捨てる人材 -3-
トイレの戸を叩いたのは年配の開発の社員だった。
どうやら、さすがに長々と個室に籠りすぎたようだ。
個室を出る際、平田はその年配社員からキツく睨まれてしまった。
トイレから出た平田は重い足取りで、開発室の扉をノックした。
「失礼します」
平田が開発室に足を運ぶのは今回で二度目だった。
入社前に一度、社内を見学に回った際に中に入ったきりだった。
開発のフロアは、どんよりとした空気の漂う場所だということを平山は覚えていた。
活気がなく、キーボードを叩く音だけが部屋の中を反響している。
(俺には、ここで働くのは無理だな……きっと性に合わない)
そんなことを当時感じていたのを平田は覚えている。
そして、今現在も全く同じ感情に至ることが出来た。
開発室の中に入ると、数人がちらっと平山の方を覗き見たが直ぐに彼らは自らの作業に戻った。
平山は”大木 俊二”という人間がどこに居るのかキョロキョロと目線を巡らせる。
しかし50人程の人間が、一人ひとりパテーションに囲まれた空間で作業をしているので、
ここから大山を探し出すのは難しいだろうと、平山は背伸びした足元を地面に落ち着けた。
次に平山は、一番手前にいた若い社員の傍に座った。
「すいません、少しお尋ねしたいのですが」
そう平山が切り出すと、集中していたのか、大げさに驚いた様子で平山の方を振り向いた。
「ふぁ、ふぁい。な、なんでしょうか?」
相当動揺させてしまったようで、平山は申し訳なく感じる。
「大木さんのデスクがどこにあるのか教えて欲しいのですが……」
平山が、そう尋ねると若い社員はその場で立ち上がり、キョロキョロと視線を巡らせた後、
また、その場に座った。
「さ、さあ?……ちょっと分かりかねますね。ごめんなさい」
「え、大木さんのデスクの場所を知らないんですか?」
平山は唖然とした。同じ部署で働いている人間の所在を把握していないとは思っていなかったのだ。
「いや、そもそも”大木さん”ってのが誰なのかも、僕知らないです。そんな人ここにいますか?」
逆に質問をされて、平山はたじろいだ。
恐らくここに居る人間は皆、頭は良いのだろうが、人への興味が希薄なのだろう。
でなければ、同じ職場で働く人間を見たことがないなんてことがあるはずがない。
「見たところ僕より若く見えるけど、ここに来て何年目?」
「はぁ、2年目ですけど……」
「そうか……ありがとう、他を当たるよ」
平山は立ち上がると、周りを見渡した。
皆忙しそうにパソコンとにらみ合いをしているのを見て、平山は声を掛けるのが躊躇われる気がした。
(仕方ない、しらみつぶしに探すか)
平山はただでさえ重たい足取りを、一層重たくして、大山捜しを再開した。
捨てる人材 -3- -終-