第1話 SIDE 奏
一年くらい前から、書きたかったテーマです。
ちっちゃい男の子は可愛い。
SIDE 奏
「よう、おっはよう!」
僕は見慣れたでっかい背中を見つけちょっと小走りで近づき、右手で軽く叩きつつ声をかけた。
でっかい背中の彼は、傍から見るとちょっとおっかない、不機嫌そうに見える表情のまま
「おおっ、おはよう」
とだけぼそっと返事をする。
傍から見ると、 これから喧嘩になるんじゃないかと心配されそうな状況だが、
これがいつものやりとりで、背中を叩かれた相手『宮内 青藍』(みやうち せいらん)は気にした風でもなく
再び歩き出す。
僕、『星 奏』(ほし かなで)はその横に並ぼうとするがなかなか追いつかない。
「ちょっとまってくれ、歩くの早い〜」
そう、彼はすでに高校生に見える位大柄で、がっちりした体格のため、小柄な僕に比べ、歩くのが早い。
「ああ・・・」
普通の人だとわかりにくいが、長い付き合いの僕にはわかるようなレベルで彼が少しすまなそうな表情になった。
小学生で168センチメートル超えってなんだよー
体重どんだけあるんだよ〜
熊かよ、何食べてんだよー
と思いつつ、横に並んで歩き出す。
二人は近所同士、小さい頃からの付き合い、幼馴染というやつで小学校に入ってから6年間、ほぼ毎朝こんな感じで通学している。
「いよいよ卒業だな〜中学のクラブどうするんだ?」
と聞くと
「柔道か空手、剣道位だな」と帰ってきた。
彼の親父さんは警察関係の仕事をしている。
大きな体格は、ほぼ間違いなく遺伝であり、毎日のように父親や職場の人に鍛えられているので、県大会優勝の常連なのだ。
そんな才能を持つ彼は尊敬できるし、羨ましいとも思う。
彼の予想通りの答えに
「そうか〜、やっぱりなあ」と言うと
「奏は?」と
あまり他人の事には口を挟まない彼が珍しく聞いてくる。
「僕は家事があるからなあ・・・」
とちょっと悲しくなりながら答えると「歌、やらないのか?」と残念そうに彼は言う。
僕の家は数年前に父親が他界し、母は普段外で働いて家は不在がち、今度の春、小学校1年生になる弟の律がいるので、家事はもっぱら僕の仕事だ。
母親の仕事の関係で、小さい頃から歌を習っていたけれど、帰りが遅くなる中学のクラブ活動は、家庭の事情でかなり厳しい。それに・・・・
「まー趣味程度にやろうかと思うけど・・・・それにそろそろ恥ずかしいだろ」
そう答えると
「なんだそれ」
とだけちょっと不機嫌そうに言って歩きだす。
「それにそろそろ声変わりするかもだから、今のままじゃいられないだろ」
と言うと
「もったいない」
とだけつぶやいて、彼は明後日の方角を見ている。
「僕は早く大人になりたいよ、早く仕事をして母さんに楽してもらわないと」
「俺はそんなに大きくなりたくないな」
「もうそんなに大きく育ってしまってから、今更だな〜」
と笑うと
「奏はまだそのままでいいのに」
と少しだけ照れたように言う。
最近の僕は、
自分の、この声変わりをしていない、ほぼ100パーセント女子に間違われる声が、あまり好きではない。
だから、そんな風に思われていたなんて、ちょっと驚いてしまった。
僕の歌声は、最近まで『天使の歌声』とか大げさな言われ方をして部活動や、学校の音楽コンクールとかでは、ソロ部分を任せられることが多かった。
音楽会では僕の歌を聞いて涙を流す人までいたのだが、その良さはよく理解できない。
あちこちの合唱団からお誘いが来たが、家事をする都合があるため全部断り、校長と音楽の先生が残念がっていたっけ。
それも、5年生を卒業するまでで終了し、今は最終学年の総仕上げと中学校入学に向けて色々準備中だ。
まあ、中学校といっても大した所ではなく僕も青藍も同じ公立で、クラスのみんなもほぼ同じ繰り上がりなので気楽なものだ。
正直、学校の準備よりも、中学生になるっていうのに、全然成長しない自分に焦っている。
同級生たちの中にはそろそろ声変わりをしたりヒゲが生えたり、あの毛が生えたり・・・
と、第二次性徴発現の真っただ中にいるというのに
自分の身長は140センチメートルから伸びる様子もなく、声変わりもヒゲも生えてくる気配がない。
まあ、これは個人差があるから中学生になれば青藍を超えるくらいすぐに成長してやると3学期の後半に突入し、春休みも目前の最近は、密かに燃えている自分がいる。
今後の成長に期待しようと思う。
学校について教室へなぜか僕と青藍は、6年間ずっと席が隣同士だ。
これも腐れ縁というやつなのだろうか・・・
まあ、地方の小規模校、一学年が一学級しかないとそういうこともあるのだろう。
そういえば・・・と、
通学途中に話せなかった、母からの言伝を青藍に言わなきゃな
「お土産たくさんありがとうって、母さんが、君の親父さんに伝えておいて」
「ああ、迷惑じゃなかったか?」
「いや、僕も弟も助かっているよ、僕からも、ありがとうだよ」
「それならいい」
「それと、今晩は貰ったお土産で料理作るから、青藍も食べに来いよ、オヤジさんもな」
「おお、行く」
「一応、皆で囲める鍋にしたいと思うけどなんかリクエストある?」
「奏が作る料理ならなんでもいいよ」
とめったに表情が変わらない彼が、珍しく笑顔になる。
ウチの父親がなくなってからというもの、しょっちゅう青藍のオヤジさんから、『産地直送だ!』と言って各地の農産物なんかを貰っている。
ウチの家計は助かり、青藍も、オヤジさんも気にするなって言うけれど、申し訳ない気分もある。
だから、お土産をもらった日には、僕がいつも以上に気合を入れて晩ご飯をつくり、青藍やオヤジさんを呼んで、一緒に晩ご飯を食べることにしている。
どんな料理を作ろうか、あれこれ考えていると
「お〜い、そこの新婚夫婦の奥さん、武田先生が呼んでたよ」
と、
ツインテールの、小学生にしては胸が大きく、美少女だが、口の悪い同級生、千堂葵が言う。
武田先生は音楽部の顧問だが・・・・・その前に
「だれが新婚だ!それに奥さんじゃない!」
と、とりあえず突っ込む
「えー、朝から仲良く晩ご飯の話しているし〜、内容だけ聞くとまんま新婚さんじゃん」
と悪びれる様子もなく文句を言う。
すると同級生たちも
「ごちそうさま」
「いつもいいよなあ〜」
「そうだそうだ」
「朝からアツアツだよなあ〜」
「尊い・・・」
などと騒ぎ出す。
「お前らなあ・・・・俺ら男同士だぞ」
呆れて返すと教室中が乾いた笑いに包まれる。
まあ、これもいつもの事、だれも突っ込まない。
僕と青藍以外の同級生全員の生暖かい視線に
僕の突っ込む気力も失せ、葵を少し恨めしそうに睨んだあと
「ちょっと先生のとこ行ってくる」と
ガックリ肩を落としながら
教室を後にした。
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登場人物紹介のお話です。