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MUD_BRAVER  作者: 笑藁
五章 鏡と硝子
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最悪の襲来

 海城維月の身に起こった、最大の事件。それを受けたとき、霧嶋アキラは幾つかの事を試した。

 まずは真っ先に、維月に電話をした。

 しかし、維月が出る事は無かった。これは最初のうちは彼女に余裕が無かったためだが、途中からは維月がアキラと話すのを躊躇ったからだ。

 しかしながら、アキラは維月の内心を知るよしも無かった。何しろ維月は、とりわけ彼の前では理想の女性として振る舞えるよう努めていた。それが長い付き合いで見透かされなかったのは、元々彼女が極めて優秀だったからだ。その彼女が理想的に見えるよう真剣に振る舞えば、見抜けなくても仕方が無い。しかしその事情を知らないアキラは、あれから維月と一向に連絡が付かない、という事しか分からずにいた。

 維月の身の上に起こった事に対し、何かしら役に立てる、とは思っていない。それでもせめて気の休まる場所であれたら。そう思っても、現実はそうさせてくれない。

 維月が一人思い詰めるなか、アキラもまた焦りを募らせていく。

 最悪の状況と思える二人にとって、最悪が更に重なることとなる。

 その最悪とは、魔導協会東京支部にとっても言えた。





 警報が鳴り響くオペレータールームに、支部長宮村が飛び込んだ。普段生気の無い表情ばかりの彼だが、今日は幾らか切迫した顔をしていた。扉の開閉に反応し、振り向いた瀬良も同様だ。

 

「柏木、アーシェラが出たと聞いたが?」

「はい……! しかし、ゲートの反応はありませんでした!」

「いきなり出現したって事か……?」


 通常アーシェラの襲撃は、向こうが此方にやって来る際に開かれる『ゲート』の反応を元に感知する。しかし今回はゲートの反応が無く、魔術師の反応が突然に現れた。協会に所属する魔術師の場合、魔力のパターンがデータ化されていてすぐ分かるが、アーシェラの魔術師には当然ながらデータが無い。突然の出現はゲートからの出現も同じだが、ゲートを介さず連中が出現するというのは、協会としては初の事態だった。


「それで、何人だ?」

「それが、一人なんです……。それも、訓練用の森から動きません」

「なに……?」


 アーシェラの魔術師は、先日戦闘があった森にいた。そこで一人、何もすること無く佇んでいた。協会に向け襲撃するでもなく、尖兵(ザリオン)を従えるでもなく、本当に一人だけで、ただ森にいる。


「何のつもりでしょうか……?」

「偵察の可能性はある。何かしら情報収集に有利な固有魔法を持つ奴が強行偵察に来た、とかな。その場合護衛がいる筈だが……潜んでいるのか?」

「しかし、ゲートも使わずどうやってここまで?」

「そっちも予想はつく。飛行機や車……通常の交通手段でここに来たのだろう。そんな回りくどい移動をしてまで来たなら、大きい目的がある筈だが……」


 出現した不可解なアーシェラを前に、宮村と瀬良は脳内で推理を続けていた。その間にも魔術師の反応は動く事がない。こちらをおびき出す罠の可能性さえ、宮村の頭に浮上した。


「……今動かせるのは?」

「単独で対応出来るのは滝本さん、それと東条さんぐらいです」

「こっちの戦力も前のアレで相当削られたからな……」


 今まさに世間を騒がせる、海城建設の違法取引。それによってアーシェラに、『廃棄区画』と呼称されたエリアが渡された。アーシェラの前線基地とするつもりだったのか、そこにいた五人ものアーシェラと交戦し、その場に出向いた六人の殆どが療養を余儀なくされた。東条・アキラ・三船は戦える程には回復したが、ホンファと悠はまだ全身に大きなダメージが残っている。

 純と東条に加え三船とアキラもいれば、アーシェラ相手でも単独なら、勝てない相手ではない。しかし、罠の可能性を考え、宮村に躊躇いが生まれる。

 その時――オペレータールームのスピーカーからノイズが響いた。


「どなたですか……?」


 既に誰か戦闘服を着ていたのか。そう思った矢先聞こえてきたのは、二人とも知らない声だった。


『ああ、どうもどうも。どうやら周波数はこれで良いみたいですねぇ』

「!? 誰!?」

『そっちで今、あっしの事は見えてますかね? この前アルの旦那やヴァルター郷なんかが来た森にいるんですけどね』

「アーシェラか!?」

『おおっ、良かった、ちゃんと見えてるんですねぇ。ちなみにあっしはアルバート・レイノルズと言います』


 二人には見えていないが、レイノルズは今にやけ面で手を振っていた。

 スピーカーから流れる、何処か粘着質な男の声。宮村は『最終手段』を頭に入れながら、レイノルズに声を掛ける。


「どうやって周波数を特定した?」

『まあ、その辺はちょいちょいと。器用なのが取り柄なんでね、通信もちょっとは出来る訳で。まあ要するに、アーシェラがその気になれば、通信傍受とかもされちまうって訳です』

「わざわざ通信してきたって事は……何か話し合いでもするつもりか? 降伏勧告とか抜かすなら、すぐにうちの最大戦力を送り込むが」

『いやいや、そんな事しませんって。交渉とかなら、あっしじゃなくてエリアルドの旦那が直接来るでしょ。まぁ、あの人が何考えてるとかあっしは全然分からんですが。クハハッ』

「エリアルド……」

『まず一つ言いたいのは、ここにはあっし一人だけで、他に仲間もいないって事ですね。あっ、勿論罠の類も持ち合わせてないです。お察しかとは思いますが、ゲートを使ってないんで。爆弾とか持ってたら税関通んないですし』


 笑い声を漏らすレイノルズに対し、宮村と瀬良は怪訝な顔をしていた。

 何しろ彼の狙いがまるで読めてこないのだ。通信周波数の特定や通常の交通手段による協会への接近。どちらも対魔導協会においては必殺の一刺しに繋がる『想定外』。つまり、その切り札たりえるリスクを、たった一人での来襲で協会に伝えているのだ。想定していないなら、指示を出したものは愚鈍と呼ぶ他ない。


「……それで、貴方の望みは何でしょうか? 東京支部の制圧でも交渉でも無いのなら、脱走でもして保護を要求しに来ましたか?」

『さぁ? ご想像にお任せしますが……』


 にやけ面が目に浮かぶような声で答えるレイノルズ。向こうが答えないのであれば、推測する他無い。

 現状、アーシェラの第一目的と言えば、やはり愛花の存在に他ならない。

 しかし、宮村はその線は薄いと判断した。協会上層部の見解は『アーシェラは愛花の現在地を特定していない』というもので一致していたからだ。仮にレイノルズが愛花の身柄を抑えに行くつもりなら、単独かつあえて見つかるように行動する意味がない。

 そこで思い出したのは、まさに先日の件。海城建設とアーシェラの繋がり。


「支部長。今出せる人を全員出しましょう」

「……奴の言うことを信じるのか?」

「……直感ですが。向こうにはこちらを欺く意図は無いように思います。積極的に争う意志も無いようですし……」


 敵の目的に一つ心当たりを見つけた時、瀬良が進言した。

 『直感』という言葉を使っているが、彼女の言葉には確かな『理』があった。今回のアーシェラ側の動きは、それまでと違いすぎている。


「奴らの狙いについて、一つ思い当たりがある。こちらに出向している海城建設の社員――特に、海城維月嬢かもしれん」

「維月さんを……!?」

「裏取引が表沙汰になったのは、俺たちが警察側に調査依頼を出したのが発端だが……アーシェラからすれば、海城建設側の内部告発を疑ってもおかしくない。仮にそうでなくても、奴らと取引している企業が他にあった場合――明るみになればどうなるか……」

「まさか、見せしめ!?」

「あくまで可能性だ。だが何にせよ、ここまで近づかれてただで返す訳にもいかない」


 宮村は数秒の逡巡の後、外部用通信機の電源を落とし、協会内に向けて声を上げた。


「現在待機中の魔術師各員へ! 協会付近にアーシェラの出現を確認した! 至急オペレータールームへ急行せよ!」





 協会近くの森の中、紫髪の男が地面に腰を下ろしていた。男は長袖の黒シャツにジーンズというラフな格好で、目を閉じ耳を澄ませている。魔術師として敵地に乗り込んだなどと、この服装を見て分かる者はいないだろう。右耳に着けた通信機のスピーカーも、ただ音楽を聴いているだけにしか見えない。

 魔導協会東京支部の戦力は、協会全体でも本部と並んで屈指。そのお膝元にいながら、彼の表情には焦り一つ無かった。元々恐怖などの感情に鈍いというのもあるが、一番は仮に戦闘になっても勝てる、という自信があったからだろう。

 彼は物音を聞きつけると、瞼を開いて立ち上がった。


「へぇ……」


 目の前にいたのは、白い戦闘服を纏った四人の魔術師。純・東条・三船。そして、アキラだ。全員各々の固有魔法を展開し、レイノルズの様子を伺うように鋭い眼光を浴びせる。


「やれやれ……恨みますぜ、エリアルドの旦那」


 レイノルズがアーシェラの戦闘服を着ていない理由。

 一つは、これが『正式な任務でない』ため、持ち出せなかったから。

 もう一つは、そもそも必要が無いからだ。戦闘服による耐魔法攻撃の防御など、これから扱う固有魔法(モノ)に比べれば、紙切れ以下のものでしかない。

 レイノルズが今『使える』それは、彼が知る限り、一対多においては最高の物だった。


「借りさせて貰いますぜ」


 レイノルズの全身が、無数の細かい刃で覆われていく。それは鱗のように彼の身体に装着され、さながら魚鱗具足(スケイル・アーマー)のようだ。

 直後、全身の刃がレイノルズから離れ、周囲に漂っていく。外れた刃の下には更にまた鱗状に重なった刃が存在した。

 言うなれば二層構造の鎧。分離された表層の刃たちは、レイノルズが手を伸ばすと同時に、眼前の魔術師に向けて殺到した。

 鱗のような無数の刃を身に纏い、飛ばす。これが今回の行動の為に、レイノルズが『写した』固有魔法だった。


「行きましょうかい――刃鱗鎧(ヴァリアブル・スケイル)

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