をたっぷりと流していた。

 俺はその返り血をたっぷりと浴びて、刃渡りの大きいナイフから血を滴らせていた。


「そうなんだ。大変だったね」

 雪巴は何を考えているのか分からない目で俺を労った。


「うん、もう大丈夫。バレないようにするから、大丈夫。あとで雪巴ん家行くから、先に帰ってて」

 雪巴は素直に俺に従った。


 山に2人の死体を捨てに行き、帰りに雪巴の家に寄ってセックスをした。

 汚い死体を触った後に抱いた雪巴の体はとても綺麗で、泣きたいくらいに柔らかかった。



 雪巴があの日のことを口にすることは一度もなかった。

 俺も、忘れて生きていこうと思っていた。


 それなのに…

 ストーカーはいくらでも現れた。

 最初の殺人をしてからハードルが下がってしまった俺は、2度目をしてしまった。

 3度目、4度目…止まらない。

 そのうちに、俺がやったことに勘づく者も現れた。

 そいつも殺した。

 きりがなくなっていた。

 いつかボロが出るだろう…俺はその日を恐れた。



「まだやってるの?」

 俺の部屋でセックスをした後に、雪巴は聞いた。

 細い背中や腰が照明に照らされて陶器のような光を放つ。


「やってる、って?」

 俺はとぼけた。

「分かるでしょ?俺につきまとってた奴らがどんどん消えていくんだ。多過ぎて流石に噂になってるよ…()ってるんでしょ?」

「ああ」

 俺は雪巴に迷惑をかけていたことを申し訳なく思った。



 雪巴の様子がだんだんおかしくなっていった。

 俺に対してよそよそしくなった。

 上の空で何かを考えていることが多くなった。

 思いつめたような様子を見せるようになった。


「何かあったの?」と聞いても「何もないよ」と返される。

 俺のことだな、と思った。

 自分のために俺が罪を犯したことを雪巴は悩んでいるのだろう。


 もう2人の先は長くない。

 それは俺のせいだから、受け入れないといけない。

 ただ雪巴の愛を失うことだけが怖い。

 大量殺人鬼になってしまった俺を雪巴は愛せなくなってしまったのかもしれない、と思うと身が引き裂かれるような痛みを感じる。


 でも、それも俺のしたことの結果だから、受け入れないといけない…




 雪巴から連絡があった。

「2人きりで会いたい。誰にも見られない、見つからない、大きな声を出しても聞かれない場所で…」

 ついにその時が来た、と俺は思った。



 海辺の空き倉庫の前に車を停めて、2人で外に出る。

 春先の風はまだ冷たく、潮の匂いがする。


 暗い倉庫の中に入る。

 奥の方まで行くと、湿った木と錆びた鉄の匂いがする。


 雪巴が俺に言う。

「柊、ちょっとだけ後ろを向いていて」

 俺は安心する。

 決定的な言葉を正面切って言われなくて済むことに。


 このまま容赦無く俺を捨てて欲しい。

 雪巴は今まで通り、光の中で生きていて欲しい。

 汚れきった俺のことは思い出さないで欲しい。

 心からそう願う…



 フッと雪巴が近づく気配がして。

 熱いものが背中に押し付けられる。

 それは腹を貫通して飛び出してくる。

 薄暗い中に鈍く光る刃先。

 吹き出す血。


「雪…巴…?」


 体の中から力が抜けて、俺は崩れ落ちる。


「どうして…?」


 雪巴はこんなことしちゃいけないのに…

 俺はとても悲しい気持ちになる。


 でも、雪巴は笑っている。

 最近の暗かった顔が嘘のような、とても良い笑顔で。

「やっと安心できる。これでもう怖い思いはしなくて済む」


 俺は申し訳ない気持ちになる。

「そんなに…怖かったのか…俺のこと…」


 雪巴は笑顔のままで言う。

「違うよ。怖かったのは…嫉妬に塗れた醜い俺だよ」


 雪巴は俺の目の前にしゃがみ込む。

 返り血を浴びて、顔にも血が付いている。

 美しい顔はそれすらもアクセサリーのようにしてしまう。

 

「俺ね、柊のことが好きで好きで、好き過ぎて…柊を失うことがずっと怖かった。いつか別れが来るんじゃないか、と思うと胸が張り裂けそうになっていたんだ…」

 雪巴は俺の体から引き抜いた短刀を眺めながら言う。

 暗い倉庫の中でも分かるくらいに鮮やかな赤が、その刃を濡らしている。

 それが自分のものだということが信じられない…


「その頃だよ。柊の部屋で俺のストーカーの死体を見たのは。そのときは何も思わなかった。でも…だんだん殺された奴らが羨ましくなっていった。柊が人を殺し続けていることを知って、その思いはさらに膨らんで、どうしようもなくなった」


「なん…で…?」

 自分の声とは思えないほど掠れた声で俺は聞く。


「だって、あいつらは柊の手で殺されて、柊の顔を見ながら死んでいったんだよ?最期のときまで柊はあいつらを見ていたし、あいつらも柊を見ていたはず…俺からしたら羨ましさしかないよ…」

 雪巴は切なげに笑う。

「俺も最期のときまで柊と一緒にいたいと思った。失う心配もない、安心感の中で逝きたいと思った…」


「な…ん…」

 聞きたいことがあったが、声が上手く出せない。

 もう俺は長くないのだと知る。


 それでも雪巴は俺が言いたいことを分かってくれる。

「なんで柊に自分を殺させなかったかって聞きたいんでしょ?…もちろん、柊に殺してもらいたい、って思ったよ。でも、そんなの身勝手過ぎるじゃん?俺は幸せに逝けるけど…柊はどうなるの?柊を一人にさせるなんて、そんな酷いことできないよ」


 雪巴は細く長い指で俺の頬を撫でる。


「だから、俺が柊を殺そうと思った。俺の手で柊は殺されて、俺だけを見ながら死んでいく。俺だけが柊の最期の瞬間を見ていられる…他の誰にも奪わせない」


 霞んでいく視界の中で見る雪巴の顔は、とても綺麗で、とても怖い。


「大丈夫。すぐに俺も逝くから。絶対に柊を一人にはしないよ…」


 うっとりとした顔で、雪巴は指で俺の頬を撫で続ける。

 もう片方の手の指で、血溜まりを愛おしそうに撫でる。

 嬉しそうに、血に染まった指を口に入れて啜る。




 薄れていく意識の中で、俺は思う。


 雪巴は完全に狂っている。

 狂っていたのは、俺だけじゃなかった。


 狂い始めたのは、いつからだろう?

 俺がストーカー達を殺してから?


 いや、違う。

 ずっと前から、雪巴は俺を失うことを恐れていた。


 それは、俺も同じだ。

 ずっと前から、俺は雪巴を失うことを恐れていた。


 出会った時から、俺たちはもう狂っていたのかもしれない…




「柊、柊、愛してるよ…」

 暗闇の中で雪巴の声がする。


 唇に柔らかいものが触れる。

 熱い舌が割って入ってくる。


 血の味のするキス。

 俺の命の()が消えていく…




 愛している、と俺の方から伝えられなかったのが悔しい。


 狂った2人に相応しい場所に辿り着けたなら …


 何度でも伝えたい。

 何度でも体を合わせたい。



 最期の瞬間、俺はそう願った…

 


(fin)


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