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MUD_BRAVER  作者: 笑藁
一章-同棲任務-
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魔法理論と軟派男

『魔法を教えて欲しい』という愛花の願いに、瀬良は少し沈黙した後、笑って聞き入れた。今日使われる予定のない空いたセミナー室に入り、一番前の席に愛花は座る。


「それでは、魔法の基礎的な知識からお話しします。一度にいっぺんに話しても覚えられませんから、触りの部分だけで宜しいですか?」

「はい、よろしくお願いします。えーっと、柏木先生?」

「うふふ、先生というのも、悪い気はしませんわね。でも、瀬良で良いですわよ」


 瀬良は近くに置いてあった白紙とペンを愛花に渡す。それを受け取って愛花はピシッと姿勢を真っ直ぐ正した。


「ではまず、常識的な知識から行きましょうか。空気中に含まれる物質と、その濃度を多い順に三つお答え下さい」

「えっと、まずは窒素が七十五パーセント、次は酸素が十八パーセント。それから……」


 中学校の理科、高一の化学で習ったことだった。愛花は文系と理系のどちらが得意といったものはなくどれも満遍なく点数が取れるため、基礎知識程度なら完璧に身についていた。


「あと、『C元素』が五パーセントです」

「正解です。魔法において重要になるのは……ズバリ、その『C元素』です」


 聞いたことはあった。十年ほど前まで何の役に立つのかわからなかったC元素の性質。それはーー。


「ご存知かと思いますが、C元素には『人間の心理を読み取って形を反映させる』という信じ難い性質が存在します。この性質こそ、魔法、かつて『超能力』と呼ばれた力の正体でもあります。C元素のことを協会では『魔力』と呼ぶことも多いですわ」


 愛花が思っていたことを瀬良がちょうど発言した。


「もっとも、全ての人がC元素を操れるわけではありません。C元素を操るためには、そのための因子、『魔導因子』が必要不可欠。この魔導因子が即ち『魔法適性』であり、因子の性能が高いほどより難しいイメージをC元素に反映させることが出来るのです」


 瀬良がホワイトボードに図を描いていた。左側に、棒人間ではないしっかりした人が剣を思い浮かべている図。右側にはその人が思い浮かべた通りの剣がその人の前に現れた図。そして周辺にそれまで話したことの内、重要ワードが赤字で書かれていた。愛花はうんうんと頷きながらペンを白紙の上に走らせていく。


「ところが、『超能力者』と呼ばれた圧倒的な因子を持つ人でない限り、通常そのままでは、因子こそあれどC元素を使役する力には足りないのです。故に、魔法を使う前に『これ』で体内の因子を限界まで活性化させる必要がありますわ」


 そう言って彼女がポケットから取り出したのは、長方形の手の平サイズの機械。それを指差しながら、機械の解説を始めた。


「これは『魔導ギア』と呼ばれる機械で、スイッチを入れて心臓に押し当てると、特殊な電気が流れ、体内の魔導因子を活性化させます」

「で、電気!?」

「ええ、一般的な静電気の数倍の電圧を持つので、相応の痛みを伴いますが」


 静電気の数倍。瀬良はサラッと言いのけたが、一般人の愛花にはそれがどれ程のものか、想像しただけでゾッとした。純が戦う度にそんな苦痛を受けていることを。そしてその更に何倍という痛みを受けながらも自分を守る為に戦っていたことを。再び瞳に涙が滲むが、それが零れ落ちるのは我慢した。瀬良はそんな愛花に気づかないようで、解説を再開していた。


「因子が活性化し、魔法を扱える様になった状態を『魔術師(ウィザード)モード』と言います。この状態でC元素の使役を願い戦いをイメージすることで、C元素が当人の性格、思想、これまでの経験などを加味してその人に最適な力を授けます。だから、一概に魔法と言ってもその形は千差万別。一人一人が違う形の魔法を持っているんです」


 一人一人が違う魔法を持つ、という点は愛花のイメージしていた魔法とはかけ離れていたものだった。当然のことであるが、彼女が持つ魔法のイメージはアニメやゲーム、小説や映画から培われたものであるからだ。


「じゃあ、箒で空を飛んだり炎を撃ち出したりは出来ないんですか?」

「いえ、そういった一般的イメージとして広く伝播されている魔法は、基本的に可能です。新人の訓練過程の初歩『魔法に慣れる』段階では、そういったテンプレートの魔法が課題としてしばしば出されますわ。ただ、空を飛ぶというのは現実的な魔導因子では到底不可能な技ですので、訓練では『サーフボードを前に進ませる』というもので代用していますわ」


 魔導ギアの解説を終え、瀬良はそれを再びポケットに戻した。するとここで、愛花が手を挙げて瀬良に質問する。


「あの、瀬良さん。今魔導協会が追っている『アーシェラ』っていう組織も魔法を使うんですか?」

「『アーシェラ』ですか? ええ、だからこそ彼らに対抗出来るのは我々魔導協会だけなのです。アーシェラについて、どこまで聞きました?」

「『新人類を自称する秘密結社』ということだけです」


 昨晩愛花の元に来た玲一が話したのはあくまで必要最低限のこと。なのだが、アーシェラの情報は魔導協会でも極僅かしか入手出来ていない。


「ふむ、組織としてはそこまでしか我々も素性を掴んではいないので、それ以上の捕捉は残念ながら出来ません。彼らの目的が私たちの支配なのか、それとも淘汰なのか。それさえも測りかねているのが現状です」

「そうなんですか……」


 瀬良は少し申し訳なさそうに話した。愛花はアーシェラが文字通り『秘密』結社なのだと実感し、それ以上は何も言わなかった。


「そうですわ。折角ですし、魔術師の模擬戦用エリアを見に行きませんか? 机に向かって教わるより、見て学べるものも多いですし」

「そうですね。私もちょっと興味ありますし」


 愛花は教わったことが書かれた紙を手に、瀬良と共にセミナー室を退出した。



 *



 魔術師用模擬戦エリア。そこは七つの個室があり、そのどれもが使用中だった。部屋の外のモニターから中の様子と誰が戦っているかがわかるようになっている。五つの部屋全てのモニターを見たが、確かに使用している武器(まほう)はそれぞれ異なっており、一人として同じものは存在しなかった。ある人は美しく輝く刀を、ある人は背丈程の巨大な斧を振り回していた。

 見渡していると、愛花は一人用の個室で訓練を行っている男に目が止まった。そのモニターに表示されている名前が、彼女がよく知る名前だったからだ。


霧島(きりしま)(あきら)


 そして直後、部屋から男がちょうど出てきた。ワックスでガチガチに固められた金髪の男、アキラは愛花の顔を見ると目を丸くして驚愕した。


「え……山崎さん?」

「やっぱり、霧島くん!」

「うっそだろいおい、本当に山崎さん!? なに、どうしたの!? もしかして純に会いに来たの? だったらあいつは今――」

「大丈夫、もう会ってきたから。霧島くんは?」

「朝は寝坊しちまったからな。オレは夜のドクターがいねぇ時間に行くよ。あのジジイ、口うるさくて苦手なんだよなぁ」


 アキラは心底嫌そうな顔でため息をつく。

 アキラは純の小学生時代からの友人で、その縁で愛花とも気心の知れた仲だ。無論愛花には先輩にあたるのだが、堅苦しい上下関係を嫌うアキラの頼みで『霧島くん』と呼んでいる。


「俺たち戦士の傷を癒すには、優しくて美人でおっぱいがでかいねーちゃんであるべきだよなぁ。そう、ちょうどそこの瀬良さんみたいにさ」

「うふふ、相変わらずお上手ですわね、霧島さん。ですが生憎、私はまだ学生の身ですから。最低でもあと五年はお待ち下さいまし」


 アキラが取ろうとした手をひょいと避けつつ、瀬良は綺麗に笑う。その様は明らかに『慣れている』振舞いだった。

 生真面目な純とは真逆の軽薄さを纏うアキラ。だが、愛花は彼が本質的には一途な人間であることを知っていた。彼女は二人の間に割って入った。


「ダメだよ霧島くん、瀬良さん口説いちゃ。それとも、『維月(いつき)さん』のこと忘れたの?」

「ゔぇっ……い、維月姉ぇは……その……」

「維月さん? 何方ですか?」

「霧島くんの憧れの人です。でも、あの人を差し置いて女の人ナンパするなんて、この様子じゃーー」

「振られてねぇよ! 今でも文通続いてるっての!」


『維月』の名は、アキラの瞬間湯沸かし器だった。先ほどまでのキザったさは霧散し、後には素の奥手さを残すのみ。その様子には、先ほどまでナンパされていた瀬良も失笑していた。


「うう……山崎さんがいるのは想定外だったけど、まさか維月姉ぇのことまでバラされるとはよぉ……」

「浮気はダメ!」

「次維月姉ぇに会った時のために本番度胸を身に付けようとしてたんだよぉ……許してくれぇ……」

「あらぁ? つまり私は『練習台』だった訳ですか?」


 アキラの発言に、瀬良は笑顔のまま反応する。が、その声色は笑いなど一片も感じないほどの威圧的なものだった。


「えっ!? いや、その……それは……」

「うふふ。ご安心下さい。私は貴方に男性としての興味は露ほども御座いませんので、『私は遊びだったの』などという戯言を言うつもりはありません。ただ幾ら練習とはいえ、既に心に決めた女性がいらっしゃるにも関わらず他の女性に軟派な態度を取る軽薄さに苦言を呈させて頂くのです」


 瀬良から出される圧倒的な威圧感に、愛花は身を震わせるばかりだった。途中、アキラから『助けてくれ』と言わんばかりの哀れな視線を向けられたが、顔の前で両手を合わせそれを拒否した。愛花もこの件については、アキラを庇える点は皆無だと思っていたからだ。この場に純がいれば、『お前が悪い』の一言で突き放していただろう。


「だからそれは練習でーー」

「練・習?? 練習なら女性に確信犯的に思わせぶりな態度でアプローチして良いと?」

「い、いえそんなことは……。というか瀬良さん、何でそんな怒ってるの?」

「怒っているのではありません。叱っているのです。何しろ私を『東京支部みんなのお姉さん』と最初に呼んで下さったのは貴方ですから」

「や、山崎さーー」

「ごめん、瀬良さんが全面的に正しいと思う」


 再度要請した助け船も拒否されたアキラに残された道は、跳躍からの土下座しか無かった。

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