SIDE 青藍
遅くなりました。
よろしくお願いします。
「よう、おっはよう!」と
背中を誰かが叩く衝撃があり、少女そのものの声色で、
明るい挨拶をかけられ振り返ると
そこには可愛らしいと言っても過言ではない容姿の幼馴染がいる。
身長は140センチメートルより少し低い、小動物を連想させる顔立ちと
折れてしまうんじゃなかと心配になる華奢な体つきをしている。
このまま、女子の制服を着ていても違和感が全くないのだが
そんなでも一応『彼』は男の子なのだ。
背中を軽く叩かれ、大きな声をかけられるのは
毎朝の恒例行事であり、もう6年も続いているため、
もう慣れっこというか、
俺はこれがないと朝が始まらないと思えるほど
馴染んでしまった。
今日も元気だな、と思いつつも照れくさくもあり
「おお、おはよう」と無愛想に答えるのを
彼は気にした風もなく、隣に並ぼうとするのもいつものことだ。
普段、その容姿から皆に
やーさんとか
鉄仮面とか
熊とか
呼ばれており
俺の表情はほとんど動かないと言われているが、
この幼馴染だけは、表情を読み取ることができるらしい。
少し嬉しくなって早歩きになってしまったのだろう
「ちょっとまってくれ、歩くの早いぞ〜」
と言われるまで気がつかなかった。
少し歩くペースを落として並んで歩きながら
他愛もない話をする。
彼は中学校入学を控えいろいろ不安なのか
クラブ活動の事を聞いてきたが、まあ、
俺には出来ることの選択肢は少ない。
現在、打ち込んでいるのは父親の職業とも関係している
小さい頃から無理やりやらされている
護身術系、その中でも空手か柔道、あと剣道で
中学生相手ならかなり、高校生相手でもまあまあ、いいところまで勝負できる。
目標は父親の職場の方々だが、
こちらは稽古の時に手加減されても
全く一本も取れず、いまだに全く勝てる気がしない。
それよりも、奏の方が気になるので
「奏は?」
と聞くと
「家事があるから・・・」との答え、
彼の家は、奏が小学生低学年の時に、父親が亡くなってから母親の『和奏』さんが働きに出る様になり、
家のローンや学費、生活費などを稼いでおり、弟の世話や家事全般は
奏の担当だ。
そんな事情は十分理解しているつもりだが、やはり彼の歌声が聞けなくなるのは、
とてもとても残念で、つい
「歌、やらないのか?」と言ってしまうと
「まー趣味程度にやろうかと思うけど・・・・それに恥ずかしいだろ」
と返された。
趣味程度にというのはまあ仕方ないが、今更恥ずかしいのかよ?
彼の歌声は昨年の合唱コンクールで『天使の歌声』
と話題になるほど凄かった。
本当にもったいないなあ、とかなり残念な気持ちで歩き出す。
その後ろから
「それにそろそろ声変わりする時期だから、今のままじゃいられないだろ」
と決定的に避けられない未来を突きつけられ、ますます暗い気持ちになる。
誰に言ってもどうしようもない事だが、
つい「もったいない」
とつぶやいてしまった。
彼には失礼だが
もう、すでにどうしようもない位にでかくなりすぎた自分より、
小さい、可愛らしい、今の奏の方がいいのになあ。
それはクラスの男女問わずそう思っているのだが
本人はそんな皆の気持ちには全く気がついておらず
早く大人になりたいなどと言い出す。
だから
「奏はまだそのままでいいのに」と
誰に祈るでもなくつい、言ってしまった。
教室につくと
お土産のお礼を言われた。
いや、俺は奏が作る美味しい晩ご飯が食べられるから
なんら問題ない。
ウチの父も同じで、だから気にすることなどない
逆に申し訳ないくらいだ。
そして今晩は奏の手料理が食べられる。
今から楽しみで嬉しくなり顔がにやけてしまう。
晩ご飯を想像していると
同級生の千堂さんに
「お〜い、そこの新婚の奥さん、武田先生が呼んでたよ」
と言われ現実に戻される。
うん、それもいいな・・・・って
まだ新婚じゃない、いや、新婚以前に俺ら男同士だし
と思っていたら奏が突っ込んでいた。
同級生たちが俺らの仲を
はやし立てるがまあいつもの事だし気にしない。
寧ろもっと騒いで貰っても良いんだぞ
奏の少し困った顔も可愛いと思うのは変だろうか?
もう少し話したかったな、と思う自分を置いて
教室から出ていく奏の背中を、ちょっとだけ残念な気持ちで
見送った。
卒業を控えた今の時期
音楽部の顧問が奏を何の用事だろう?
と考えていると
騒ぎの原因を作った千堂さんが俺の隣、奏の席に座って
声を掛けてきた。
「奏にあの事話してくれた?」
「あー・・・」
そういえば音楽部の女子達にお願いされたなあ・・・・
「その様子じゃ話していないね?」
話そうとは思ったけど・・・・・
「すまん」
奏は中学校では出来ないって言っていたし・・・・
「青藍も奏の歌声好きなんでしょ?」
そりゃ好きだ、とてもとても好きだが・・・・
「・・・」
返す言葉もないな、黙っていようか・・・・
「私達じゃダメだったから」
俺でもダメだったんだよ・・・・
・・・・・・
仕方ない今朝の話でもするか
「今朝、奏が中学校のクラブについて聞いて来た」
千堂さんの目が見開かれる。
俺の言葉に音楽部の数人の女子も過敏に反応する。
何人かは椅子を倒して慌てていた。
「でな、家の事もあるし・・・声変わりもあるから出来ないそうだ。」
と一息に言う。
「ええ〜!!奏、声変わり始まったの?」
と千堂さんが叫ぶ。
いや、落ち着け
「いや、まだだ、でも成長すると今の声は出せないって事だろう」
千堂さんが俺の顔をのぞき込んで
ふぅ〜んって顔をしている。
こうしてみると彼女も美少女なんだがなあ・・・・
奏に比べるとなんか残念感があるというかなんというか
ちょっと失礼なことを考えてしまう。
「・・・・奏らしいって言えばらしいかー・・・
まだ声変わりもしていない内にからそんなこと考えているなんて・・・考えすぎだよ」
と千堂さんはため息と共に吐き出す様に言った。
それには俺も同意する
「だな、家事のこともさ、らしいっていうか・・・もったいない」
「お父さんのこともあるしね、でも、もう少しね、自由でいて欲しいよね〜
あと奏、ホントに女の子だったらよかったのにな―」
それには俺も激しく同意だ。
俺は
天井を見ながら
「だな」
と答えるのが精一杯だった。
千堂さんを含めた同級生達の何人かは音楽部に所属していて
中学校に入ったら一緒に合唱をやろうと約束していた。
彼女は、低学年の頃から音楽部にいた奏も、
当然一緒にやるだろうと思って誘ったのだが、断られたのだそうだ。
そして、俺に引き止めるようお願いをしてきたのだが
今朝、あっさり撃沈されてしまった。
見かけによらず頑固な奏の事だから、
説得するのはかなり難しいだろうなあ、と
考えていると担任が入ってきて
俺と千堂さんとの話は終わった。
幼なじみ登場です。