貞子のお風呂事情
私は事故物件に住んでいる。理由は一つ、家賃が安い。お風呂場で女性が自殺したと聞いていて最初はビビりながら入浴を済ませていたが何も起こることもなく、しばらくすればゆっくりと入浴することができた。
仕事から帰ってきて、日々を疲れを癒やすべくそのまま脱衣所に向かう。
「湯船サイコー!」
四十一度のお湯が体に溜まった疲れを浴槽に溶かす。
三十一歳独身の私は、結婚を少々焦っていた。毎年、同僚や高校からの友達が結婚したり、恋人ができたり、子どもを産んだりと充実した日々を送っているのに私ときたら……。
二十一歳あたりに恋人と別れてから、ずっとひとりだ。何人か、いい感じの関係になる人はできた。けれど、相手が実は既婚者だった、とか、ワンナイトラブのあとはそっけなくなったとか……。そんなことばかりで交際に至る相手は誰ひとりとしていなかった。
恋人と別れたのもこの事故物件に住み始めた頃。
突然、別れを告げられ私は泣いて泣いて泣きまくった。
もう恋愛も諦め気味。しかし結婚はしたい。孫を……親が生きている間に……。
湯船から上がり、鏡の前に立った。
鏡をシャワーで水をかけて曇りを落とす。
昔はあんなに細かったのに、いまでは筋力が落ちてきて下腹が出てきた。きゅっとしまっていた腰回りも、お肉が目立つようになってきた。それなのにバストは全く大きくならない。
下腹を掴み、ため息をつく。
鏡で自分自身の体をまじまじと見つめていると、私は見てはならないものを見てしまった。
そして目があってしまった。
足の間にある黒い影。
赤く光る眼。
「ひっ……」
小さく悲鳴を上げ、私はその場にへたりこんだ。
「く、くるじい……」
黒い影がうめき声をあげる。私このまま殺されちゃうのかな。
黒い影から手がにゅるりと出てきて私の首に伸びていく。そして……。悪い妄想が頭の中でぐるぐると巡る。
逃げだろうにも足に力が入らない。
「あ゛あ゛……ぐるしい……苦しい」
神様どうか私をお守りください。死んだおじいちゃんおばあちゃん私を助けて。ちゃんとお墓参りにも行くからっ……。
涙で視界がぼやける中、黒い影は動いていた。
私の足元から抜け出し、私の目の前に表れた。
殺される。
そう覚悟した。
「あんた、体重いくつよ。重いのよ!」
え? 私殺されてない?
貞子のような風貌の女性が目の前に立っている。しかも、全裸。しかも、胸めっちゃおおきい。私は女性の言葉も忘れ大きな胸に釘付けになっていた。
勝手に貞子と名付けよう。
貞子は私の視線に気づいたのか両手で胸を抱くように隠した。
「見るんじゃないわよ、変態!」
「あ、ご、ごめんなさい。おおきかったもので……羨ましくてつい……」
貞子は蝋のように白い肌を赤く染め、「さ、触ってもいいのよ」と呟いた。私は悟った。これ、エロい本によくある展開だ。このままお風呂場でヤッてしまう流れだ。レズセックス。百合だ。
薄い本が分厚くなる。
巨乳幽霊と独身貧乳OL……需要があるはずだ。
私は男性が相手じゃなくても平気だ、むしろ好きだ。
「本当に触ってもいいの……?」
貞子は小さく頷き、「触るだけだからね」と付け足した。
これ、あれでしょ。触るだけとかいいながら我慢できなくて吸い付いちゃうやつでしょ……。それから押し倒して……ってするんでしょ。
いやらしい妄想が駆け巡る。
つい、ありがとうございますといいそうになり、下唇を噛んだ。
貞子の胸は私のに比べてやわらかく、弾力があった。いつまででももんでいたい、そんな気分になる。幽霊だけど、髪なんて艶があって、綺麗じゃないの。死んじゃってるなんて勿体無いわ。
「いつまで触ってるつもり?」
「あと十一分」
「長いわよ」
「けち」
おっぱいは世界を救う。
誰かがそう言ったがそれは事実かもしれない。お湯では取れなかった疲れがみるみるうちに取れていく。
すばらしい。
毎日触りたい。なんなら、貞子と同棲生活をしたい。
「あなた、私とこれからともに過ごさない? ご飯食べたり、お風呂入ったり……」
「……あたしはこの家からでることはできないしいいわよ」
「ありがとう!」
こうして、私と貞子の健全な同棲生活がはじまった。
「ほら、もう時間過ぎてるわよ」
「あと一分だけ」




